血液透析患者の高血圧と長期COVID後遺症のリスク

「長期COVID後遺症」は、急性期の感染が治まった後も続く様々な症状のことを指します。

これには疲労感、呼吸困難、集中力の低下などが含まれ、日常生活に大きな影響を及ぼします。

特に、既存の健康問題を持つ人々にとっては、その影響はさらに深刻です。

ここで注目すべきは、高血圧という一般的な疾患が、長期COVID後遺症のリスクをさらに高める可能性があるという点です。

この研究では、IL-6とIL-17という二つの分子が、高血圧と長期COVID後遺症との間の潜在的なつながりを示しています。

これらはいわゆるサイトカイン、つまり体内の免疫応答に関わるタンパク質です。

研究者たちは、これらのサイトカインが多量に生成されることが、血液透析患者における長期COVID後遺症の発生に関連していることを発見しました。

さて、この研究は80名の血液透析患者を対象に行われ、彼らの血中のIL-6とIL-17の濃度を測定しました。

その結果、高血圧がコントロールされていない患者の方が、コントロールされた高血圧の患者や完全に回復した患者に比べて、これらのサイトカインの濃度が高いことがわかりました。

また、長期COVID後遺症の症状を持つ患者では、これらのサイトカインがより高い濃度で存在していましたが、時間が経過するにつれてその濃度は減少することも明らかになりました。

この研究は、特に血液透析を受けている患者において、高血圧が長期COVID後遺症のリスクを高める一因となり得ることを示唆しています。

これは、高血圧の管理がこれらの患者にとってなお一層重要であることを意味します。

また、IL-6とIL-17のようなサイトカインが長期COVIDの発生に関与していることを示すことで、将来的にはこれらの分子を標的とした治療法が開発される可能性があります。

この研究から得られた知見は、血液透析患者だけでなく、高血圧を持つ全ての人々にとって重要です。

高血圧は、管理可能な状態でありながらも、しばしば見過ごされがちです。

適切な管理と治療を行うことで、長期COVIDのリスクを減らすことができるかもしれません。

 

元論文:

Stepanova N, Driianska V, Rysyev A, Ostapenko T, Kalinina N. IL-6 and IL-17 as potential links between pre-existing hypertension and long-term COVID sequelae in patients undergoing hemodialysis: a multicenter cross-sectional study. Sci Rep. 2024;14(1):4968. Published 2024 Feb 29. doi:10.1038/s41598-024-54930-z

 

 

「引き寄せ」を正しく理解する

 

「引き寄せの法則」という言葉は、普通に日常会話の中でつかわれたりしますから、すでに市民権を得た言葉とも言えます。

私もどちらかというと、そういうタイプの話は好きです。

この法則は、願えば宇宙が応えてくれるという、何とも魅力的な考え方です。

しかし、実際のところ、この理論の根底にあるのは、心の持ちようが現実を創造するという古くからある考え方の「現代版」に過ぎないのですね。

「念ずれば岩をも通す」とか「笑う門には福来る」、そうそう、「自業自得」なども同義語になるでしょう。

「引き寄せの法則」を代表する作品「ザ・シークレット」は、オーストラリアのテレビプロデューサー、ロンダ・バーンによって生み出されました。

この本は世界中で3500万部以上売れ、多くの人々に影響を与えました。

しかし、この理論が提唱する内容は、「ポジティブ思考」を説くものであり、科学的な根拠に欠ける部分が多々あります。

ポジティブ思考が良い結果をもたらす可能性は心理学研究でも示されていますが、それが全てではありません。

実際には、成功に不可欠なのは、努力やスキル、能力といった他の要素が含まれます。

例えば、学校の授業で良い成績を取りたいと思ったら、ポジティブ思考だけではなく、当然ですが勉強する必要があります。

また、「引き寄せの法則」は、悪いことが起こるのはネガティブに考える人のせいだとする傾向があります。

これは、問題を抱える人々を責めるような危険な思考につながる恐れがあります。

たとえば、長くうつ症状に苦しむ人々にとっては、単にポジティブに考えることが難しいことがあります。

「引き寄せの法則」の魅力は、なんといっても人生をよりコントロールできるという希望を提供する点にあります。

しかし、実際には人生や現実は、単に思考すること以上に複雑であるということを理解することが重要です。

科学的方法を用いて情報を批判的に考察することが、このような理論に対処する際には必要になります。

人間の心理や行動に関する研究は、ポジティブな態度が良い結果をもたらすことを支持していますが、それは宇宙との神秘的な繋がりによるものではなく、あくまでも具体的な行動や努力の結果です。

心が求めるものを手に入れるためには、ポジティブ思考に加えて、大切なのは目標に向かって一歩一歩進むことですね。

最終的に、私たちは誰もが自らの手で現実を形作る力を少なからず持っているものです。

けれども、夢を現実に変えるためには、希望と同じくらいの汗と努力が必要です。

そして、最も価値があるのは、その過程で得られる学びや成長なのだと思います。

 

 

「より広く」が「より良い」とは限らない

 

今日は、抗生剤に関する、ある医学研究のお話です。

タイトルは少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、「誤嚥性肺炎に対して広くカバーする嫌気性抗生物質を使用しても利益をもたらさなかった:後ろ向きコホート研究」。

これが私たちの健康にどのように関わってくるのか、ポイントを見ていきましょう。

誤嚥性肺炎とは、食べ物や飲み物、さらには胃の内容物が誤って肺に入ってしまうことで起こる肺炎の一種です。

特に、高齢者や摂食・嚥下障害のある方に多く見られます。

この状態を治療するためには、抗生物質が用いられることが一般的です。

しかし、どの抗生物質を使うか、その範囲はどの程度広げるべきか、という点は意見は分かれるところです。

一般の方々の理解がどれほどなのかはわかりませんが、抗生物質はターゲットにする菌の種類によって、違ってきます。

A菌には効果があるけれどB菌には効果なしの抗生物質や、A菌とB菌の両方に効果があるという抗生物質もあります。

この研究は、誤嚥性肺炎に対して、嫌気性細菌(酸素のない環境で成長する菌)を広範囲にカバーする抗生物質と、より狭い範囲で限定的にカバーする抗生物質を比較しました。

その結果、広範囲にカバーする抗生物質を使用しても、患者の死亡率に差はなく、しかも、クロストリジウム・ディフィシルという腸内細菌の異常増殖による腸炎のリスクが増加することが分かりました。

ここでのポイントは、「より広く」が必ずしも「より良い」とは限らない、という点です。

治療を行ううえで、どうしても心情的に「もっと強力な治療を」という考え方になるのは、ある程度仕方がなかったことなのかも知れません。

しかし、この研究はそうした行為に疑問を投げかけるものです。

実際には、患者さんにとって最適な治療を選択するには、病気の質だけでなく、治療法の副作用も考慮に入れる必要があります。

この研究は、抗生物質の使用における重要な問題、すなわち抗生物質耐性の問題にも関わっています。

不必要に広範囲の抗生物質を使用することで、将来的に治療が困難になる可能性がある耐性菌が増殖するリスクがあります。

つまり、今回の研究結果は、抗生物質の使用をより慎重に、かつ適切に行うことの重要性を強調しているのです。

この研究が示すのは、医療の現場での日々の判断が、常に科学的なエビデンスに基づいて行われるべきである、ということです。

 

元論文:

Bai AD, Srivastava S, Digby GC, Girard V, Razak F, Verma AA. Anaerobic antibiotic coverage in aspiration pneumonia and the associated benefits and harms: A retrospective cohort study. Chest. Published online February 20, 2024. doi:10.1016/j.chest.2024.02.025

 

 

電子レンジのお話

 

第二次世界大戦の最中、アメリカのエンジニア、パーシー・スペンサーがレーダー技術に携わっていたときのこと。

彼が開発に関わっていたこの技術は、ナチスの飛行機を検知するという重要な役割を果たしていました。

しかし1945年、彼のポケットの中でキャンディバーが溶けたことから、この技術がまったく異なる形で私たちの生活に溶け込むことになるとは、誰も想像できなかったと思います。

試作を重ねるうちに、ポップコーンが弾け、卵が爆発し、最終的には、この偶発的な発見が電子レンジの誕生へとつながりました。

電子レンジは、まさにスペンサーが手がけていたレーダー技術、具体的にはマグネトロンを使用しています。

この装置が発する高強度のマイクロ波が、食品を加熱する原理となっています。

電子レンジがどのように働くかを理解するには、まず光エネルギーがどのようにして波として振動し、電磁スペクトルを形成しているかを理解する必要があります。

マイクロ波は、そのスペクトルの中でも比較的エネルギーが低い部類に入りますが、水分子との相互作用においては非常に効率的です。

これが、電子レンジが食品を加熱する基本的な原理です。

マイクロ波が食品中の水分子を振動させ、その摩擦によって熱を生じさせるのです。

それでは、なぜ電子レンジに金属を入れてはいけないのでしょうか。

金属は導体であり、マイクロ波との相互作用が水分子とは異なります。

金属にマイクロ波が当たると、金属の表面に電子が集中し、これが高電圧を生じさせる原因となります。

特に鋭い端や隙間がある場合、火花やプラズマが発生し、電子レンジ内で小さな雷のような現象を引き起こすことがあります。

ただし、すべての金属がこのような現象を引き起こすわけではなく、条件によっては比較的安全に使用できる場合もあります。

それでも、マイクロ波が食品を加熱する過程で化学的な変化を引き起こすことはありません。

例えば、電子レンジで加熱したスープと、ストーブで加熱したスープの間に分子レベルでの違いはありません。

この点では、電子レンジは非常に安全な調理法と言えるでしょう。

ただし、金属を使用する際には、その安全性を十分理解し、適切な使い方をすることが重要です。

このようにして、レーダー技術から生まれた電子レンジは、現代のキッチンに欠かせない便利な道具となりました。

電子レンジの背後にある「科学」を少し理解するだけで、私たちの日常生活に彩りを加えることができるかも知れませんね。

 

 

お酒と「ブラックアウト」

 

お酒をつい飲みすぎたとき、翌日に、その夜の出来事の一部を思い出せないことがあります。

思い出したとしても、酔った時の恥ずかしい言動だったりするので、そのまま永遠に忘却の彼方に葬り去りたい気持ちも無きにしも非ずなのですが。

さて、今回はアルコールが私たちの記憶にどのような影響を及ぼすのかについてのお話です。

1969年、ドナルド・グッドウィン博士が実施した一つの実験から、この謎を探る手がかりを得ることができます。

グッドウィン博士は、酔っ払った状態の参加者たちに、2分前に見せた物体を思い出させる実験をしました。

意外にも、ほとんどの参加者は答えることができました。

しかし、問題はその30分後です。

半数の参加者はその物体を完全に忘れてしまい、「ブラックアウト」したのです。

つまり、2分後には覚えていたけれど、30分後には忘れていた。

なぜアルコールはこのような効果を持つのでしょうか?

その答えは、アルコールの主成分であるエタノールにあります。

エタノールは、その構造が脂肪に容易に溶解するため、血液脳関門を通過しやすく、脳内で多くの神経受容体に結合し、影響を及ぼします。

このプロセスは、意思決定、衝動制御、運動技能の管理など、多くの脳の機能を損ないます。

しかし、なぜ記憶が特に影響を受けるのでしょうか?

私たちの周囲の情報は、感覚器官によって取り込まれ、脳に送られます。

神経細胞間で情報は神経伝達物質によって伝達されますが、エタノールはこの伝達過程に介入し、神経細胞間のコミュニケーションを困難にします。

このため、基本的なタスクはこなせても、情報の長期記憶への転送が妨げられるのです。

さらに、長期記憶の形成には「長期増強」と呼ばれるプロセスが関与しています。

このプロセスは、神経細胞の物理的な変化を通じて、細胞間の接続を強化し、安定した記憶を形成します。

ところが、エタノールはこのプロセスを特に阻害し、記憶形成に必要な物理的変化をブロックするのです。

結果として、瞬間的な情報は理解できても、その情報の保存が阻害され、「ブラックアウト」となります。

ブラックアウトは、血中アルコール濃度が特定のレベルを超えた場合にのみ発生しますが、他の要因も影響します。

例えば、脱水状態、遺伝的差異、服用している薬、食事の量などが、ブラックアウトの発生確率に影響を与えます。

そして、繰り返しの過度な飲酒は、記憶力の永続的な低下だけでなく、肝臓など他の臓器にも損傷を与える可能性があります。

このように、アルコールが私たちの記憶に及ぼす影響は、単に翌日の二日酔い以上のものです。

楽しい夜を過ごすことは大切ですが、その楽しみが私たちの記憶や健康にどのような影響を及ぼすかを理解することも、同じくらい重要ですね。

次にお酒を手に取るときは、このことを思い出してください。

そして、自分の健康と記憶を大切に扱うようにしましょう。(自戒をこめて)

 

 

自撮りの心理

 

ランニングで遠くまで出向いたとき、スマホで「現場」撮影をします。

それから、背景がちゃんと写るように自分の顔を撮って、家族や友人たちと共有します。

いわゆる「自撮り」です。

私の場合は、「こんなところまで来ちゃったゼィ!」というアピールしかないのですが、イタイおじさんの話ではなくて、若者の自撮り文化についての研究は、心理学的に重要かも知れません。

中国の女子中高生を対象に行われた、こんな研究があります。

自撮りの頻度や、自分の見た目を他人と比べること、自分の身体にどれだけ注意を払っているかなど、いくつかの質問をしました。

結果からわかったのは、自分が他人と比べて魅力的だと思うほど、自分の見た目に敏感になり、それが自撮りをよく投稿する行動につながっているということでした。

しかし、これは単なる「ナルシシズム」からの行動ではないようです。

この「比較→自己監視→自撮り投稿」というサイクルに陥りやすかったのが、自尊心が低い人なのでした。

自分に自信がないと、他人との比較から自分を監視することが多くなり、それがまた自撮り投稿へとつながっているようです。

ただし、この研究には限界もあります。

例えば、これらの結果は、ある時点での関連性を示しているだけで、必ずしも「自撮りが原因で自尊心が低下する」とは言えません。

また、中国の女子中高生だけを対象にしているため、他の国や文化で同じ結果が得られるかはわかりません。

けれども、この研究は重要なポイントを教えてくれます。

それは、自撮りという行為が、ただの楽しい時間の過ごし方以上の意味を持ち得るということ。

そして、自分自身をどう見るか、他人と自分をどう比較するかが、私たちの心に大きな影響を与える可能性があるということです。

次に自撮りをするときには、ちょっと立ち止まって考えてしまうかも知れませんね。

私はイタイおじさんのままですが、ソーシャルメディアにどっぷり浸かっている若者は、いろいろと大変だなあと思ってしまいました。

 

元論文:

Lyu Z, Zheng P, Kou D. Social Comparison and Female Adolescents’ Selfie Behaviors: Body Surveillance as the Mediator and Self-Esteem as the Moderator. Psychol Rep. Published online March 6, 2023. doi:10.1177/00332941231162006

 

 

ソーシャルメディアから自分を守る

 

すでに言い尽くされた感はありますが、ソーシャルメディアの影響は必ずしもポジティブなものばかりではありません。

定期的にソーシャルメディアがヒトの心にどのような影響を与えているかを検証するのは、自分たちの心を守るうえで大切な作業だと思っています。

 

「技術の進化」によって、私たちは瞬時に世界中の人々と繋がるようになりました。

これは実際、素晴らしいことです。

けれども、それは同時に無数の意見や情報が氾濫し、私たちの注意を奪ってしまいます。

さらに、オンライン上での「個人情報の盗難」や「プライバシーの侵害」が増えています。

自分の個人情報が何者かに盗まれ、クレジットカードの不正利用やソーシャルメディアアカウントの乗っ取りが起こるかもしれないと考えるだけで、不安になりますよね。

このようなリスクから身を守るためには、定期的にパスワードを変更する、セキュリティソフトを利用するなどの対策が必要となってきます。

そして、ソーシャルメディア上での「ミメティック・デザイア」の問題。

これは、他人の欲望や目標を無意識のうちに自分のものとしてしまう現象です。

例えば、SNSで友人が美味しそうな食事をしている写真を見た後、自分もそれを食べてみたくなる、といった経験はありませんか?

これは、他人の欲望が自分に移り変わる瞬間です。

この現象が起こると、本当に自分が何を求めているのか分からなくなり、満たされない気持ちに陥りやすくなります。

一方で、ソーシャルメディアは「民主化の傾向」があると言われます。

つまり、エリートや特定のメディアだけでなく、私たち一人ひとりが情報を発信し、広めることができるのです。

しかし、このシステムは少数の声が多数を代表しているかのように錯覚させ、時には集団的な誤解を生む原因にもなります。

ソーシャルメディアとの健全なつきあい方とは、どんなつきあい方なのでしょう。

重要なのは、「オフラインの時間を大切にすること」ということになります。

結局、つながったままでは、限界があって、ダメなのです。

リアルな世界で家族や友人、社会との対話を持ち続けることが、オンラインの歪みを正し、心のバランスを保つ鍵となります。

スマホを置いて、対話をしていますか?

話をしながら、目線は画面上に置いていませんか?

「注意を向けること」がこれほどまでに重要なのは、私たちの思考、感情、他人との繋がりの基礎だからです。

ソーシャルメディアとの健康的な関係を築くことは、今日のデジタル社会で生きる私たちにとって、非常に重要な課題です。

言い換えれば、ソーシャルメディアから自分自身を守ることが何より優先されるべきだということです。

 

 

感想か、エビデンスか

 

ひろゆきさんの「それってあなたの感想ですよね」という言葉は、ネットに疎い私にも耳に届いていました。

マジメなものから、茶化すものまで、多くの場面で引用されているようです。

しかし、この言葉が持つ本質や、私たちがどのように対峙すべきかについては、よく考えてみる必要があります。

今日は、この言葉の背後にある考察を深めてみます。

まず、このフレーズが生まれた背景を振り返ってみました。

2016年のあるテレビ番組での議論中、ひろゆきさんは、相手の主張が個人の感想に過ぎないと指摘しました。

このやり取りは、ネット上での犯罪行為に対する規制の議論を通じて展開されたものでした。

この瞬間から、「それってあなたの感想ですよね」という言葉は、個人の感想を指摘し、エビデンスの必要性を問う一つの指標となりました。

次に、この言葉が社会に与えた影響に目を向けます。

実は、このフレーズは小学生の間で流行語となっているそうで、子供から大人まで幅広い層に影響を与えています。

親御さんの中には、このフレーズを使う子供たちに手を焼いている方もいらっしゃるでしょう。

確かに、「それってあなたの感想ですよね」と反論されると、一時的に言葉を失ってしまうかもしれません。(目に浮かぶようです)

しかし、このフレーズの真意は、議論におけるエビデンスの重要性を問うものであり、単なる反論の道具ではありません。

では、議論においてこのフレーズをどのように扱うべきでしょうか。

全ての意見に対してエビデンスを要求することは現実的ではありませんし、議論を窮屈にするだけかもしれません。

また、意見を交わす際には、相手の発言を尊重する姿勢が基本です。

相手の意見を「感想」として切り捨てるのではなく、なぜそう考えたのか、どのような経験や情報に基づいているのかを問いただすことで、議論はより建設的なものになります。

この過程で、お互いの理解が深まり、新たな知見が得られることも少なくありません。

しかし、特に重要な議題においては、根拠のない意見よりも、エビデンスに基づく論理的な議論が求められるのも事実です。

その際に、自問として(これは自分の感想に過ぎないのか?)という思考ツールとすれば、バランスを見極め、質の高い議論への第一歩とすることができるかも知れません。

このフレーズを正しく理解することで、私たちのコミュニケーションはより豊かで意味のあるものになると信じたいです。

 

 

ファビングをしてしまう人の特徴

 

この話題は以前にもこのブログで取り上げました。

人と対峙する場面でスマホに没頭し、相手を無視する「ファビング」という現象です。

この言葉は「phone(フォーン)」と「snubbing(無視する)」を組み合わせたもので、食事中、会議中、あるいはどんな集まりの場でも、会話をする代わりにスマートフォンに集中してしまう行為を指します。

相手をファビングすることは、排除された感じや人とのつながりが薄れる感覚を引き起こしてしまいます。

研究によると、結婚している人や経験に対して開かれた姿勢を持つ人は、他人をファビングする傾向が少ないのだそうです。

ここでいう「経験に対して開かれた姿勢」というのは、新しいアイデアや体験、創造的な取り組みに対して準備ができていることで、好奇心があり、想像力が豊かである姿勢のことです。

この研究結果は「Healthcare」というジャーナルに掲載され、スマートフォンの使用をコントロールできない状態と、ファビング行為との関連に焦点を当てています。

研究チームは、ファビング行為と性格特性との関連性、そしてこの関連性が退屈や孤独感によってどのように影響されるかを調査しました。

この研究には、レバノンから18歳から29歳の461人が参加し、そのうち71%が女性、91%が独身、94%が大学教育を受けた人々でした。

参加者は、学生ネットワークやソーシャルメディアを通じて募集されました。

研究結果からは、男女ともにファビングを行う可能性に差はないものの、結婚している人よりも独身者がファビングを行いやすいことが示されました。

また、退屈しやすい人や孤独を感じている人も、ファビングに走りやすいことが明らかになりました。

性格特性に関しては、他人をファビングしやすい人は、外向的でなく、協調性が低く、誠実でない傾向があり、また、新しい経験やアイデアに対して保守的で、ネガティブな感情を抱きやすいという特徴がありました。

この研究は、ファビング行為と性格特性との間の関連性に光を当てたものですが、研究デザイン上、データから因果関係を導き出すことはできません。

さらに、参加者は若年層に限られており、他の年齢層では結果が異なる可能性があります。

ファビングは、現代社会でスマートフォンがもたらす影響の一例に過ぎませんが、人間関係や社会的なつながりに与える影響について、我々が意識を向けるべき重要な課題を提起しています。

 

元論文:

Abi Doumit C, Malaeb D, Akel M, Salameh P, Obeid S, Hallit S. Association between Personality Traits and Phubbing: The Co-Moderating Roles of Boredom and Loneliness. Healthcare (Basel). 2023;11(6):915. Published 2023 Mar 22. doi:10.3390/healthcare11060915

 

 

「普通がいい」という病

 

 

今回のテーマは「普通がいい」という考え方の病について、精神科医である泉谷幹二先生が提唱する視点をご紹介します。

私たちの社会は、個性という名の「角」を削ぎ落とし、誰もが同じ形に収まることを理想としています。

しかし、この普遍的な追求が、私たち一人ひとりの心の健康にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

まずは、個性とは何かから考えてみましょう。

個性とは、私たちを特別な存在にしてくれる独自の特徴、つまりは「角」です。

例えば、メイド服を着ることを楽しむ人がいたとします。

この「角」は、彼女にとっての個性であり、自己表現の一形態です。

しかし、社会はしばしばこの「角」を異端とみなし、その人を孤立させることで、結果として「普通」であることの価値を強調します。

「普通がいい」という思い込みは、多くの人が無意識のうちに持っている信念です。

この信念には、大きな落とし穴があります。

個性を隠し、他人の期待に合わせることで、一時的に周囲との調和を保つことはできるかもしれません。

しかし、長期的に見ると、自分自身を抑圧することで精神的な不健康を引き起こします。

自分らしさを失った生き方は、ストレスやうつ病の増加に直結するのです。

では、私たちはどのようにしてこの病から脱却することができるのでしょうか。

答えはシンプルです。

自分の心に耳を傾け、その声に従って生きることです。

子どものように、自分の好きなこと、やりたいことに素直になることが、精神的な健康への鍵を握っています。

心の声を無視し、頭で考えることだけが正しいとされる現代社会では、このシンプルな真理を見失いがちです。

個性を抑圧することなく、自分らしく生きる勇気を持つこと。

これは、自分だけでなく、周りの人々にもポジティブな影響を与えます。

なぜなら、自分が心から満たされているとき、その満足感は他人にも伝播するからです。

逆に、自分自身が満たされていない状態で他人を幸せにしようとすると、その試みはたいてい失敗に終わります。

この考え方は、私たちが日々直面する様々な問題に対する新たな視点を提供します。

メイド服を着ることが好きな人も、ライブに熱中する人も、プロゲーマーを目指す人も、それぞれが自分らしさを表現する方法を見つけることが大切です。

私たち一人ひとりが持つ「角」は、社会を豊かにする源泉なのです。

最後に、泉谷幹二先生のメッセージを心に留めておきましょう。

「普通がいい」という病から抜け出し、自分の個性を大切にすること。

それが、真の意味での健康と幸福への道です。

私たちは皆、自分だけの色を持っているのですから、その色を存分に発揮して、カラフルな世界を創り出しましょう。