死はいつも、こちら側に残される―日本版デス・リテラシー指標で見えてきた、動けない空白

死はいつも、こちら側に残される―日本版デス・リテラシー指標で見えてきた、動けない空白

  フランスの思想家モーリス・ブランショは、「死はいつも他人の死である」という言葉を残しました。 私たちは、自分の死を自分で「見る」ことはできません。 死は、いつも誰かの出来事として、生きている私たちの前に現れます。 病…
何日先の天気を予測できるようになったのか―ECMWFの中期予報50年史と、衛星観測・アンサンブル・AI予報システム

何日先の天気を予測できるようになったのか―ECMWFの中期予報50年史と、衛星観測・アンサンブル・AI予報システム

  台風の季節になると、かつては気象庁が発表する情報が、ほぼ唯一の手がかりでした。 ところが最近では、スマートフォンのアプリを開けば、1週間単位で先を見通す台風の予想進路図を確認することができます。 複数の数値予報モデル…
助ける側でいられる時間―援助行動と認知機能、20年追跡研究が見た人生後半の速度

助ける側でいられる時間―援助行動と認知機能、20年追跡研究が見た人生後半の速度

  役所の机に向かい、誰にも気づかれない仕事を淡々とこなす日々。 黒澤明監督の映画『生きる』は、そんな時間の中で、人がいつのまにか社会から“透明”になっていく感覚を描いていました。 主人公を動かしたのは、病そのものではな…
呼吸がうまくいかないとき、体の中で起きていること―1週間の実験が見せた、緊張と分子の距離

呼吸がうまくいかないとき、体の中で起きていること―1週間の実験が見せた、緊張と分子の距離

  緊張する場面に出くわしたとき、「落ち着こう」と思って深呼吸を試みることがあります。 ところが、意図とは裏腹に息が速くなり、うまく吸えない。 そんな経験は珍しくありません。 何度か呼吸を繰り返し、ふっと深く吸える瞬間が…
「走りすぎると心臓に悪い」は本当なのか―10年後の検査で明らかになったこと

「走りすぎると心臓に悪い」は本当なのか―10年後の検査で明らかになったこと

  私のような、いわゆる「レクリエーション・ランナー」にとっても、マラソンシーズンは心躍る季節です。 調子が良ければひと冬に三、四回はフルマラソンのスタートラインに立ちます。 しかし、その高揚感の裏で、常に小さな影を落と…
走るほど健康、という神話の揺らぎ― 臨床医が考える「運動と大腸がん」の関係

走るほど健康、という神話の揺らぎ― 臨床医が考える「運動と大腸がん」の関係

  健康のために良かれと思って続けている習慣が、身体に別の負荷を残しているかもしれない。 臨床の場にいると、そうした医学的な逆説に出会うことがあります。 外来で長距離ランナーと話していると、走ったあとの下血や腹部違和感を…
新年の抱負は、なぜそのうちに消えてしまうのか―「続ける人」と「続かない人」を分ける、目標の書き換え方

新年の抱負は、なぜそのうちに消えてしまうのか―「続ける人」と「続かない人」を分ける、目標の書き換え方

  年が明けると、多くの人が何かを始めようとします。 運動、節酒、減量、貯金。 紙に書いたり、家族に宣言したり、スマートフォンにメモを残したりもする。 それでも二月になる頃には、その話題は自然に消えていきます。 三日坊主…
脳の健康には、チェダーチーズの方が良いのか―25年追跡研究が問い直す「脂肪は敵」

脳の健康には、チェダーチーズの方が良いのか―25年追跡研究が問い直す「脂肪は敵」

  栄養指導というと、私たち医療者は長いあいだ、決まった言葉を繰り返してきました。 「塩分は控えめに」「脂肪はできるだけ避けましょう」。 とくに心臓や血管を守るという目的のもとでは、動物性の脂肪、とりわけ飽和脂肪酸を遠ざ…
会話が途切れた一瞬で、指は画面へ伸びる―不安な心は、なぜ目の前の人よりスマホを選ぶのか

会話が途切れた一瞬で、指は画面へ伸びる―不安な心は、なぜ目の前の人よりスマホを選ぶのか

  会話が途切れた、その一瞬です。 気まずさが生まれる前に、指は自然とスマートフォンへ伸びます。 隣に誰かが座っていても、この動きは止まりません。 気づけば、沈黙を埋める相手は人ではなく、画面になっています。 この反射の…
シャチが黙るとき―異種の知性が接続される海

シャチが黙るとき―異種の知性が接続される海

  ドキュメンタリー映画『オーシャンズ』には、解説がほとんどありません。 海が広がり、生き物が現れ、互いの距離が変わっていくだけです。 そこに友情や物語は与えられず、どこにいるのか、どこに向かうのかだけが展開されていきま…
動かなくなった時間が、命を削っていた―透析患者の日常に潜んでいた「軽い活動」の意味

動かなくなった時間が、命を削っていた―透析患者の日常に潜んでいた「軽い活動」の意味

  今から振り返ると、ずいぶん極端な時代でした。 腎臓の病気を持つ人は、とにかく安静にしていなさい。 私が学生だった頃、その考え方はごく当たり前のように受け入れられていました。 身体を動かすことは負担であり、危険であり、…