差し出された不安— 診察室で、なぜ話がすれ違うのか

差し出された不安— 診察室で、なぜ話がすれ違うのか

 

体のことが気になると、人はまず調べます。

検索窓に症状を入れ、AIの答えを読み、動画で誰かの体験談を見る。

家族や友人から聞いた話も頭に残ります。

そうして集めた言葉を診察室に持っていくのは、知識を見せびらかしたいからではありません。

多くは、不安を一人で持ちきれなくなって、「これで合っていますか」と差し出しているのです。

 

ところが、受け取る側は別のものとして見てしまいがちです。

最近の調査では、患者から誤った情報を持ち込まれる場面が5年前より増えたと答えた医師が86%に上りました。

57%は、そのことが質の高い診療のじゃまになると感じています。

つまりこれは、たまに起こる面倒な出来事ではなく、今の医療の中で日ごとに起きている問題です。

 

もとになったのは、小児科、家庭医、救急や内科の医師たちへの聞き取りと、医療コミュニケーションの専門家の意見です。

取り上げられた場面も、今の診察室らしいものばかりでした。

AIが出した病名を信じて検査を求める人、SNSで見た成分を試したい人、妊娠中の解熱薬をこわがる人、ワクチンに迷う人。

さらに、患者との会話に関する先行研究も重ね、どこですれ違いが起きるのかを見ています。

 

まず見えてきたのは、相手の言葉をすぐ打ち消しても、話は前に進みにくいということです。

医療者は患者が話し始めてから、わずか11秒ほどで言葉をさえぎってしまうことがあるとされます。

早く正しい答えにたどり着きたい気持ちはもっともです。

ですが、患者が最初に口にした言葉の中には、「なぜ今それがこわいのか」という大事な手がかりがあります。

そこを聞かずに「違います」と返せば、相手は訂正されたとは感じず、退けられたと感じやすくなります。

 

もう一つ大きいのは、言葉以外のふるまいです。

画面ばかり見る、腕を組む、顔をしかめる、ため息をつく。

そんな小さなしぐさでも、「この人は私の話をまともに聞いていない」と伝わります。

反対に、体を向ける、目を合わせる、うなずく、それだけで会話の空気は変わります。

さらに大切なのは、「それは知りません」「少し調べます」と言えることです。

わからない部分を隠さずに伝えたほうが、かえって信頼されやすいという報告もあります。

全部知っているふりをする人より、確かめながら進む人のほうが、安心して話せるからです。

 

ここで効いてくるのは、知識の量より、相手の不安の置き場をつくれるかどうかです。

患者が求めているのは、世界でいちばん物知りな人ではありません。

自分の話を雑に扱わない専門家です。

もちろん、明らかに害のあることをしているなら、危険はすぐ伝えなければなりません。

ただ、それ以外の多くの場面では、勝ち負けの形にしてしまった時点で、診療の幅が狭まります。

誤情報への対応は、正解を言い渡す作業ではなく、治療を続けられる関係を守る仕事でもあるのです。

なお、これは一つの厳密な試験だけで決まった結論ではなく、医師への聞き取りや関連研究をまとめて見えてきたものです。

 

人は、正しいことを聞いたからといって、すぐに考えを変えられるわけではありません。

不安が強いときほど、頭は理解するより先に身を守ろうとします。

それは患者だけではなく、私たち全員にある反応です。

診察室で差し出されているのは、間違った情報そのものではなく、その奥にある不安なのかもしれません。

 

参考文献:

Koenig D. How to build trust when patients believe misinformation. Medscape. Published March 17, 2026. Accessed March 18, 2026. https://www.medscape.com/viewarticle/how-build-trust-when-patients-believe-misinformation-2026a100082j

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。