朝、台所でお湯をわかします。
やがて気泡が立ち、蒸気がのぼる。
放っておけば、熱は部屋に広がり、やがて冷めていきます。
これがエントロピー増大、すなわち第二法則の世界です。
秩序はほどけ、差はならされ、全体は均されていく。
ではなぜ、その宇宙が星をつくり、岩をつくり、生命をつくり、言葉を話す私たちまで生み出したのでしょうか。
宇宙は本当に、ただ乱れているだけなのでしょうか。
第二法則は「閉じた系」での話です。
地球は太陽からエネルギーを受け取る開いた系ですから、局所的に構造が育つこと自体は法則に反しません。
氷が冷蔵庫で凍るように、外側でより大きなエントロピー増大が起きれば、内部の秩序は保てます。
ここまでは物理で説明できます。
しかし、「説明できる」ことと、「そうなる傾向がある」ことは同じではありません。
宇宙は“作れてもよい”だけなのか。それとも“作る方向へ進む”のか。
この問いに対し、研究者たちは「機能的情報」という考え方を提案しました。
焦点は“秩序”ではなく“機能”です。
ある働きを果たせる形がどれほど希少か―それが機能的情報です。
特定の相手に強く結合する
RNA分子を、選び、少し変え、また選ぶ。
すると、同じ働きを果たせる配列はしだいに限られ、機能的情報は上がっていきます。
実験や人工生命の計算機モデルでも、選択が働く場では機能的情報が増える傾向が観察されています。
視野を宇宙に広げると、元素の生成や鉱物の多様化にも似た構図が見えます。
ビッグバン直後は水素とヘリウムが中心でしたが、恒星内部の核融合や超新星爆発を経て、より複雑な元素が生まれました。
地球史でも、環境に応じて安定する鉱物が選ばれ、種類は増えてきました。
ここで言う“選択”は意志ではありません。
安定性や持続性といった基準のもとで、特定の形が残りやすいという意味です。
従来、進化は生物固有の概念とされてきましたが、この見方では、選択が働くあらゆる系に共通する過程と捉え直されます。
この仮説には、まだ鋭い課題があります。
機能的情報量は状況によって値が変わり、ほとんどの場合、実際に計算することができません。
一つの細胞についてすら、厳密な数値を与える方法は確立していないのです。
他の研究者からは、「客観的に測定できない概念を法則と呼べるのか」という批判も出ています。
もし検証できないなら、それは魅力的な物語にとどまるのではないか。
研究チームは鉱物や元素の進化を手がかりに、反証可能な予測を探ろうとしていますが、現時点では理論の枠組みを整えつつある段階にあります。
ここまでは宇宙の構造の話です。
1950年、物理学者エンリコ・フェルミはこう問いかけました。
「宇宙人はどこにいるのか。」
この広い宇宙で、知的生命体は私たちだけなのか。
もし複雑さが単なる偶然ではなく、選択の帰結だとしたら。
知性もまた、宇宙にとって例外ではないのかもしれません。
しかし現実には、その気配は見えていない。
この沈黙は、理論に新たな重みを与えるのか。
それとも、私たちが本当に稀な存在であることを示しているのか。
宇宙が複雑になる、というよりも。
宇宙は、選択が働く構造なのかもしれない。
無秩序の広がりと同時に、局所で機能が濃縮される。
その二つは矛盾せず、並走している可能性があります。
もし宇宙に機能を選ぶ傾向があるのなら、私たちはその傾向が一時的に到達した形の一つにすぎないのかもしれません。
断言はできません。
測る難しさも残ります。
それでも、乱れの中から働きが育つこの風景を、「偶然」の一語で片づけるには、あまりに一貫しています。
宇宙はただ拡散しているのか。
それとも、機能を選び続けているのか。
私たちが次に選ぶ形も、その問いの続きに置かれています。
参考文献:
Ball P. Why everything in the universe turns more complex. Quanta Magazine. Published April 2, 2025.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
