今日は、抗生剤に関する、ある医学研究のお話です。
タイトルは少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、「誤嚥性肺炎に対して広くカバーする嫌気性抗生物質を使用しても利益をもたらさなかった:後ろ向きコホート研究」。
これが私たちの健康にどのように関わってくるのか、ポイントを見ていきましょう。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や飲み物、さらには胃の内容物が誤って肺に入ってしまうことで起こる肺炎の一種です。
特に、高齢者や摂食・嚥下障害のある方に多く見られます。
この状態を治療するためには、抗生物質が用いられることが一般的です。
しかし、どの抗生物質を使うか、その範囲はどの程度広げるべきか、という点は意見は分かれるところです。
一般の方々の理解がどれほどなのかはわかりませんが、抗生物質はターゲットにする菌の種類によって、違ってきます。
A菌には効果があるけれどB菌には効果なしの抗生物質や、A菌とB菌の両方に効果があるという抗生物質もあります。
この研究は、誤嚥性肺炎に対して、嫌気性細菌(酸素のない環境で成長する菌)を広範囲にカバーする抗生物質と、より狭い範囲で限定的にカバーする抗生物質を比較しました。
その結果、広範囲にカバーする抗生物質を使用しても、患者の死亡率に差はなく、しかも、クロストリジウム・ディフィシルという腸内細菌の異常増殖による腸炎のリスクが増加することが分かりました。
ここでのポイントは、「より広く」が必ずしも「より良い」とは限らない、という点です。
治療を行ううえで、どうしても心情的に「もっと強力な治療を」という考え方になるのは、ある程度仕方がなかったことなのかも知れません。
しかし、この研究はそうした行為に疑問を投げかけるものです。
実際には、患者さんにとって最適な治療を選択するには、病気の質だけでなく、治療法の副作用も考慮に入れる必要があります。
この研究は、抗生物質の使用における重要な問題、すなわち抗生物質耐性の問題にも関わっています。
不必要に広範囲の抗生物質を使用することで、将来的に治療が困難になる可能性がある耐性菌が増殖するリスクがあります。
つまり、今回の研究結果は、抗生物質の使用をより慎重に、かつ適切に行うことの重要性を強調しているのです。
この研究が示すのは、医療の現場での日々の判断が、常に科学的なエビデンスに基づいて行われるべきである、ということです。
元論文:
Bai AD, Srivastava S, Digby GC, Girard V, Razak F, Verma AA. Anaerobic antibiotic coverage in aspiration pneumonia and the associated benefits and harms: A retrospective cohort study. Chest. Published online February 20, 2024. doi:10.1016/j.chest.2024.02.025