気になってしまったできごと

 

一昨日のこと。

JKの娘とふたり、用があって外出した際、目的地に向かう途中のおもちゃ屋さんの前を歩いていました。

たまたま向こうから小さな子ども連れのファミリーとすれ違いました。

若いご夫婦で、お父さんは小さな子どもを抱っこ、お母さんは幼稚園に通っているぐらいの女の子の手をひいています。

すれ違いざま、聞くとはなしに女の子の声が聞こえてきました。

「ねえ、サンタさんがくれるんじゃないの?」

そのまま会話の声も届かないほどに通り過ぎてしまいましたが、それを耳にした私と私の娘は「え?」と思わず顔を見合わせました。

もしかしてバレちゃってる?

「今、おもちゃ屋さんから出てきたよね?」

「お母さん、なんて返事したんだろう?」

あの年代の子どもにとって、サンタさんはファンタジーそのものの存在です。

理屈を抜きにして、サンタさんを信じていられる子どもの時期を、私たちは大切にしたいのです。

かつて子どもにバレないように、必死のコンビネーションを駆使するのは当然のことでした。

何ならサンタさんからのプレゼントと両親からのプレゼントを、2つ準備するぐらいやっていたと思います。

「お母さん、ちゃんと返事できたかなあ?」

「かわいかったよね。子ども。」

お節介だというのはわかっているのですが、どうしても気になってしまう出来事でした。

 

 

 

 

 

「やればやれるといいたくない」

 

国語教育者の大村はま先生の言葉は、子ども達と真摯に向き合って実感した生きた言葉として胸に響きます。

(ここで紹介している言葉のほとんどは「大村はま記念国語教育の会」のサイトから引用させていただきました。)

例えば、大村はま国語教室の会会報『はまかぜ』より

子どもたちに、安易に、だれでもやれる、やればやれるといいたくない。やってもできないことがある―それも、かなりあることを、ひしと胸にして、やっても、やってもできない悲しみを越えて、なお、やってやって、やまない人にしたいと思う。

この言葉は、大村はま先生とは何者なのか、もっとよく知りたいと思ったきっかけとなりました。

「努力すれば、どんなことでもできる」そういうふうな言い方は、人間や人生の真実が見えていないのだな、と思います。

そのうえで、「やっても、やってもできない悲しみを超えて、なお、やってやって、やまない人」となってもらいたいということなのでしょう。

次の言葉は、教育者としての大村先生の信条が垣間見えるようです。(『大村はま講演集 上』より)

子どもをかわいいと言うのでしたら、子どもが一人で生きていくときに泣くことのないようにしてやりたいと思います。今のうちなら、たとい勉強が苦しくて泣いたってかまわないのですが、いちばん大事なときに泣かないようにしてやりたいと思います。

また、こんな言葉もあります。(「やさしい国語教室」より)

 どんな考えでも、たとい、よい考えと思わなくても、これかなと心に出てきたことは、どんどん書いて、字で書かれた「目に見えるもの」にしていくといいのです。すると頭の中だけで、あれこれ思いくらべていた間とは違って、だんだん、光がさしこんでくるように、いろいろな考えの区別がついてきます。…ふしぎに結論が出てくるものです。

今、大村はま先生の著作を求めて、まとめ読みしたいと思っています。

 

 

 

お笑い

 

私はお笑いが大好きです。

12月の上旬に放送された「THE MANZAI」は年末の恒例で楽しみにしている番組のひとつです。

普段見ないような漫才コンビも出演していて、笑いながらも大いに感心していました。

また、先日放送された「M1グランプリ」ももちろん楽しみにしていました。

どちらも、私はテレビを持ってないのでライブでは見れず、録画してもらったものをゆっくりと見ました。

昨年の「M1グランプリ」は演出が凝りすぎたせいか、演者も観客もガチガチだった感じがしたのですが、今年はトップバッターの「ニューヨーク」の雰囲気が良かったせいか、番組としても娯楽モノとして成功していたように思います。

それにしても、今年のファイナルに出場した漫才コンビはどのコンビも面白かったです。

優勝した「ミルクボーイ」のコーンフレークのネタは、素晴らしいの一言でした。

今年初めてテレビで漫才をやったということでしたから、わからないものです。

「人生が変わる」瞬間だったのでしょうね。

 

 

 

忘れられた「トゥンジー・ジューシー」

 

昨日は25℃を超える夏日でした。

12月に25℃を超えた日が何日あったことでしょう。

しかも、昨日は「冬至」だったのにもかかわらず、でした。

実家では毎年「トゥンジージューシー」を準備してくれるのですが、あまりの暑さに「忘れていた」そうです。

今日、スーパーに並んでいるパック詰めのジューシーを見て、やっと思い出したのだそうです。

確かに季節感を忘れるほど、暑かったですね。

天気図を見ると、太平洋側からの湿った空気が流れ込むような気圧配置になっていて、モアっとした暑さだったのにも納得しました。

最近のように暑さと寒さがめちゃくちゃに混ざってくると、その変化に人は追いついていけません。

特に咽頭や鼻の調子を崩してしまう方が多いですね。

乾燥してるなと思ったら加湿を心がけたり、疲れがたまったなと思ったら早めに寝んだり。

日頃から体調管理を心がけたいものです。

 

 

 

年末年始の休診のお知らせ

 

今年もあと10日を残すのみになりました。

年末の慌ただしい空気感が、否応なく肌に感じます。

さて、以前にもお伝えしましたが、やはり直前になってお問い合わせを受けることも多く、改めて今月の外来診療についてお知らせいたします。

今年は12月30日(月)まで外来診療を行っておりますが、ご注意いただきたいのは、30日は午前のみの診療になっております。

つまり、30日(月)午後から休診となります。

31日(火)から1月3日(金)までは年末・年始の祝日のため休診です。

新年は1月4日(土)より通常の外来診療となります。(土曜日ですので、午前のみの診療です。)

ご迷惑をおかけしますが、ご了承くださいますようお願いいたします。

 

 

 

冬の脱水症

 

私が研修医の時の話です。

 

ある冬の日、20代の男性が救急外来に担ぎ込まれてきました。

 

意識はしっかりしているものの、全身の筋肉の痛みが強く、ほとんど歩けない状態でした。

 

口渇も強く、皮膚も乾燥しており、脱水であることは明らかでした。

 

血液検査では、体内の水分が不足しているため血液が濃縮傾向にあり、腎機能低下がみられていました。肝臓の数値も異常値を示していました。

 

重度の脱水症でした。

 

その男性の普段の体重と比較して約-5Kgほど差がありましたので、その分の水分は急いで補液しました。

 

入院加療は必要でしたが、翌日には腎機能や肝酵素も正常化していました。

 

改めて、その男性に問いました。

 

「なぜ、この時期にあんなに脱水になったのか?」

 

返ってきた男性の答えはこうでした。

 

「2、3日前に風邪をひいた。鼻汁が出て体がだるく、どうも調子が悪い。自分は風邪をひいたら運動して治す主義。今度も早く治したくて、10Km走った。だけど、良くならなかった。運動が足りないと思ったので、次の日20Km走ろうと思った。15Kmぐらい走ったところで、意識がもうろうとしてきて足がツって、道端で動けなくなった。通りがかりの人が連絡してくれて、救急車を呼んでくれた。」

 

「水分は?」

 

「…摂ってなかった。」

 

冬で涼しかったから、咽喉が渇かなかったからかもと言っていました。

 

 

 

なぜ、私が急に研修医時代の大昔の話を思い出したかというと。

 

今日の外来に、ある男性が「最近走っていないから、風邪をひいた」と言って受診してきたからでした。

 

「風邪を走って治す」という主義の人は、意外に多いのかも知れませんね。

 

それはそれで良いのかも知れないですが、くれぐれも水分補給を怠らず、脱水症には十分に気を付けてください。

 

 

 

 

インド神話の大洪水伝説

 

インド神話によると、保持神ヴィシュヌは他の神々と違って、様々な化身の姿で現れます。

クールマ(亀)、ヴァラーハ(野猪)、ナラシンハ(獅子熊)、ヴァーマナ(小人)、そしてマツヤ(魚)など。

 

そして、特にマツヤ(魚)についての伝説が、大変興味深いのです。

ウィキペディアにありましたので、紹介しますね。(原文に手を加えています。)

 

ここから

✳︎

太陽神スーリヤの息子マヌ王が祖先の霊に水を捧げるべく川へ入った。

すると、手の中に角を生やした小さな金色の魚マツヤが飛び込んで来て、大きな魚に食べられないよう守って欲しいと頼んできた。

マヌはその金色の魚を守り、瓶の中に入れて育てた。しかし、マツヤ(魚)はすぐにどんどん大きくなっていった。

成長はとどまることを知らず、その度に、池へ、川へ、そして海へと移されていった。

マツヤは、7日後に大洪水が起こり全ての生き物を流し去ってしまうだろうと予言し警告した。

そして、マヌに船を用意して七人の賢者と全ての種子を乗せるよう言うとマツヤは姿を消した。

マヌは海にも入りきらなくなったマツヤを保持神ヴィシュヌの化身であることに気づいていたため、言われた通りにした。

やがて大洪水が起こり、マツヤは船にヒモを巻きつけてヒマラヤの山頂まで引っ張った。

こうしてマヌは生き残り人類の始祖となり、地上に生命を再生させた。

✳︎

ここまで

 

旧約聖書の「ノアの方舟」、バビロニアの「ギルガメシュ叙事詩」やギリシア神話の「デウカリオンとピュラの方舟」などにみられるインド神話版の大洪水伝説です。

インド神話のマツヤの絵を見ると、人魚みたいな格好をしたマツヤもありますし、巨大魚そのもののマツヤもあります。

沖縄にも大洪水伝説がありますから、かつて大昔に起こった「洪水」の記憶が、伝説となって語り継がれているのでしょう。

大変興味深い伝説だと思います。

 

 

下の図はウィキペディアからです。(どちらも「マヌの船を引くマツヤ」)

 
Matsya Avatar, ca 1870
 

 
The fish avatara of Vishnu saves Manu during the great deluge
 

 

好奇心とわざわい

 

好奇心から禍(わざわい)の種をまいてしまう話は古今東西にいくらでもありますね。

 

例えば、「鶴の恩返し」

娘は美しい布をどうやって織っているのだろうと、男は好奇心に勝てず「機を織っている時は部屋を除いてはいけない」という娘との約束を破って覗いてしまいました。

そこには娘の姿はそこになく、一羽の鶴が自分の羽を抜いて糸の間に織り込み、美しい布を織っていたのでした。

鶴は「正体を見られたので私は去らなければなりません」と言って飛び去っていきました。

…というお話。

 

ほかには、例えばギリシア神話の「パンドラ」

兄プロメテウスからゼウスの贈り物は受け取らないようにと忠告されていた弟エピメテウス。

パンドラが家を訪ねた時、兄プロメテウスは不在でした。

エピメテウスはパンドラを一目見るなり、その美しさに心を奪われてしまいました。そして、妻に迎えます。

パンドラは、神々に壺のふたを決して開けてはならないと言われていましたが、好奇心を抑えることができず、開けてしまいました。

壺から飛び出たものは、あらゆる災いでした。パンドラが慌ててふたを閉めたときには、ただ一つ、「希望」だけが残っていました。

 

それから、「アダムとイブ」

エデンの園に住むアダムとイブに、神は命じます。

「どの果実を食べても良いが、あの善悪を知る木の実だけは食べてはいけない」

ある日、蛇がイブに「食べてごらん。あれは知恵の実だよ」とそそのかしました。

ついにイブは禁断の実を食べてしまいます。アダムもイブからもらい、食べてしまいました。

その途端、2人はお互いが裸であることに気がつき、慌ててイチジクの葉で腰のあたりを隠します。

神は激昂し、アダムとイブを、エデンの園から追放してしまいます。2人は苦難の道を歩むことになりました。

 

 

どのお話も、なんとなくうまくいっているのに、好奇心で禁を破ってしまったことで、すべてがオジャンになってしまったお話です。

「約束は守らんといけんよ」と発信する一方で、どんな時でもどんな結果になってもやっぱり好奇心は抑えられないという人間の心理を物語っているものです。

禍を招いたかも知れませんが、物語としては、その方が面白いですものね。

 

 

ことわざ「三年鳴かず飛ばず」

 

私は「三年鳴かず飛ばず」という言葉を、わりと安易にネガティブな意味でつかっていました。

例えば、「志はあるのに結果が出ない」というような状況の時に、です。

鳴り物入りで入団したスポーツ選手や大きなコンクールで優勝経験のあるアーティストが、プロ・デビューした後、数年経っても結果が出なかった時は「う~ん。鳴かず飛ばずだね」などと言っていました。

自分に向けた時は自嘲的に、人に向ける時は残念な思いを込めることが多い言葉です。

しかし、この言葉はもとはポジティブな意味合いだったのですね。

少し長いですが、「鳴かず飛ばず」の元になった逸話がウィキペディアにありましたので転載します。(短くするために手を加えています。)

楚の国王、荘王についてのエピソードです。

✳︎

ここから

荘王は父の死により即位した後、まだ若い王であったため、王位を狙う者が首謀者となり謀反が起こった。

荘王は拘束され、北方へ連れ出されたが、謀反は失敗に終わり、荘王は解放されて首都にもどった、ということがあった。

それ以降、荘王は全く政治を見ず、日夜宴席を張り、諫言する者は全て誅殺すると宣言した。

家臣達は呆れ返ったものの諫言も出来ずに見守っていた。

3年目に伍挙が「謎かけをしたいと思います。ある鳥が3年の間、全く飛ばず、全く鳴きませんでした。この鳥の名は何と言うのでしょうか?」と言った。

荘王は「その鳥は一旦飛び立てば天まで届き、一旦鳴けば、人を驚かせるだろう。お前の言いたい事は解っている。下がれ」と言った。

その後も淫蕩に耽ったが、蘇従が死を恐れずに諌めてきた。

荘王は気だるげに「諫言すれば死罪というのは知っているな」と問うたが、蘇従は「我が君の目を覚まさせることができるならば、本望です」と答えた。

これを期に荘王はそれまでの馬鹿のふりを解いた。

荘王は伍挙と蘇従を重用し、国政を取らせた。

民衆の人気は一気に高まり、国力も大きく増大し、楚は周辺諸国を脅かす存在となった。

荘王は3年間、愚かな振りをする事で家臣の人物を見定めていたのである。

ここまで

✳︎

「三年鳴かず飛ばず」の本来の意味は「三年の間、雌伏している人がいるが、その人がいざ飛び立つときには大きく飛翔していく」というものです。

恥ずかしながら、私は先日初めて知りました。

その時、どこかで同じようなことを聞いたなあという気がしていたのですが、思い出しました。

ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授の言葉です。

「高く飛ぶためには思いっきり低くかがむ必要があるのです」

この言葉は、今逆境にあると感じている人々に、忍耐する勇気と励ましを与えてくれますね。

 

 

 

 

 

数字の遊び・再び

 

2019年12月も半分を過ぎてしまいました。残りあと2週間とちょっとで新しい年を迎えることになります。

世の中を見渡せば、否応なく師走の雰囲気があちこちに溢れていますし、外来では忘年会疲れを訴える方も多くなってきました。

「2019年と言えば…」とふと思い出したのが、私が6年前にブログに投稿した記事です。

当時、ネットで見つけた数字にまつわる話題を書いたものです。

 

こちら → 数字の遊び

 

2013年は1987年以来となる「4桁全部の数字が重ならない」年のスタートの年でした。

つまり、こういうことです。

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1986年  1・9・8・6の数字が重ならずバラバラ

1987年  1・9・8・7で同上

1988年  8が2つ

1989年  9が2つ

1990年代 9が2つ以上

2000年代 0が2つ以上

2010年  0が2つ

2011年  1が2つ

2012年  2が2つ

2013年  2・0・1・3の数字が重ならずバラバラ

2014年  2・0・1・4の数字が同上

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2019年  2・0・1・9の数字が重ならずバラバラ

2020年代 2が2つ以上

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2031年  2・0・3・1の数字が重ならずバラバラ

 

つまり、2031年まで、このパターンはおとずれてこないということです。

「だから?」と言われればそれまでなのですが、数字好きの私には遊びの要素満載なのです。