体温とうつ症状との関連

 

このコロナ禍のなかで、毎日の体温測定が習慣化されてきたおかげで、思わぬ発見もありました。

「37℃が私の普通」という人もいれば、「35℃台が自分の平熱だから36.5℃を超えたら微熱」という人もいて、実際にモニタリングすることの意義を再確認したものです。

そして、人の体温は、その日の健康状態や活動レベル、さらには感情の変化によっても変動するものだということもわかりました。

例えば、緊張すると手が冷たくなるというのは、よく経験することです。

つまり、心の状態が体温に影響するということですね。

では、ここで問題です。

「体温が心の状態に影響するのでしょうか?」

そのテーマに取り組んだのが、今回紹介する研究です。

研究チームは、20,000人以上の参加者を対象に約7ヶ月間にわたり、自己申告による体温とウェアラブルセンサーで計測した体温、そしてうつ症状についてのデータを収集しました。

その結果、体温が高いほど、うつ症状の重さに関連していることがわかりました。

具体的には、体温が平均して0.1℃上昇するごとに、軽度のうつ症状を持つ可能性が約3%、中度のうつ症状を持つ可能性が約5.1%、重度のうつ症状を持つ可能性が約11.4%増加しました。

この関連は、年齢や性別、体温の測定時間などの共変量で調整した後も維持されたそうです。

つまり、体温が心の健康に影響を及ぼす可能性があるということですね。

さらに、この研究はうつ病治療における新しいアプローチの可能性を開くものかも知れません。

しかし、なぜ体温がうつ症状と関連するのか、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。

メカニズムはわかりませんが、熱がある時に体と気持ちもつらいのは、自然なことですね。

心が落ち込んだ時に、熱がある時のように、おでこに「冷えピタ」を貼ったりしたら、単純な私は復活するかも知れません。

 

元論文:

Mason AE, Kasl P, Soltani S, et al. Elevated body temperature is associated with depressive symptoms: results from the TemPredict Study. Sci Rep. 2024;14(1):1884. Published 2024 Feb 5. doi:10.1038/s41598-024-51567-w

 

 

高血圧患者の立ちくらみをどうすべきか?

 

多くの患者にとって、血圧の管理は日々の健康維持に不可欠な要素です。

ところが、あまり厳格に血圧のコントロールを行おうとすると、立位低血圧(立ちくらみ)を引き起こすリスクがあります。

そのため、全ての患者に対して積極的であるかというと、必ずしもそうではありませんでした。

特に、低血圧は高齢者の患者において心配されることです。

立ちくらみがひどいと、転倒のリスクが高まりますし、ひどい場合は失神の危険もあるからです。

医師は「この薬を飲んだらフラフラする」という患者さんの訴えに敏感です。

症状が強いようなら、すぐに内服をやめるようにと指示を出すものです。

高血圧治療における新たな視点を投げかけるこの研究結果は、9つのランダム化比較試験(RCT)に基づいた個別患者データのメタ分析から得られました。

その主な発見は、立位低血圧(立ちくらみ)の有無にかかわらず、より積極的な血圧管理が心血管イベントのリスクを低減させる可能性があるというものでした。

具体的には、立位低血圧を有する患者(OH群)において、積極的治療による合併症リスクの相対リスク(Hazard Ratio: HR)は0.83(95%信頼区間: 0.70-1.00)、立位低血圧を有しない患者群で0.81(0.76-0.86)でした。

これは、立位低血圧がある患者においても、積極的な血圧管理が心血管リスクを減少させることを示しています。

多少乱暴な言い方をすれば、「立ちくらみがあったとしても、厳格に血圧をさげた方が、心血管リスクを減らせる」ということです。

一方で、立位低血圧を有する患者における全死因死亡率のHRは0.92(0.72-1.18)と、統計的に有意な差は認められませんでした。

つまり、立ちくらみがあったとしても、積極的に血圧を管理することは安全であるという可能性を示しています。

そうは言っても、実際の日常診療の現場では、なかなか難しい問題です。

「立ちくらみがある患者でも、積極的な血圧管理がもたらすメリットは、潜在的なリスクを上回る可能性がある」ということを、医療提供者の頭の片隅に置いておくぐらいが現実的でしょう。

患者さんの生活の質を向上させ、より健康な未来を実現するために、高血圧の治療戦略について、私たちは常に学び、進化し続けなければなりません。

立位低血圧を有する患者における積極的血圧管理の安全性と効果については、今後さらに研究が求められるものです。

 

元論文:

Juraschek SP, Hu JR, Cluett JL, et al. Orthostatic hypotension, hypertension treatment, and cardiovascular disease: an individual participant meta-analysis. JAMA. 2023;330:1459-1471.

 

 

CPAPの心血管疾患に対する再評価

 

閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)は、夜間の息が止まることが特徴で、長期にわたる心血管疾患(CVD)のリスクを高める可能性があります。

そこで、持続陽圧呼吸療法(CPAP)がこれらの患者において大きな救いとなっていました。

CPAPは、睡眠中に気道が閉塞するのを防ぎ、患者の生活の質を改善するために用いられます。

しかし、最近の研究によると、OSAとCVDを持つ患者において、CPAPが主要な心血管および脳血管イベントのリスクを低減する効果は確認されなかったようです。

この研究は、平均年齢61歳で、82%が男性である4,186人の患者を対象に行われました。

平均34から52ヶ月の追跡期間における個別患者データのメタ分析から得られたものです。

CPAP群のイベント発生率は16.6%で、通常ケア群は16.4%とほぼ同等でした。

ただし、CPAP群において良好なアドヒアランス(1日4時間以上の使用)を示した患者は、主要なアウトカムである心血管イベントのリスクが減少していたことが示されています(ハザード比0.69)。

これらの結果は、OSAとCVDを持つ患者にとって、治療法の見直しを迫るような結果となりました。

当然ながら、CPAPのアドヒアランス、つまり治療への忠実度を改善する方法を模索する必要があります。

と同時に、CPAPと他の代替療法の有効性を比較する新たな研究が必要とされるところです。

心血管疾患とOSAの関係は複雑であり、一つの治療法がすべての患者に効果的であるとは限りません。

医療の世界では、新しい治療法や技術の導入により、常に進化しています。

この進化は、常に科学的な証拠に基づいて行われていくものです。

 

元論文:

Sven Günther, Bertrand Renaud. In patients with OSA and CVD, CPAP did not reduce major adverse cardiac and cerebrovascular events. Ann Intern Med. [Epub 6 February 2024]. doi:10.7326/J23-0113

 

 

目標達成のためのモチベーション:報酬の二面性を探る

 

病院の勤務時代を思い出すと、忘年会などで盛り上がったのは、各セクションからの賑やかな催しものでした。

バンド演奏やダンスなど、プロのメンバーが絶対いるだろ!と思うほどの出来栄えで、とても感動したのを覚えています。

優勝した団体への賞品も、家電製品や航空券、ホテル宿泊券など、かなり豪華でした。

賞品が目当て?というだけでもないでしょうが、実力のない人たちにとっては練習のモチベーションにはなっていたかも知れません。

今日は、そんなモチベーションと報酬のお話です。(2011年の研究なので、あちこちで引用されている論文です。)

この研究は、学校で学生たちによるレース(競走)を実施し、異なる報酬レベルが学生のパフォーマンスと脱落率にどのような影響を与えるかを調べたものです。

学生たちは、過去のパフォーマンスに基づいて同じ能力の学生と対決する「Time Matched」と、完全にランダムに対決する「Randomly Matched」、2つのグループに分けられました。

そして、賞品がない場合、少しの賞品がある場合、大きな賞品がある場合、と報酬を変えて競走をさせたのでした。

その結果が興味深いのです。

報酬がない場合や少しの報酬がある場合、ほとんどの学生が競走を最後までやり抜きました。

しかし、大きな報酬がかかった競走では、Time Matchedの直接対決では35%、Randomly Matchedでは42%の学生が途中で諦めてしまったのです。

逆に、間接的な対決(一人で走り、タイムで順位を決定)では、報酬の大きさに関わらず脱落者は0でした。

これからわかることは、大きな報酬は私たちをがんばらせるけれど、同時に余計な期待も抱かせてしまうということです。

競争に勝てないと感じた時、その期待値があまりにも大きいと、人は挑戦を諦めやすくなります。

たとえば、あなたが参加するバンドコンテストで、優勝すると全国大会に出場できると言われたとします。

この大きな報酬に向けて、熱心に練習に励むでしょう。

しかし、予選を通過することが難しいと感じ始めたら、練習をあきらめてしまう人も出てくるかもしれません。

これが「パフォーマンスと脱落のトレードオフ」という現象です。

けれども、競争の形式が間接的なものであれば、同じ報酬でも脱落者は出なかった。

つまり、勝ち負けが目に見えないと、最後まで挑戦しようという気持ちが維持されるのですね。

この研究から得られる教訓は、報酬が私たちを動機づける力はあるものの、あまりに大きな報酬は反対に脱落を促してしまう可能性があるということです。

つまり、目標を達成するための動機づけには、適切なレベルの報酬が重要で、最後まで挑戦を続けられるような環境を整えることが大切だということです。

 

元論文:

Chaim Fershtman, Uri Gneezy, The Tradeoff between Performance and Quitting in High Power Tournaments, Journal of the European Economic Association, Volume 9, Issue 2, 1 April 2011, Pages 318–336,

 

 

IgA腎症患者を対象としたシベプレンリマブの第2相試験

 

IgA腎症とは、腎臓病の一種で、不要な物質(いわゆる老廃物)を体外へ排出するという腎臓のはたらきが徐々に低下していく疾患です。

この病気は、特に進行すると透析や腎移植が必要になる可能性があります。

しかし、最近の研究で新しい治療法の選択肢が見えてきました。

それが、Sibeprenlimabという新しい治療薬です。

この薬は、IgA腎症の患者さんにおいて、病気の進行を遅らせる可能性があることが示されています。

Sibeprenlimabのフェーズ2試験では、病気が進行するリスクが高い成人患者を対象に、12ヶ月間にわたり1ヶ月ごとに投与されました。

ここで「フェーズ2試験」について説明します。

フェーズ2試験は、新しい治療法や薬物が開発される際に行われる臨床試験のことで、それらが有効かどうかを判断し、副作用や安全性に関する情報を集めることを目的としています。

ある程度の数の患者(おおよそ数十人から数百人)に対して、新しい治療法や薬物を投与し、その効果と副作用を観察します。

これらの試験は通常、ランダム化され、プラセボ(無効な治療)と比較されることが多いです。

そして、効果的である可能性があることが示されると、通常、より大規模な臨床試験(フェーズ3試験)に移行し、広範囲な患者グループに対して実施されます。

さて、この研究の結果は、非常に興味深いものでした。

Sibeprenlimabを投与された患者群では、尿中の蛋白質とクレアチニンの比率が、プラセボを投与された群に比べて有意に減少したからです。

この比率の減少は、腎臓の機能が改善されていることを意味します。

また、SibeprenlimabはeGFR(推定糸球体濾過率)という腎機能の指標にも良い影響を与えました。

eGFRは、腎臓がどの程度うまく機能しているかを示す重要な指標で、この数値が低下すると、腎臓病の進行を意味します。

Sibeprenlimabを投与された患者では、eGFRの減少がプラセボ群に比べて有意に少なかったのです。

治療における副作用は、どんな薬にも存在しますが、Sibeprenlimabの場合、副作用はプラセボ群と同様に発生し、ほとんどが軽度から中等度でした。

これは、Sibeprenlimabが安全であることを示しています。

このような結果から、SibeprenlimabはIgA腎症の治療において大きな希望となり得ることがわかります。

IgA腎症の患者さんやその家族にとって、新しい治療選択肢が登場することは、今後の生活の質を改善する上で非常に重要です。

Sibeprenlimabのフェーズ3試験の結果が、待たれるところです。

 

元論文:

Mathur M, Barratt J, Chacko B, et al. A Phase 2 Trial of Sibeprenlimab in Patients with IgA Nephropathy. N Engl J Med. 2024;390(1):20-31. doi:10.1056/NEJMoa2305635

 

 

血液透析患者の健康的なライフスタイルを促進するためのデジタル介入

 

現在、私たちの生活のあらゆるところにデジタル技術が浸透しています。

けれども、その恩恵を最も必要としている人々が十分に享受しているとは限りません。

特に、慢性的な健康問題に直面している人々にとって、技術はその人が思い描く「挑戦」を後押ししてくれる手段となるかも知れません。

今回は、血液透析患者の健康的なライフスタイルを促進するためのデジタルヘルス介入に焦点を当てた研究についてお話しします。

血液透析患者は、身体活動が少ないと予後が悪化することが知られています。

この研究は、そんな患者たちの身体活動と健康関連生活品質(HRQoL)を改善するデジタルヘルス介入(DHI)の有効性を探るものです。

31人の臨床的に安定した血液透析患者を対象に、24週間にわたるプログラムが実施されました。

参加者は、自宅での運動プログラムに加え、スマートウォッチを使用して日々の活動を追跡しました。

この介入の核心は、患者さん自身が自分の健康管理に積極的に関与することを促すことにあります。

デジタル技術を駆使して、彼らの食生活や身体活動の記録を容易にし、それを健康管理のプラットフォームにアップロードすることで、患者さんと医療提供者の間で情報が共有されました。

研究者は、提供された食事の写真からカロリーや栄養素を分析し、運動習慣の変化を追跡しました。

結果は、自己効力感と自己管理の向上、HRQoLと日々の歩数の増加という形で表れました。

これは、デジタルヘルス介入が血液透析患者の生活にポジティブな影響を与えることができることを示しています。

しかし、この研究にはいくつかの限界があります。

参加者は特定の地域からのみ募集されたため、結果を一般化することには制限があります。

また、デジタル技術の使用に慣れていない患者さんが介入から恩恵を受けることができるかどうかも、今後の課題となります。

この研究は、慢性腎臓病患者の健康管理においてデジタルヘルス技術が有効であることを示す一例です。

今後も、さまざまな背景を持つ患者さんがこのような技術を利用できるようにするための研究が必要です。

健康的なライフスタイルを促進し、慢性疾患の管理を改善するための新しい道が、こうした介入によって開かれつつあるのです。

 

元論文:

Li WY, Yeh JC, Cheng CC, et al. Digital health interventions to promote healthy lifestyle in hemodialysis patients: an interventional pilot study. Sci Rep. 2024;14(1):2849. Published 2024 Feb 3. doi:10.1038/s41598-024-53259-x

 

 

心の時間速度と肉体の治癒速度

 

会議が長引いたりすると、時間はまるで止まっているかのように感じられます。

一方で、楽しい時はあっという間に過ぎ去ります。

私たちの日常は、時計の針の進む「主観的な速さ」に左右されています。

「心身合一」などと言いますが、この時間に対する「心の感じ方」が、私たちの肉体にも実際に大きな影響を与えているのだという研究報告があがりました。

最近の研究によると、私たちの「時間の知覚」が実際に身体の治癒速度を加速させたり遅らせたりすることが示されました。

具体的には、より速く時間が経過したと信じている人々の傷が、実際よりも早く治ることが発見されたのです。

これは、心と体の関係、特に私たちの思考や信念が物理的な健康にどのように影響を及ぼすかを探る興味深い一例です。

確か、漫画「がんばれ元気」で、堀口元気が試合中の出血を何もせずとも自然に止血してしまっていたというシーンがありました。

ところが、これは漫画の話ではありません。

この研究は、33人の参加者を対象に実施されました。

彼らにはカッピング療法を用いて軽度の傷を作り、その治癒過程を観察しました。

研究者たちは参加者に「時間が遅い」「通常」「速い」と感じさせる3つの異なる環境を用意しました。

実際の時間はすべて28分で統一されていましたが、参加者の時間の感じ方を変えることで、その心理状態が身体の治癒にどのように作用するかを観察したのです。

結果は、「速い時間」の条件下で治療を受けた参加者は、「遅い時間」の条件下で治療を受けた人々と比較して、明らかに傷の治癒が早かったのです。

つまり、時間が速く感じられるほど、身体の治癒プロセスが加速することが示されたのでした。

この研究は、心身のつながりを探るものです。

私たちの心理的状態が身体の健康に直接影響を及ぼす可能性があることを強調しています。

昔から言われている「病は気から」や「Fancy may kill or cure.(空想は人を殺しも生かしもする)」という言葉の裏づけがとれた印象です。

そして、ストレス管理やプラセボ効果など、心理的要因が健康に及ぼす影響についての既存の研究を補完するものともなります。

では、私たちはこの情報をどのように活用できるでしょうか?

例えば、ポジティブな心理状態を保つことは、単に気分を良くするだけでなく、身体の健康を促進することを意味します。

また、リラクゼーションや瞑想など、心を穏やかに保つ活動は、時間の経過をより速く感じさせ、結果として健康に良い影響をもたらすかもしれません。

この研究は、私たちが健康を考える際に、身体だけでなく心の健康も同様に重要であることを改めて思い起こさせてくれます。

心と体は切っても切り離せない関係にあり、互いに影響を与え合っています。

したがって、健康的な生活を送るためには、心のケアも忘れずに行うことが大切です。

 

元論文:

Aungle P, Langer E. Physical healing as a function of perceived time [published correction appears in Sci Rep. 2024 Jan 29;14(1):2412]. Sci Rep. 2023;13(1):22432. Published 2023 Dec 17. doi:10.1038/s41598-023-50009-3

 

 

カメが長寿のわけ

 

「鶴は千年、亀は萬年」というように、カメは長寿の象徴として扱われています。

約2億年前、恐竜が地球を歩き、空を支配していた時代に、カメはその姿を現しました。

それは、現代に至るまで続いています。

カメの平均寿命は約100歳とされ、中には190歳を超える個体もいることは、科学界にとって長らくの謎でした。

しかし、最近の研究により、この長寿の秘密が少しずつ明らかになりつつあります。

カメの長寿の一つの鍵は、加齢による死亡率の上昇がほとんど見られないという事実にあります。

人間のように年を取るごとに死亡率が高くなるのが自然な現象とされていますが、カメにおいてはこの法則が当てはまりません。

南デンマーク大学の研究では、52種のカメを調査した結果、約75%の種で加齢による死亡率の上昇がほとんどないことが確認されました。

これは、5歳のカメも50歳のカメも、死亡率がほぼ変わらないことを意味します。

では、なぜカメは老化しないのでしょうか?

カメが変温動物であることが、この謎を解く手がかりの一つです。

外気温に合わせて体温が変化するため、エネルギーを体温維持に使う必要がなく、その分細胞の修復にエネルギーを向けることができます。

また、代謝が低いため、無駄なエネルギー消費を避けることができるのです。

ペンシルベニア州立大学の研究では、熱い地域に住む爬虫類は老化速度が速く、逆に両生類は老化速度が遅いことが示されました。

性的成熟が遅い動物は長寿で、早い動物は短命であるという結果も出ていますが、カメがなぜ他の変温動物よりも長寿なのかは、まだ完全には解明されていません。

カメの長寿には、その生存戦略も関係しています。

硬い甲羅は、外敵からの保護という強力な盾となります。

例えば、キツネに襲われたカメとうさぎでは、うさぎの方が遥かに死亡率が高くなります。

カメはその甲羅によって、捕食者からの脅威を大幅に減らすことができるのです。

このように、カメの長寿の秘密は、その生物学的特性と生存戦略の組み合わせによるものと考えられます。

しかし、これらの発見は、カメの長寿に関する謎をすべて解き明かしたわけではありません。

カメが長寿である理由を完全に理解するためには、さらなる研究が必要です。

カメの生命の秘密は、科学者たちにとってまだまだ多くの謎を秘めています。

そして、私たち人間にとっても、カメから学ぶべきことは多いのかもしれません。

長寿の秘訣を探るこの旅は、まだまだ続きます。

 

元論文:

Reinke BA, Cayuela H, Janzen FJ, et al. Diverse aging rates in ectothermic tetrapods provide insights for the evolution of aging and longevity. Science. 2022;376(6600):1459-1466. doi:10.1126/science.abm0151

 

 

飛んでいる虫が灯りに集まる理由

 

Enbu by Hayami Gyoshu

 

夜の道で、街灯の周りを虫たちが飛び回っているのを見ることがあります。

あらゆる種類の昆虫が夜になると灯りの周りに集まります。

上の絵、速水御舟の「炎舞」に描かれているような、炎に身を焼かれてしまっても、どうしても引き寄せられずにはいられない、必死さというか抗えない本性のようなものを感じて、もの悲しくなります。

しかも、昆虫たちはLEDライトだろうと、人工的な照明にもお構いなしです。

実際、なぜ虫たちはこれらの灯りに引き寄せられるのでしょうか?

この不思議な行動は、昔から、多くの人々の好奇心をかき立ててきました。

中でも「月光航法説」と「光逃避説」が主流でしたが、これらを裏付ける3次元の飛行データはありませんでした。

しかし、最新の研究では、高精度のモーションキャプチャとステレオビデオグラフィーを駆使し、この古い謎に新たな解を提示しています。

研究チームは、昆虫が光源に直接向かって飛ぶのではなく、光源に対して垂直に飛行することを発見しました。

彼らの飛行は、光に背中を向けるという行動から成り立っています。

自然界では、この行動が適切な飛行姿勢と制御を維持するのに役立つのですが、人工光源の近くでは、昆虫を光の周りで無限に旋回させる罠となってしまいます。

この「背中を光に向ける」反応は、昆虫が地球上で飛行する際の基本的な感覚メカニズムです。

彼らは、長い進化の歴史を通じて、最も明るい視覚フィールド、すなわち空を、自分の位置を把握するための信頼できる指標としてきました。

しかし、人工光はこの古い感覚メカニズムを乱し、昆虫を混乱させているのです。

光源の周囲を旋回し続ける昆虫は、まるで永遠に出口を見つけられない迷路に入り込んだようなものだったのです。

さらに驚くべきは、光源が地面近くにある場合、昆虫は自らを逆さまにしてしまうことがあり、これが原因で地面に激突することもあるという事実です。

このような振る舞いは、昆虫たちが自然界で遭遇する光とは全く異なる反応を引き起こし、彼らの生存にとって重大な影響を与えていることを示しています。

この研究は、昆虫が人工光に引き寄せられるメカニズムを解明するだけでなく、昆虫を保護するための新たな手段を模索するきっかけともなります。

世界中で昆虫の数が減少している現状を考えると、人工光による影響は無視できない要因の一つです。

昆虫が光源に罠にかからないようにするためには、まずそのメカニズムを正確に理解することが重要です。

この発見を活かして、昆虫が人工光に惑わされず、夜の世界を自由に飛び回れるような環境を整えることが、今後の大きな課題となるでしょう。

 

元論文:

Fabian ST, Sondhi Y, Allen PE, Theobald JC, Lin HT. Why flying insects gather at artificial light. Nat Commun. 2024 Jan 30;15(1):689. doi: 10.1038/s41467-024-44785-3. PMID: 38291028.

 

「老化」は細胞同士の対話で決まる?

 

ヒトの身体は、一見すると個々の部品が独立して機能しているように見えますが、実際はそれぞれが密接に連携し、情報を共有しながら働いています。

臓器について言えば、脳と腸、心臓と腎臓などの間で互いに作用を及ぼしあいながら病態を形成しています。

「脳腸相関」や「心腎連関」などが代表的ですね。

それが、細胞レベルでも行われています。

特に興味深いのは、体内の細胞どうしが「老化」について相談しあっているということです。

最近の研究で、この内部コミュニケーションの重要な役割を果たしているのが、ミトコンドリアであることが明らかになりました。

ミトコンドリアは、私たちの細胞のエネルギーを生産する工場のようなものです。

しかし、その役割は単にエネルギーを生産することにとどまりません。

最近の研究では、ミトコンドリアが異なる組織間で「会話」を交わし、細胞が受けた損傷を修復するために協力していることが示されています。

この発見は、私たちの体がどのようにして老化プロセスを管理しているかについての理解を深めるものです。

研究者たちは、特に脳内のミトコンドリアが体全体の細胞とどのようにコミュニケーションを取っているかに焦点を当てました。

彼らは、線虫(C.elegans)を使用して研究を行いました。

そして、脳のミトコンドリアが損傷を受けた際に、その修復を助けるために特定のストレス応答を活性化することを発見しました。

この応答は、正常な機能を回復させるために必要な修復酵素を提供します。

このプロセスは脳内だけでなく、線虫の体の他の部位の細胞にも影響を及ぼし、それらの細胞もまた修復応答を活性化させることが観察されました。

この「会話」のメカニズムを解明するために、研究チームはさらに調査を進め、ストレスを受けたミトコンドリアが、Wntと呼ばれるシグナルを使って神経細胞から体の他の細胞へと情報を送っていることを発見しました。

Wntシグナルは、発生初期に体のパターンを設定する際に重要な役割を果たすことが既に知られていましたが、成体でこのシグナルが活性化された場合、どのようにして発生プログラムを回避するのかは謎でした。

この謎を解く鍵は、ミトコンドリアの遺伝子にありました。

研究チームは、生殖細胞のミトコンドリアにのみ発現する特定の遺伝子がWntの発生プロセスを中断することを発見しました。

これは、生殖細胞が神経系と体の他の組織間でWntシグナルを中継する重要な役割を果たしていることを示しています。

この発見は、老化プロセスにおける生殖細胞の役割に新たな光を当てるものです。

生殖細胞が健康である限り、生存に有利なシグナルを送り、宿主生物が繁殖できるようにします。

しかし、生殖細胞の質が低下すると、さらに寿命を延ばす理由はなくなります。

つまり、生命は自己を再生するために存在するという進化の視点から見ると、このプロセスは非常に意味があります。

この研究は、ミトコンドリアがかつて自由生活していた細菌であり、現代の複雑な細胞を形成するために他の原始細胞と力を合わせたことを思い出させます。

そのため、ミトコンドリアがコミュニケーション能力を持っているのは、その自由生活していた細菌の祖先からの遺産かもしれません。

この研究が人間を含むより複雑な生物にも当てはまるかどうかはまだ分かりませんが、私たちの体内で細胞がどのように「会話」して老化を管理しているかを理解することは、将来の健康管理や疾患治療に革命をもたらす可能性があります。

私たちの体内で進行中のこの微細な会話が、いつかはより長く、より健康に生きるための鍵となるかもしれません。

 

元論文:

Shen K, Durieux J, Mena CG, et al. The germline coordinates mitokine signaling. Preprint. bioRxiv. 2023;2023.08.21.554217. Published 2023 Oct 4. doi:10.1101/2023.08.21.554217