咳は誰もが経験するありふれた現象ですが、これが8週間以上続くと「慢性咳嗽(まんせいがいそう)」と呼ばれるようになります。
風邪ならとっくに治っているはずなのに、なぜか咳だけがしつこく続く。
検査を受けても原因が分からず「原因不明の慢性咳嗽」と診断されたり、あるいは喘息や胃食道逆流症(GERD)などの原因が見つかっても治療効果がなかなか出ない「難治性の慢性咳嗽」となったり。
そんな厄介な咳に悩む方は少なくありません。
実はこの咳、とんでもなくパワフルです。
強い咳の時の肺内圧は300mmHgにもなり、そのスピードはなんと時速800km以上。
これは体にとって大切な防御反応であり、気道に入った異物を取り除く役割があります。
ただ、その力が強すぎるために、続くと身体にも精神的にも負担がかかります。
眠れない、声が枯れるのはもちろん、失禁や失神、さらには肋骨の骨折まで起こすことがあります。
また、「何か重い病気ではないか」といった心理的ストレスも深刻です。
特に女性に慢性咳嗽が多いのは、女性が咳の刺激に対して敏感であることや、社会的影響を強く受けることが理由とされています。
では、なぜ治療をしても咳が続いてしまうのでしょう?
ひとつには「咳過敏性」という状態が挙げられます。
これは迷走神経が過敏になってしまい、ホコリや冷たい空気、会話など普通は咳を引き起こさない刺激にも反応してしまう状態です。
MRIによると、この過敏さは脳の特定の領域の活動と関係があり、特に中脳のあたりで刺激が異常に増幅されていると考えられています。
ただ、この「咳過敏性」があったとしても、原因となる病気がきちんと治療されれば咳も改善するケースがほとんど。
診療ガイドラインを厳密に適用すると、真に原因不明や難治性となるケースはわずか10%程度というデータもあるほどです。
では、具体的にどうすればよいのでしょうか?
まずは呼吸器専門のクリニックなどで再評価を受けることが重要です。
特にGERDによる咳は、症状が目立たず、治療に数ヶ月かかることも多いため注意が必要です。
もしも本当に原因不明・難治性と判断された場合には、いくつかの試してもよい治療法があります。
– 音声言語療法(Speech Therapy): 薬を使わず呼吸法や喉の使い方を訓練し、咳を抑える手法です。
– 神経調節薬(Neuromodulators): ガバペンチンやアミトリプチリンなど、神経の過敏性を抑える薬が有効の場合があります。ただし、副作用に留意する必要があります。
– 不安や抑うつへの対応: 長引く咳は精神面にも大きな影響を与えるため、不安や抑うつへのケアが必要になってくることがあります。
– 新しい薬への期待: 最近はゲファピキサントなど新しい薬の研究が進んでいます。現状ではまだ効果が限定的ですが、今後さらに進展が期待されています。
咳に悩む日々は辛いものです。
可能性のある原因を根気強く探りながら、適切な治療法が見つかるといいですね。
参考文献:
Irwin RS, Madison JM. Unexplained or Refractory Chronic Cough in Adults. N Engl J Med. 2025;392(12):1203-1214. doi:10.1056/NEJMra2309906
