好きな曲を人に勧めたのに、思ったほど響かなかったことがあります。
こちらにとっては、ある時期の空気ごと抱えているような曲でも、相手には「いい曲だね」で終わることがあります。
逆に、どうしてこの曲でそこまで心が動くのだろうと、こちらが置いていかれる場面もあります。
私たちはこうした食い違いを、たいてい「好みの違い」で済ませます。
けれど、その一言で片づけるには少し惜しい。
音楽は人を動かす力を持ちながら、その動き方はきれいには揃いません。
今回の研究は、そのずれの奥を見にいきました。
これまでにも、音の聞き分けが得意な人ほど音楽を楽しみやすいのではないか、あるいは報酬に反応しやすい性質が関係するのではないか、と考えられてきました。
研究者たちはそこで、音楽を楽しむ力そのものに、独自の成り立ちがあるのかを確かめようとしました。
しかもその力は一つの塊ではなく、感情が動くこと、気分を整えること、新しい曲を探したくなること、身体が反応すること、人との結びつきを感じることに、少しずつ別の道筋があるのではないか。
狙っていたのは、音楽の「好き嫌い」ではなく、楽しみ方の構造です。
調べたのはスウェーデンの双生児9169人です。
音楽をどれだけ楽しめるかをたずねる質問票を使い、五つの側面を点数化しました。
あわせて、メロディー、リズム、音の高さを聞き分ける力も別に測りました。
さらに、音楽に限らず、うれしいこと全般に反応しやすいかどうかも調べています。
一卵性双生児と二卵性双生児の似方を比べることで、遺伝と、その人ごとの環境の寄与を見分ける設計です。
まず見えてきたのは、音楽を楽しむ力には、かなりはっきりした遺伝の関わりがあることでした。
個人差全体の54%が遺伝的な違いで説明できると見積もられています。
しかも、音の聞き分け能力や、一般的な「報酬への反応しやすさ」を考慮しても、なお大きな部分が残りました。
遺伝的影響の約70%は、それらとは別に、音楽を楽しむ力そのものに結びついていたのです。
耳がいいことと、音楽に深く動かされることは、重なりながらも同じ話ではありませんでした。
さらに大事なのは、音楽の喜びが一枚岩ではなかったことです。
五つの側面はどれもある程度の遺伝率を持っていましたが、研究全体としては「一つの共通因子で全部を説明する」より、「互いに関係しながらも部分的に別々の成分を持つ」と考えたほうが合っていました。
感情が動くことも、気分調整も、身体反応も、音楽探しも、社会的な結びつきも、近い親戚ではあっても同一人物ではなかったのです。
しかも、音楽を聞き分ける力は、とくに「音楽を通じて人と結びつく喜び」と強く重なっていました。
私たちは音楽を、徹底して個人的な体験だと感じています。
イヤホンを通して一人の耳に届き、一人の記憶と結びつき、一人の身体の内側で反応が起こる。
泣いても震えても、その動きはそのまま隣の人には伝わりません。
けれど、この研究はそこで話を終わらせませんでした。
音楽を聞き分ける力に関わる遺伝的な成分が、個人の感動だけでなく、音楽を通じて人と結びつく喜びと強く重なっていたからです。
音楽は、同じ気持ちを配るから人をつなぐのではなく、違う経路で動く人たちを、同じ音のまわりに留める力を持っているのかもしれません。
もちろん、この研究だけで人の音楽体験を言い切ることはできません。
対象は主に北欧の成人で、双生児研究には前提条件もありますし、子どもの時期や別の文化圏では違う景色が出る余地があります。
けれど少なくとも、誰かが自分の大切な曲に思ったほど反応しなかったとき、それを感受性の強弱で片づけるのは早いのでしょう。
届かなかったのではなく、届く経路がそこでは重ならなかった。
その見方を持つだけで、同じ旋律をめぐるあの小さな食い違いは、少し別の輪郭を帯びてきます。
参考文献:
Bignardi, G., Wesseldijk, L.W., Mas-Herrero, E. et al. Twin modelling reveals partly distinct genetic pathways to music enjoyment. Nat Commun 16, 2904 (2025). https://doi.org/10.1038/s41467-025-58123-8

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
