血液透析患者の健康的なライフスタイルを促進するためのデジタル介入

 

現在、私たちの生活のあらゆるところにデジタル技術が浸透しています。

けれども、その恩恵を最も必要としている人々が十分に享受しているとは限りません。

特に、慢性的な健康問題に直面している人々にとって、技術はその人が思い描く「挑戦」を後押ししてくれる手段となるかも知れません。

今回は、血液透析患者の健康的なライフスタイルを促進するためのデジタルヘルス介入に焦点を当てた研究についてお話しします。

血液透析患者は、身体活動が少ないと予後が悪化することが知られています。

この研究は、そんな患者たちの身体活動と健康関連生活品質(HRQoL)を改善するデジタルヘルス介入(DHI)の有効性を探るものです。

31人の臨床的に安定した血液透析患者を対象に、24週間にわたるプログラムが実施されました。

参加者は、自宅での運動プログラムに加え、スマートウォッチを使用して日々の活動を追跡しました。

この介入の核心は、患者さん自身が自分の健康管理に積極的に関与することを促すことにあります。

デジタル技術を駆使して、彼らの食生活や身体活動の記録を容易にし、それを健康管理のプラットフォームにアップロードすることで、患者さんと医療提供者の間で情報が共有されました。

研究者は、提供された食事の写真からカロリーや栄養素を分析し、運動習慣の変化を追跡しました。

結果は、自己効力感と自己管理の向上、HRQoLと日々の歩数の増加という形で表れました。

これは、デジタルヘルス介入が血液透析患者の生活にポジティブな影響を与えることができることを示しています。

しかし、この研究にはいくつかの限界があります。

参加者は特定の地域からのみ募集されたため、結果を一般化することには制限があります。

また、デジタル技術の使用に慣れていない患者さんが介入から恩恵を受けることができるかどうかも、今後の課題となります。

この研究は、慢性腎臓病患者の健康管理においてデジタルヘルス技術が有効であることを示す一例です。

今後も、さまざまな背景を持つ患者さんがこのような技術を利用できるようにするための研究が必要です。

健康的なライフスタイルを促進し、慢性疾患の管理を改善するための新しい道が、こうした介入によって開かれつつあるのです。

 

元論文:

Li WY, Yeh JC, Cheng CC, et al. Digital health interventions to promote healthy lifestyle in hemodialysis patients: an interventional pilot study. Sci Rep. 2024;14(1):2849. Published 2024 Feb 3. doi:10.1038/s41598-024-53259-x

 

 

心の時間速度と肉体の治癒速度

 

会議が長引いたりすると、時間はまるで止まっているかのように感じられます。

一方で、楽しい時はあっという間に過ぎ去ります。

私たちの日常は、時計の針の進む「主観的な速さ」に左右されています。

「心身合一」などと言いますが、この時間に対する「心の感じ方」が、私たちの肉体にも実際に大きな影響を与えているのだという研究報告があがりました。

最近の研究によると、私たちの「時間の知覚」が実際に身体の治癒速度を加速させたり遅らせたりすることが示されました。

具体的には、より速く時間が経過したと信じている人々の傷が、実際よりも早く治ることが発見されたのです。

これは、心と体の関係、特に私たちの思考や信念が物理的な健康にどのように影響を及ぼすかを探る興味深い一例です。

確か、漫画「がんばれ元気」で、堀口元気が試合中の出血を何もせずとも自然に止血してしまっていたというシーンがありました。

ところが、これは漫画の話ではありません。

この研究は、33人の参加者を対象に実施されました。

彼らにはカッピング療法を用いて軽度の傷を作り、その治癒過程を観察しました。

研究者たちは参加者に「時間が遅い」「通常」「速い」と感じさせる3つの異なる環境を用意しました。

実際の時間はすべて28分で統一されていましたが、参加者の時間の感じ方を変えることで、その心理状態が身体の治癒にどのように作用するかを観察したのです。

結果は、「速い時間」の条件下で治療を受けた参加者は、「遅い時間」の条件下で治療を受けた人々と比較して、明らかに傷の治癒が早かったのです。

つまり、時間が速く感じられるほど、身体の治癒プロセスが加速することが示されたのでした。

この研究は、心身のつながりを探るものです。

私たちの心理的状態が身体の健康に直接影響を及ぼす可能性があることを強調しています。

昔から言われている「病は気から」や「Fancy may kill or cure.(空想は人を殺しも生かしもする)」という言葉の裏づけがとれた印象です。

そして、ストレス管理やプラセボ効果など、心理的要因が健康に及ぼす影響についての既存の研究を補完するものともなります。

では、私たちはこの情報をどのように活用できるでしょうか?

例えば、ポジティブな心理状態を保つことは、単に気分を良くするだけでなく、身体の健康を促進することを意味します。

また、リラクゼーションや瞑想など、心を穏やかに保つ活動は、時間の経過をより速く感じさせ、結果として健康に良い影響をもたらすかもしれません。

この研究は、私たちが健康を考える際に、身体だけでなく心の健康も同様に重要であることを改めて思い起こさせてくれます。

心と体は切っても切り離せない関係にあり、互いに影響を与え合っています。

したがって、健康的な生活を送るためには、心のケアも忘れずに行うことが大切です。

 

元論文:

Aungle P, Langer E. Physical healing as a function of perceived time [published correction appears in Sci Rep. 2024 Jan 29;14(1):2412]. Sci Rep. 2023;13(1):22432. Published 2023 Dec 17. doi:10.1038/s41598-023-50009-3

 

 

カメが長寿のわけ

 

「鶴は千年、亀は萬年」というように、カメは長寿の象徴として扱われています。

約2億年前、恐竜が地球を歩き、空を支配していた時代に、カメはその姿を現しました。

それは、現代に至るまで続いています。

カメの平均寿命は約100歳とされ、中には190歳を超える個体もいることは、科学界にとって長らくの謎でした。

しかし、最近の研究により、この長寿の秘密が少しずつ明らかになりつつあります。

カメの長寿の一つの鍵は、加齢による死亡率の上昇がほとんど見られないという事実にあります。

人間のように年を取るごとに死亡率が高くなるのが自然な現象とされていますが、カメにおいてはこの法則が当てはまりません。

南デンマーク大学の研究では、52種のカメを調査した結果、約75%の種で加齢による死亡率の上昇がほとんどないことが確認されました。

これは、5歳のカメも50歳のカメも、死亡率がほぼ変わらないことを意味します。

では、なぜカメは老化しないのでしょうか?

カメが変温動物であることが、この謎を解く手がかりの一つです。

外気温に合わせて体温が変化するため、エネルギーを体温維持に使う必要がなく、その分細胞の修復にエネルギーを向けることができます。

また、代謝が低いため、無駄なエネルギー消費を避けることができるのです。

ペンシルベニア州立大学の研究では、熱い地域に住む爬虫類は老化速度が速く、逆に両生類は老化速度が遅いことが示されました。

性的成熟が遅い動物は長寿で、早い動物は短命であるという結果も出ていますが、カメがなぜ他の変温動物よりも長寿なのかは、まだ完全には解明されていません。

カメの長寿には、その生存戦略も関係しています。

硬い甲羅は、外敵からの保護という強力な盾となります。

例えば、キツネに襲われたカメとうさぎでは、うさぎの方が遥かに死亡率が高くなります。

カメはその甲羅によって、捕食者からの脅威を大幅に減らすことができるのです。

このように、カメの長寿の秘密は、その生物学的特性と生存戦略の組み合わせによるものと考えられます。

しかし、これらの発見は、カメの長寿に関する謎をすべて解き明かしたわけではありません。

カメが長寿である理由を完全に理解するためには、さらなる研究が必要です。

カメの生命の秘密は、科学者たちにとってまだまだ多くの謎を秘めています。

そして、私たち人間にとっても、カメから学ぶべきことは多いのかもしれません。

長寿の秘訣を探るこの旅は、まだまだ続きます。

 

元論文:

Reinke BA, Cayuela H, Janzen FJ, et al. Diverse aging rates in ectothermic tetrapods provide insights for the evolution of aging and longevity. Science. 2022;376(6600):1459-1466. doi:10.1126/science.abm0151

 

 

飛んでいる虫が灯りに集まる理由

 

Enbu by Hayami Gyoshu

 

夜の道で、街灯の周りを虫たちが飛び回っているのを見ることがあります。

あらゆる種類の昆虫が夜になると灯りの周りに集まります。

上の絵、速水御舟の「炎舞」に描かれているような、炎に身を焼かれてしまっても、どうしても引き寄せられずにはいられない、必死さというか抗えない本性のようなものを感じて、もの悲しくなります。

しかも、昆虫たちはLEDライトだろうと、人工的な照明にもお構いなしです。

実際、なぜ虫たちはこれらの灯りに引き寄せられるのでしょうか?

この不思議な行動は、昔から、多くの人々の好奇心をかき立ててきました。

中でも「月光航法説」と「光逃避説」が主流でしたが、これらを裏付ける3次元の飛行データはありませんでした。

しかし、最新の研究では、高精度のモーションキャプチャとステレオビデオグラフィーを駆使し、この古い謎に新たな解を提示しています。

研究チームは、昆虫が光源に直接向かって飛ぶのではなく、光源に対して垂直に飛行することを発見しました。

彼らの飛行は、光に背中を向けるという行動から成り立っています。

自然界では、この行動が適切な飛行姿勢と制御を維持するのに役立つのですが、人工光源の近くでは、昆虫を光の周りで無限に旋回させる罠となってしまいます。

この「背中を光に向ける」反応は、昆虫が地球上で飛行する際の基本的な感覚メカニズムです。

彼らは、長い進化の歴史を通じて、最も明るい視覚フィールド、すなわち空を、自分の位置を把握するための信頼できる指標としてきました。

しかし、人工光はこの古い感覚メカニズムを乱し、昆虫を混乱させているのです。

光源の周囲を旋回し続ける昆虫は、まるで永遠に出口を見つけられない迷路に入り込んだようなものだったのです。

さらに驚くべきは、光源が地面近くにある場合、昆虫は自らを逆さまにしてしまうことがあり、これが原因で地面に激突することもあるという事実です。

このような振る舞いは、昆虫たちが自然界で遭遇する光とは全く異なる反応を引き起こし、彼らの生存にとって重大な影響を与えていることを示しています。

この研究は、昆虫が人工光に引き寄せられるメカニズムを解明するだけでなく、昆虫を保護するための新たな手段を模索するきっかけともなります。

世界中で昆虫の数が減少している現状を考えると、人工光による影響は無視できない要因の一つです。

昆虫が光源に罠にかからないようにするためには、まずそのメカニズムを正確に理解することが重要です。

この発見を活かして、昆虫が人工光に惑わされず、夜の世界を自由に飛び回れるような環境を整えることが、今後の大きな課題となるでしょう。

 

元論文:

Fabian ST, Sondhi Y, Allen PE, Theobald JC, Lin HT. Why flying insects gather at artificial light. Nat Commun. 2024 Jan 30;15(1):689. doi: 10.1038/s41467-024-44785-3. PMID: 38291028.

 

「老化」は細胞同士の対話で決まる?

 

ヒトの身体は、一見すると個々の部品が独立して機能しているように見えますが、実際はそれぞれが密接に連携し、情報を共有しながら働いています。

臓器について言えば、脳と腸、心臓と腎臓などの間で互いに作用を及ぼしあいながら病態を形成しています。

「脳腸相関」や「心腎連関」などが代表的ですね。

それが、細胞レベルでも行われています。

特に興味深いのは、体内の細胞どうしが「老化」について相談しあっているということです。

最近の研究で、この内部コミュニケーションの重要な役割を果たしているのが、ミトコンドリアであることが明らかになりました。

ミトコンドリアは、私たちの細胞のエネルギーを生産する工場のようなものです。

しかし、その役割は単にエネルギーを生産することにとどまりません。

最近の研究では、ミトコンドリアが異なる組織間で「会話」を交わし、細胞が受けた損傷を修復するために協力していることが示されています。

この発見は、私たちの体がどのようにして老化プロセスを管理しているかについての理解を深めるものです。

研究者たちは、特に脳内のミトコンドリアが体全体の細胞とどのようにコミュニケーションを取っているかに焦点を当てました。

彼らは、線虫(C.elegans)を使用して研究を行いました。

そして、脳のミトコンドリアが損傷を受けた際に、その修復を助けるために特定のストレス応答を活性化することを発見しました。

この応答は、正常な機能を回復させるために必要な修復酵素を提供します。

このプロセスは脳内だけでなく、線虫の体の他の部位の細胞にも影響を及ぼし、それらの細胞もまた修復応答を活性化させることが観察されました。

この「会話」のメカニズムを解明するために、研究チームはさらに調査を進め、ストレスを受けたミトコンドリアが、Wntと呼ばれるシグナルを使って神経細胞から体の他の細胞へと情報を送っていることを発見しました。

Wntシグナルは、発生初期に体のパターンを設定する際に重要な役割を果たすことが既に知られていましたが、成体でこのシグナルが活性化された場合、どのようにして発生プログラムを回避するのかは謎でした。

この謎を解く鍵は、ミトコンドリアの遺伝子にありました。

研究チームは、生殖細胞のミトコンドリアにのみ発現する特定の遺伝子がWntの発生プロセスを中断することを発見しました。

これは、生殖細胞が神経系と体の他の組織間でWntシグナルを中継する重要な役割を果たしていることを示しています。

この発見は、老化プロセスにおける生殖細胞の役割に新たな光を当てるものです。

生殖細胞が健康である限り、生存に有利なシグナルを送り、宿主生物が繁殖できるようにします。

しかし、生殖細胞の質が低下すると、さらに寿命を延ばす理由はなくなります。

つまり、生命は自己を再生するために存在するという進化の視点から見ると、このプロセスは非常に意味があります。

この研究は、ミトコンドリアがかつて自由生活していた細菌であり、現代の複雑な細胞を形成するために他の原始細胞と力を合わせたことを思い出させます。

そのため、ミトコンドリアがコミュニケーション能力を持っているのは、その自由生活していた細菌の祖先からの遺産かもしれません。

この研究が人間を含むより複雑な生物にも当てはまるかどうかはまだ分かりませんが、私たちの体内で細胞がどのように「会話」して老化を管理しているかを理解することは、将来の健康管理や疾患治療に革命をもたらす可能性があります。

私たちの体内で進行中のこの微細な会話が、いつかはより長く、より健康に生きるための鍵となるかもしれません。

 

元論文:

Shen K, Durieux J, Mena CG, et al. The germline coordinates mitokine signaling. Preprint. bioRxiv. 2023;2023.08.21.554217. Published 2023 Oct 4. doi:10.1101/2023.08.21.554217

 

 

健康リスクと微生物群集(マイクロバイオーム)の研究

 

ヒトの体は約30兆の人間の細胞を持っていますが、それと同時に約39兆の微生物細胞も宿しています。

これらの微生物群集(マイクロバイオーム)は、私たちの健康に不可欠な生態系を形成しています。

最近の研究では、これらの微生物がどのようにして私たちの体内に入り込むのか、そしてどのようにして病気のリスクに影響を与えるのかについて、新たな発見がなされています。

イタリアのトレント大学のゲノミクス研究者たちは、人間の微生物群集(マイクロバイオーム)がどのようにして他の人々から伝播するかについて、これまでで最も包括的な分析を行いました。

彼らの研究は、家族間や同居人間での微生物の広範な共有を示しています。

この発見は、糖尿病やがんなど、通常は感染症とは考えられていない疾患のリスクに微生物がどのように影響を与えるかについて、新たな考え方を提供しています。

微生物群集(マイクロバイオーム)は非常に多様で、一人一人が異なるものを持っています。

しかし、これらの微生物はどのようにして私たちの体内に入り込むのでしょうか?

研究者たちは、微生物が他の人々からどの程度伝播するかを明らかにしました。

例えば、母親から赤ちゃんへの伝播は非常に高く、生後1年間で約50%の共有種が母親から赤ちゃんに伝わります。

さらに、微生物の共有は家族や同居人だけでなく、近隣住民や村の間でも見られます。

これは、微生物群集(マイクロバイオーム)がどのようにして形成され、生涯を通じて再構築されるかについての理解を深めるものです。

この研究は、微生物群集(マイクロバイオーム)が健康や病気にどのように影響を与えるかについても新たな洞察を提供しています。

例えば、特定の大腸菌株ががんのリスクを高める可能性があることや、腸内微生物が肥満や2型糖尿病などの状態に影響を与える可能性が示唆されています。

この研究は、私たちの健康に微生物群集(マイクロバイオーム)がどのように影響を与えるか、そしてそれがどのようにして他の人々から伝播するかについて、新たな視点を提供しています。

微生物群集(マイクロバイオーム)の研究は、私たちの健康を理解し、病気の予防や治療に役立つ重要な鍵を握っているのです。

 

元論文:

Valles-Colomer M, Blanco-Míguez A, Manghi P, Asnicar F, Dubois L, Golzato D, Armanini F, Cumbo F, Huang KD, Manara S, Masetti G, Pinto F, Piperni E, Punčochář M, Ricci L, Zolfo M, Farrant O, Goncalves A, Selma-Royo M, Binetti AG, Becerra JE, Han B, Lusingu J, Amuasi J, Amoroso L, Visconti A, Steves CM, Falchi M, Filosi M, Tett A, Last A, Xu Q, Qin N, Qin H, May J, Eibach D, Corrias MV, Ponzoni M, Pasolli E, Spector TD, Domenici E, Collado MC, Segata N. The person-to-person transmission landscape of the gut and oral microbiomes. Nature. 2023 Feb;614(7946):125-135. doi: 10.1038/s41586-022-05620-1. Epub 2023 Jan 18. PMID: 36653448; PMCID: PMC9892008.

 

 

現実と想像の境界

 

「これは現実か、それともただの空想か?」という問いは、私たちの脳が日々直面する課題です。(哲学的な思考実験ではありません。)

視覚からの情報と想像上のイメージは、脳内で似たような神経活動を引き起こしますが、それらが生み出す主観的な体験は大きく異なります。

例えば、私たちは窓の外を見て、想像上のユニコーンが歩いているのを想像することができます。

しかし、そのユニコーンは現実ではなく、想像上の存在として認識されます。

これは、脳が「現実の閾値」に基づいて画像を評価するためです。

この閾値を超えると、脳はそれを現実とみなし、そうでなければ想像と判断します。

通常、想像された信号は弱いため、このシステムはうまく機能しますが、想像された信号が十分に強ければ、脳はそれを現実として受け入れます。

ロンドン大学カレッジのナディーン・ダイクストラ博士の研究では、1910年の心理学者メアリー・チーヴス・ウェスト・パーキーの実験が再検討されました。

パーキーは、参加者に壁に向かって果物を想像させ、同時にその果物の非常に薄いイメージを壁に投影しました。

参加者は、自分の想像が現実であるとは思わなかったものの、想像が鮮明であると感じました。

これは「パーキー効果」として知られ、想像と現実の知覚が混ざり合うことを示唆しています。

ダイクストラ博士の研究では、参加者が想像したイメージと投影されたイメージが一致した場合、参加者はそのイメージが現実であると考える傾向がありました。

これは、脳が想像と現実の区別をつける際に、イメージの鮮明さを重要な要素としていることを示唆しています。

この研究は、私たちの脳がどのようにして現実と想像を区別しているのか、そしてそのプロセスがどのようにして時に混乱を引き起こす可能性があるのかを示しています。

想像と現実の境界は、私たちが思っているよりもはるかに曖昧で、複雑なものかもしれません。

 

元論文:

Dijkstra N, Fleming SM. Subjective signal strength distinguishes reality from imagination. Nat Commun. 2023 Mar 23;14(1):1627. doi: 10.1038/s41467-023-37322-1. PMID: 36959279; PMCID: PMC10036541.

 

 

呼吸が強化する睡眠中の記憶

 

今日紹介するのは「呼吸が強化する睡眠中の記憶」というテーマについてのお話です。

睡眠は、もちろん身体の休息だけではありません。

脳はこの時間を使って、日中の出来事や学んだことを整理し、記憶として定着させています。

研究者たちは、人間の記憶の再活性化と睡眠時の脳波の関連性を探るために、一風変わった実験を行いました。

まず、被験者20名に暗記の課題をさせて、その後昼寝をさせました。

睡眠中に、被験者の脳波と呼吸を記録しました。

その結果、呼吸が睡眠中の脳波のパターンに影響を及ぼすことが判明しました。

具体的には、吸気のピーク時にゆっくりとした振動とスピンドル(睡眠中の特定の脳波パターン)の相互作用が増加することが観察されました。

また、これらの振動と呼吸のカップリングの強さが、記憶の再活性化の度合いと関連していることも分かりました。

睡眠中の記憶強化プロセスは、単に脳内で起こる現象ではなく、身体の他の機能、特に呼吸と密接に結びついていたというわけです。

今後は、その呼吸と睡眠の関連を利用して、記憶の強化方法が開発されるかも知れませんね。

 

元論文:

Schreiner T, Petzka M, Staudigl T, Staresina BP. Respiration modulates sleep oscillations and memory reactivation in humans. Nat Commun. 2023 Dec 18;14(1):8351. doi: 10.1038/s41467-023-43450-5. PMID: 38110418; PMCID: PMC10728072.

 

 

オンライン会議での道徳的判断は本当にあなたのもの?

 

1950年代、心理学者ソロモン・アッシュは、人々がグループの圧力に屈して間違った意見に同調することを発見しました。

アッシュは、線の長さを推測するというシンプルな実験を行いました。

この実験には俳優が参加し、故意に誤った答えを出しました。

すると、参加者の約三分の一が、この明らかに間違った答えに同調したのです。

これは、グループの圧力が個人の判断に大きな影響を与えることを示しています。

現代においても、この「同調現象」は重要な意味を持ちます。

例えば、オンラインコミュニケーションの増加により、私たちは異なるタイプの相互作用に日々直面しています。

この研究は、モラルに関する意思決定においても、人々が社会的規範に合わせて自分の態度や行動を変えることが示されています。

研究では、ポーランドの120人の参加者を使って、Zoomを通じたオンライン実験を行いました。

参加者は、道徳的ジレンマについて議論するグループに参加しましたが、実はその中の数人は実験のために配置された共謀者だったのです。

これらの共謀者は、あえて非倫理的な意見を述べることで、他の参加者がどのように反応するかを観察しました。

その結果、参加者の半数以上が共謀者の非倫理的な意見に同調する傾向が見られました。

これは、オンラインの環境でも、私たちが社会的な圧力に屈しやすいことを示しています。

対照的に、グループの影響を受けずに意見を述べた参加者は、より独立した判断を下しました。

このように、オンラインでの集団的な意見形成の場では、個々人の道徳観がどのように影響を受けているかを理解することが重要です。

「それは、本当に自分の判断なのか?」

「誰かに影響された倫理観で判断しているのではないか?」

常にそう自問し、オンラインの意見に流されることなく、自分自身の倫理観を持ち続ける必要があります。

この研究は、デジタル時代における社会的圧力の影響を理解し、自分自身の道徳的判断力を養うための一歩になるかも知れません。

デジタル時代における人間の振る舞いを理解すること。

そして、個人としての倫理を保持するために十分に気をつけるべきだと警告しています。

 

元論文:

Paruzel-Czachura M, Wojciechowska D, Bostyn D. Online Moral Conformity: how powerful is a Group of Strangers when influencing an Individual’s Moral Judgments during a video meeting? Curr Psychol. 2023 Jun 1:1-11. doi: 10.1007/s12144-023-04765-0. Epub ahead of print. PMID: 37359603; PMCID: PMC10233534.

 

 

本当に鼻をほじると認知症のリスクが高まるのか?

 

まずは発端となった論文の内容を説明します。

元論文:

Chacko A, Delbaz A, Walkden H, Basu S, Armitage CW, Eindorf T, Trim LK, Miller E, West NP, St John JA, Beagley KW, Ekberg JAK. Chlamydia pneumoniae can infect the central nervous system via the olfactory and trigeminal nerves and contributes to Alzheimer’s disease risk. Sci Rep. 2022 Feb 17;12(1):2759. doi: 10.1038/s41598-022-06749-9. PMID: 35177758; PMCID: PMC8854390.

日本語に訳すると「クラミジア・ニューモニエ菌が嗅覚神経と三叉神経を介して中枢神経系に感染し、アルツハイマー病のリスクとなり得る」というタイトルになります。

クラミジア・ニューモニエ菌は、多くの場合呼吸器感染症の起因菌となります。

しかし、この細菌が中枢神経系、つまり脳に影響を及ぼす可能性があるというものでした。

研究では、マウスを使った実験で、クラミジア・ニューモニエ菌が鼻から脳へと迅速に移動する様子が観察されました。

わずか72時間で、この微生物は嗅覚球や脳に到達し、アルツハイマー病に関連する重要な経路の乱れを引き起こすことが分かったのです。

特に注目すべきは、嗅覚系におけるアミロイドβの蓄積が、クラミジア・ニューモニエ菌の侵入箇所の近くで観察されたことでした。

さて、ここからが本日の本題です。

この後に複数のメディアリリースによって、なぜか「鼻をほじることが認知症のリスクを高める」という論調にすり替わってしまいました。

前述の通り、実際の論文では、鼻をほじることと認知症リスクの関連は一言も触れてもいません。

マウスの鼻にクラミジア・ニューモニエ菌を注入し、その後の脳内の変化を観察しただけです。

この論文を伝えたある記事で、(この論文とは無関係の)ある研究者が言った「鼻の内壁に損傷を与えると、脳に侵入する細菌の数が増加する可能性があります。ですから、鼻をほじるのはやめた方がいいですね。」という言葉が完全に一人歩きしたものでした。

そのあとに、こんな具合の見出しが並びました。

「鼻をほじったり、鼻毛を抜くことでアルツハイマー病のリスクが高まる、と研究が警告」

「鼻をほじると認知症になる可能性はある?オーストラリアの研究より」

この記事は、科学的な研究がメディアでどのように解釈され、報道されるかを示す典型的な例となりました。

研究結果を正確に理解し、その意味を正しく伝えることの重要性が示されています。

マウスでの研究結果が人間にそのまま適用できるとは限らないことも、科学的な慎重さを教えてくれます。

それから、これが一番大切なこと。

メディアでの科学報道の解釈に関して、批判的な視点を持つことの重要性も教えてくれます。