かなわない

 

誰にとっても親というのは、本人でさえ忘れていた、幼い頃の「出来事」や「発言」をかなり細かく覚えていたりするものですね。

本人が忘れていたというのは、半分違っていて、「忘れたかった」の方があっているかもしれません。

わかりやすく言えば、幼い頃にしでかしてしまった、恥ずかしい失敗のことです。

それをふいに人前で披露したりします。(なんの打ち合わせもなく!唐突に!)

親としては、もう時効だろうと思っての暴露なんでしょうが、当の本人にしてみれば、それを自分のお墓の中までひっそりと持っていくぐらいに思っていますから、かなり恥ずかしい。

観衆の反応が良く、お話が盛り上がったとみるや、次から次へとほかの失敗談も披露しますから、降参するしかありません。

そんな私をみて、とても嬉しそうな笑顔を向けてきます。

これも親孝行になるのかなあ、喜んでくれるのならと、トホホです(笑)。

 

 

 

「音楽教室に行こう」という本

 

昨日は、夕方の早い時間に体が空いたので、ぶらりとジュンク堂書店に寄ってみました。

 

最近はもっぱら「文芸」「芸術」「実用」の書棚のある地下1階に直行するようになっています。

 

「実用」にはランニング関係の本が並んでいますし、「芸術」には絵画や落語関係の書籍などもあって楽しいのです。

 

足取りも軽くエスカレーターから降り立ったら、すぐそこに平積みの本が目立つテーブルがありました。

 

レイアウトを察するに、店員さんがイベント的に用意した台のようです。

 

こちら側には、ギターや管楽器のミニチュアのフィギュアがありました。

 

その並びに、あちら側に並んでいたのが、印象的な表紙の、この本です。

 

 

 人生100年時代“最強の習い事” そうだ! 音楽教室に行こう 大内孝夫著

 

 

かつて、私は金哲彦さんの「ウォーキングから始める 50歳からのフルマラソン」という本に出会ってランニングを始めたという経験を持った人間です。

 

この本にも、それと似たようなオーラを感じたのかも知れません。

 

なぜかとても気になって、しずしずと手に取って、そのまま購入してしまいました(笑)。

 

 

内容紹介には、こんなふうにあります。

 

(ここから)

人生100年時代――音楽教室通いは、健康にも、脳にも、ビジネスにも役立つ“最強の習い事”だ!

独自の進化をとげ「音楽教室3.0」時代を迎えた日本では、老若男女、音楽を習う目的も習い方も人それぞれ。「働き方改革」による余暇利用のビジネスマンや子育てが一段落ついた主婦はもちろん、ボケ防止、婚活、コンクールや音大進学狙いまで、目的は多種多様。月1通いもいれば週8回通いも。40、50代なんて当たり前、70代後半で歌とピアノを習い始めた男性、80代の女性ドラマー、90代のソプラノまでいる!

人それぞれの目的、習い方、思わぬ効果や当世音楽教室事情をまとめるとともに、初心者向けには教室の選び方も解説。

本邦初! 大人のための音楽教室ガイド登場。

(ここまで)

 

音楽がアンチエイジングに良いというのは、よくわかります。

 

この本を読んで、さらに影響を受けそうな予感(笑)。

 

 

メンタルを強くすること

 

「メンタルが強い」というのは、具体的にはどんなことを言うのだろうと以前から考えていました。

傍から見ても窮地に陥っている状況なのに、冷静沈着で、リラックスしていて、それでいてベストを尽くせること?

つまり、その人を取り巻く環境はキビシイけれど、その人は自信とエネルギーに満ちていて、余計な心配を口にしないこと?

緊張しやすい人は「メンタルが強い」とは言わないですね。

うろたえたり、慌てている人も「強い」という感じではありません。

けれども、だからといって、我が強い人や自信過剰な人は、全員が「メンタルが強い」という印象もありません。

そういう人たちを見ていると、自慢したり我を押し通そうとしている姿に、哀れでかわいそうに見えることがあります。

私が考える「メンタルが強い」と言うのは、強く大きな愛情で包まれたことのある人が、その力を発揮するのではないかと思い当たりました。

かつて無条件の愛情を受け、自分も自分に対して愛情を注げる人。

ピンチに陥った時に、自分に愛情を注いでくれた、自分以外の近しい人の顔を思い起こすことができる人。

それは家族かも知れませんし、親友かも知れません。それこそ、愛犬や愛猫かも知れません。

無条件に信じてもらえている、とにかく信じている、ということが、メンタルを強くするということなんだろうと思います。

 

 

 

「の」の字の哲学

 

「の」の字の哲学というものがあるということを、初めて知りました。

渡辺和子さんの著書「幸せはあなたの心が決める」の「人間関係の秘訣」の章にあったものです。

 

こんな紹介でした。

「たとえば、夫が会社から戻ってきて、『ああ今日は疲れた』と言った時に、知らん顔して、その言葉を聞き流したり、『私だって、一日結構忙しかったのよ』と自己主張したのでは、二人の間はうまくゆきません。

 その時に、『ああそう、疲れた』と、相手の気持ちをそのまま受け入れてあげることがたいせつなのです。」

 

私も、それと似たような経験を聞いたことがあります。

悩みを相談されたと思って、自分なりに知恵を絞って解決策を披露したら、「そんなことを聞きたいんじゃない!」と不機嫌な顔をされたとか。

その反対に、外来で、かなり重くつらい経験をされた患者さんに対して、かける言葉も思いつかなくて、ただただうなずいて聞くことしかできなかった時に、「先生、話を聞いてくれてありがとう」と感謝されたり。

なんの糸口も提言できなかったのにもかかわらず。

 

温かい心で共感すること。

それが「の」の字の哲学なのですね。

 

 

 

 

そこにあることを楽しむ

 

漫画家の弘兼憲史さんがこんなことをおっしゃっていました。

 

「楽しいことを探すから見つからない。そこにあることを楽しむ。この逆転の発想が、人生のコツ。」

 

楽しく生きよう!という呼びかけに、「楽しいことがないのに」と反論してくる方たちへのメッセージですね。

 

楽しいことがないから楽しめない、ではなくて、そこにあること、することを楽しみましょうということです。

 

確かに、私の周りにはいつもニコニコしていて楽しそうにしている人が何人もいます。

 

もちろん生活するということは、いろいろと面倒くさいこともあるでしょうし、つらいことや難儀なこともあるのが普通です。

 

生活そのものを暗一色で塗りつぶさずに、生活すること自体を楽しんでいます。

 

そういう人たちの特徴は、とにかく笑っています。

 

だから、私もそういう人たちとお話をするのが、大好きなのです。

 

 

 

 

望めば身近であること

 

高校生、大学生の時に、ちょっと背伸びをして聞きかじっていたジャズに、最近再びはまっています。

「Kam’s House」「PINO’S PLACE」「寓話」など、那覇のいくつかのライブハウスに顔をのぞかせては(本人なりに)かっこつけて聞くのが好きでした。

学生の身分ですから常連さんになりようもなく、学業の合間に癒やしを求めて聴きに行く程度です。

もちろん、玄人が好むようなジャズの聞き方など知りようもなく、「かっこいい」と思う感性だけを頼りに聞いていました。

今の世の中がすごいのは、Apple MusicやAmazonのPrime Musicなど、月々の料金を支払えば(リストにあれば)聴き放題できるプランが存在することですね。

例えば、昔は「ジョン・スコフィールドのギターが聴きたい」と思っても、レコード店に行くか、(したことはありませんが)ジャズを流しているラジオにリクエストするしかなかったのですが、今はネットにつないで検索すれば、その場で聴くことができます。

さらにはYouTubeで、演奏している姿を動画で見ることもできます。

私などが言うのもおこがましいのですが、これはとても画期的なことですね。

音楽の世界に限らず、一流の人の実演を身近に見たり聞いたりすることができるというのは、言葉にできないほど幸福なことです。

そういう過渡期の時代に、生まれてきてよかったと思います。

望んでも手に入らなかった時代と、望めば身近にすることができる時代を、両方経験することができたのは、幸運です。

 

 

 

 

第1回いとまん平和トリムマラソン

 

今日は「第1回いとまん平和トリムマラソン」に参加してきました。

ゲスト・スターターは具志堅用高さんで、参加者から大きな拍手で歓迎されていました。

具志堅さんの人柄なのでしょうね。スタート前に設置された仮設ステージに登壇しただけで、その場の雰囲気が明るくなりました。

「選手のみなさん、今日は素晴らしい天気です!全員が、ゴールを、完走をすることを願っています。糸満を楽しんでいただきたいと思います!

私は、もちろん!(間を開けて)走りません!(笑いがおこる)

皆さんの応援にまわります。ゴールで待ってます!頑張ってください!」

具志堅さんがおっしゃった通りに、良すぎるぐらいの天気で、熱中症が心配なほどだったのですが、給水所のみなさんも適切に対応してくれて、助かりました。

それはそうですね。第1回ということですが、30回続いた「なんぶトリムマラソン」が前身ですから、競技運営のノウハウは手慣れたものです。

緑豊かで、糸満らしく起伏に富んだコースで、十分に楽しめました。

練習ができない状態でしたから、おそらく明日には筋肉痛が待っているのだと覚悟しています(笑)。

 

 

 

DNS or S ?

 

走る前から言い訳っていうのもなんとも格好悪いのですが、まったく準備をしないで参加するのは初めてのことです。

 

明日開催される「第1回いとまん平和トリムマラソン」。

 

「第1回」ということもあって、きっと記念になるからと3月の多忙さを半分無視して「とりあえず…」と申し込んでおいたものでした。

 

実は昨日の夕方まで参加をとりやめる、「DNS(Do Not Start)」しようと思っていたのですが、大会を楽しむつもりで参加するのもありかもなあと考え直したものです。

 

昨日と今日の外来でも、「日曜日のマラソンに出る」と報告してくる患者さんが何人かいて、そういうことも背中を押してくれる要因になりました。

 

 

トリムマラソンですから制限時間などもゆるいのだろうと思っていましたが、尚巴志(3時間15分)やあやはし(2時間50分)とあまり変わらない3時間でした。

 

なんとか制限時間にひっかからないように、無理せずに楽しく走ってきたいと思います。

 

 

趣味を持ちたい

 

左足の小指をケガしたというのを言い訳にして、実は「月間100Kmラン」が、先の1月で途絶えてしまっていました。

 

2年前の2017年10月から、NAHAマラソンに参加しようと思って始めたジョギングだったのですが、いつしか「1か月に100Kmを走破する!」というのが私の密かな目標になっていて、達成することでささやかな喜びを感じていたのでした。

 

連続記録は途絶えてしまいましたが、16か月間は続けたことになります。

 

ふくらはぎを傷めた時も、痛くないフォームを模索しながら、スロージョギングで距離をかせいで、なんとか記録を更新させていました。

 

大きな筋肉などの痛みは、骨盤や大転子を意識したり、体幹の動きをチェックすることで走ることができたのですが、小指はダメでした。

 

例えて言うなら、シューズの中に小石が入ったら気になってまともに走れなくなる…。

 

あれと同じ感覚?

 

いや、それよりも、いい歳をしたおとなの男性が、ほんの足の親指だけの痛風で、一歩も動けなくなる…。(経験したことがある方はわかりますよね?)

 

そう、この例えの方がぴったりですね。

 

親指と小指の違いはありますが、痛みをかばってぴょこんぴょこんとバランスの悪い走りになってしまって、まったくダメでした。

 

「これは天が私に休めと言っているに違いない」

 

そう勝手にポジティブ解釈して、記録をあきらめることにしました。

 

それと同時に、走ること以外の趣味を見つけなきゃと思いました。

 

これから10年、20年と続けられる趣味のことです。

 

シシィの父親マックスが「人生は短すぎて退屈しているひまなどない」と言ったように、趣味の源泉は好奇心だと思います。

 

どんな時でも、好奇心を持った大人であるために。

 

 

 

沖縄県のインフルエンザ流行状況(2019年第10週)

 

先週、ようやく沖縄県全体の「インフルエンザ警報」の解除の発表がされました。

ただし、那覇市と南部保健所管内では解除レベルに達していませんでしたので、地域によっては引き続き警報が発令中でした。

今週、3月13日付の「インフルエンザ流行状況」では、定点あたりの報告数がさらに減少している状況です。

 

 

そして、これは良い知らせですね。沖縄県の全保健所管内で警報解除レベルに達し、すべての地域で警報が解除されています。

 

 

事実、外来で発熱患者さんたちにインフルエンザ抗原検査を行っても、今週はほとんど陰性になることが多いです。

インフルエンザよりも、むしろ胃腸炎症状をひきおこすウイルス性感染症が流行している印象です。

「こまめに手洗い」は、どんなときでも基本になってきます。

声をかけあって、手洗いをしていきましょう。