沈まないように

 

 

数々の筋肉名言で有名な Testosterone さんが小中学生向けに書いた書籍です。(確かに漢字にルビがふってあります)

Twitterで多くの人々を勇気づけてきたTestosterone さんのこと、相手が誰であっても少しもブレない姿勢が流石です。

例えば、「人の言葉にいちいち傷つく必要なんてない」の章では、喩えが秀逸だと思いました。

 

「船は水の上に浮かぶけど、水が中に入ってくると船はしずんじゃうよね? 人からの悪い評価も同じ。心の中に入れなければキミはしずまない。逆に、心の中に入れてしまえばキミはしずむ。海で水をさけるのが不可能なように、生きていれば他人から悪い評価を受けることはさけられないから、心の中に入れないことを学んだほうがよさそうだね。他人からの悪い評価なんて参考程度に聞いておけばいい。自分の評価は自分自身でするもんだ。」

 

全くその通りだと思います。

私も若い頃は「心の中に入れないこと」が、だいぶ難しかったです。自分の一部分しか知らない周りの評価に一喜一憂することをしなくなったのは、最近のことではないでしょうか。

自分を守ることを真面目に考え始めたのは、同僚や後輩たちが不幸な体験を共有してくれたからでした。

それでよくわかったのは、沈まない船はないということ。どんな立派で頑丈な船も、中に水が入れば沈みます。

中に水を入れないことを学ぶのは、特に若い人たちにとって大事なことです。

 

「パーキンソンの法則」

 

 

医療者が早押しクイズに参加したとして、きっと真っ先にフライングするか間違えそうな問題がこれですね。

「パーキンソンの法則とはどんな法則でしょう?」

同じ名前の病気があって、医療者にはその方が耳に馴染みがあるからなのですが、どうなのでしょう?一般的には、どちらの方が認知されているものなのでしょうか?

私はこの本を読むまで、実はこの法則を知りませんでした。もしかしたら、前に目にしたことはあっても、すっかり忘れていました。

パーキンソンの法則は第1から第8まであって、一般的に知られているのは第2と第3法則のようです。

例えば、Wikipediaなどでは、このように紹介されています。

「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」

「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」

この本では、それぞれこんな表現を使っています。

「ある資源に対する需要は、その資源が入手可能な供給量まで拡大する」(パーキンソンの第2法則)

「支出額は収入に見合うまで増加する」(パーキンソンの第3法則)

締め切りまでたっぷりと時間があったのにも関わらず、結局ギリギリまでかかってしまったというのはよく経験することです。また、どんな大容量の冷蔵庫を用意したとしてもすぐに中身が満杯になってしまうとか、ハードディスクやクラウドの空き容量もそうですね。

貯金しようと思ってもなかなかうまくいかないというのも、残念ですがこの法則通りと言えます。

この本の「はじめに」に著者が述べていますが、ここで取り上げられている「法則」は「経験則」です。

「日常誰でも体験するような、人生の矛盾や失敗に関するものがもとになっており、完璧でない人間、つまり失敗を重ねる人間の行動を対象としているだけに、極めて現実的で、しかもユーモラスである。また、普段は気づかないような、行動や現象の裏に隠された事実や原因を暴き、人生の機微に触れるものが多いので、人々は共感を覚え、そこから多くの教訓が得られるのだ。」

まさしくその通りですね。これらの「法則」から教訓を得て、なんとか法則を跳ね飛ばしてみたいものです。

 

「言われた通りにする」発言

 

ビートルズファンにとって、1月と言えば、長い間トラウマの月でした。

1969年1月2日。殺風景で薄暗いトゥイッケナム・スタジオの中。そこに靴の音がコツコツと近づいてきます。ビートルズのロードマネージャーであるマルが登場するオープニング・シーン。彼が持っているのは、お馴染みの「THE BEATLES」のロゴ入りのバスドラム。カメラはその文字をアップ。そしてジョンの「Don’t Let Me Down !」という歌声。

映画「LET IT BE」の印象は、この陰鬱なシーンに集約されています。この映画の尺は約90分。彼らを語るにはあまりにも短い映画でした。

同じ題材でありながら、2021年11月公開の映画『ザ・ビートルズ:Get Back』は明るくエキサイティングで、「LET IT BE」のネガティブな印象を払拭するものでした。

そうは言っても『ザ・ビートルズ:Get Back』のオープニング・シーンは実は「LET IT BE」とほとんど同じです。

第1日目~第7日目までを取り上げた Part 1は、観る者に「LET IT BE」の不協和音を想起させるものでした。

そして、1969年の今日。1月6日は、ジョージとポールが口論する、あの有名なシーンがあった日です。映画「LET IT BE」でも使用された、ジョージのポールに対する「言われた通りにする」発言です。

ここで、改めて二人の会話を取り上げてみますね。(もちろん「Get Back」からです)

 

 

ポール:わかった、聞いて。ぼくが言いたいのはそういうことじゃないんだ。なのにまた、そう言ってるような流れにしようとしてる。それにこないだも話しただろ…ぼくはきみをやっつけたいんじゃない。ただ、「なあ、みんな、ぼくら、バンドで、ほら…こんなふうにやってみないか?」と言いたいだけなんだ。

ジョージ:不思議なのはこうなるのがいつも、ぼくらが…えっと…。

ポール:わかってる。これだろ。「ヘイ・ジュードは全編にギターを入れるべきだろうか?」「いや、その必要はないと思う」

ジョージ:ああ、わかった。もういいよ。ぼくはそっちのお望みどおりにプレイするし、もし弾いてほしくないと言うんならなにも弾かない。とにかく、なんでもそっちのお好みどおりにする。ただしさっきのは、そっちにもちゃんとわかってるとは思えない。

ポール:うん、まだそんな感じじゃない…今はまだりハーサルだし、TVの番組用にまとめようとしてるところだから、正直…きみが言ったように、通しでやったのはまだ4曲だけだし。

ジョージ:うーん、じゃあ…。

ポール:だったらどの曲も2、30回やって、全部覚えこむようにした方がいいのかもしれない。

 

 

前後の会話やそこに至る経緯がわかると、あまり衝撃的ではありませんでした。

言葉というものは切り取り方で、全く印象が変わってくるものです。(これはネットニュースなどで経験することです。)

それはともかく、1969年の1月にGet Backセッションが行われていたと思うと感慨深いものがあります。

伝説のルーフトップ・コンサートは1月30日。

この1ヶ月間は1969年当時を思い浮かべながら、伝説を振り返る楽しみがあります。

 

 

「よかった探し」と「感謝メガネ」

 

1986年の放送ですから、すでに私が成人した後に制作されたアニメだったのですね。(なんとなく記憶違いをしていました。)

毎週日曜午後7時半から放送の「ハウス世界名作劇場」『愛少女ポリアンナ物語』のことです。

主人公のポリアンナが貧しさや不幸に負けずにがんばっていくという物語で、どれだけ苦しい状況でも、牧師である父親の遺言の「よかった探し」をする少女ポリアンナが印象的なアニメでした。

ただし、この「よかった探し」は、物事の良い面だけを見ることにもなりかねず、負の側面から目をそらして現実逃避に陥る、いわゆる「ポリアンナ症候群」という言葉も生み出してしまいました。

「そんなことより、生きているだけで幸せです。」というのは、ポジティブ思考でもなんでもなく、ただの現実逃避です。結局、目の前の問題は解決されずに放置されたままです。

同じポジティブ思考でも、「感謝メガネ」はいかがでしょうか。「よかった探し」ではなく、「感謝できることを見つける」ものです。

良いポジティブ思考は、未来志向だと言います。厳しい現実にあって、一筋の希望の光を見出していくものです。

「少しずつ頑張っていけば、自分は成長しているはず。前進できることに感謝だ。」

「感謝メガネ」は、同じポジティブ思考でも、似て非なるものです。

先日紹介した野沢直子さんの「老いてきたけど、まぁ~いっか。」にこんな一節がありました。とても素敵な文章だと思いました。

「(略)何かにやたら感謝して、むやみにありがとうありがとうと言いたくなり、夕日がきれいだと「今日もありがとう」と一人でつぶやいてみるというおかしな感情も生まれた。いや、ありがとう、と言ったところで何に対しての『ありがとう』なんだか自分でもわかってないのだけれど、とにかく言ってみたくなるのだ。 『感謝、感謝』とかやたらと言う人なんて、何かの新興宗教にでもハマっている人っぽくて胡散臭いと思っていたのに、何故かそんなことを言ってみたくなる境地に達している。」

感謝メガネをかけて生活している人は、きっと幸せ度が高いと思うのです。

 

 

「余白」

 

昔は一般的に白か黒か、有りか無しかの判断をしたがっていたように思います。

ところが最近は世の中全体が、白と黒の間にはグレーがある。しかもそのグレーには薄いのや濃いのとが混じってグラデーションがかかっているという認識を持つようになってきました。

子どもが見ているマンガやアニメだって、ヴィランがなぜそうなってしまったのかの深掘りシーンが必ず入ってきますし、キャラの多面性を描かなければファンは見向きもしません。

同時に、ストーリーとしても勧善懲悪のドラマは毛嫌いされ、正義を振りかざすことの危うさもかなり浸透してきています。

ところが、社会全体が多様性を認めようとしている流れの中にあっても、個人のレベルではまだ「全か無か思考(二分割思考)」で固まってしまっている人が多い気がします。

例えば、「晴れた日は好き、雨の日は嫌い」という気持ち。「笑っている人は好き、怒っている人は嫌い」でもいいです。どちらも「好き嫌い」の2つの側面で切り離して考えてしまっています。

ネイティブアメリカンにこんな言葉があります。「自然を愛することは、晴れの日も曇りの日も嵐の日も愛するということだ」

全か無かではなく、曖昧さを受け入れると結構生きやすくなります。

成功に反省点があり、失敗にも学ぶべき点があるというやつです。

選択肢はないと思っているところに、実はまだ残っているんですよね。

それを「余白」と呼ぶ人もいます。

 

 

駅伝シーズン

 

年末年始は駅伝シーズンなので、実況中継をつけようものなら画面から目が離せなくなって困るほどです。

11月末の全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ女子駅伝)」から始まり、12月には全国高校駅伝、元旦の「全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)」、そして1月2日、3日の箱根駅伝が続きます。(少し遅れて1月中旬には「都道府県対抗駅伝(天皇杯)」があります。)

最近は嬉しいことにネット配信が充実していて、テレビがそばになくてもスマホやタブレットでLIVEで見ることができるようになりました。

LIVEでなくてもクイーンズ女子駅伝やニューイヤー駅伝は、YouTubeにフル(スタートからゴールまで!ノーカット!)でアーカイブされていますから、ファンにとっては有難い時代になりました。

私も事務作業をしながら、ついパソコンでサイトを覗いてしまって、仕事にならなくなります。(いや自分が悪いのですが。)

ランナーの姿を映しているだけなのに、どうして見入ってしまうのでしょうね。

マラソンなら2時間あまり、駅伝なら下手をすると5時間あまりをずっと見ていられるのが不思議です。

選手たちがその大会に向けてトレーニングに励み、懸命に走る姿を見るのが好きです。応援したくなります。

そうか。応援しているんですね。

ドラマや映画を見る時間と違って、ずっと応援している時間だから見入ってしまうのでしょう。

今日は第99回箱根駅伝復路です。

事務仕事も残ってますが、後で頑張るからいいかななんて思っています(笑)

 

 

「二日」

 

新年になったので、さっそく歳時記の新年版を手に取ってみました。

私が持っている角川書店編「俳句歳時記第五版 新年」の「時候」の項には、最初に新年、初春と見出しがあり、続いて元日、元朝、三が日となって、二日からは三日、四日、五日、六日、七日までずらっと並びます。

言い換えれば、ただ「二日」と言えば「一月二日」のことで、新年の季語なのですね。(毎回勉強になります。)

ちなみに、こんな説明です。

 

「昔からこの日に何かを始めるのが吉であるとされていて、初荷・初湯・掃初・書初などが行われた。」

「元日は家族で過ごす厳かな趣が強いが、二日は活動的で活気がある。」

 

また「二日」の別称を「狗日(くじつ)」というのだそうです。「狗」は犬のこと。普通は「天狗」という単語でようやく目にする漢字かも知れませんね。

「二日」の前後をみると、元日が鶏日(けいじつ)、三日が猪日(ちょじつ)、四日は羊日(ようじつ)、五日は牛日(ぎゅうじつ)、六日は馬日(ばじつ)、七日は人日(じんじつ)という別名がついています。

古来、中国では、一日から六日までのそれぞれの日に、これらの動物をあてはめて占いを行う風習があったのだそうです。(それぞれの日には、その該当する動物を殺さないようにしたそうです。)

そして七日目を人の日、人を大切にする日として七草がゆを食べて祝う風習となったのだそうな。

 

さて、(曜日の関係で今年はたまたまですが)クリニックは今日二日が勤め初めでした。

今日始めるのは、吉とのこと。

ラッキーは素直に受けとめることにします。

今年1年も安心・安全を第一に、取り組んでいきます。

 

 

元日の朝に

 

今年は元旦が日曜日なので、ゆっくりとした朝を迎えました。

久しぶりの寝正月を決め込んでいたので、腰が痛くなるまで布団の中にいました。

昨夜は恒例の「紅白歌合戦」を楽しく見ました。私の胸に響いたのが「桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎」の「時代遅れのRock’n’Roll Band」です。

60年代ロックに強く影響を受けた世代ですから、同級生が集まれば、社会に対するメッセージが織り込まれるのは当然のことなのでしょう。

例えば、こんなフレーズが続きます。

 

「我々が居なくなったってこの世の日常は何ひとつ変わりはしないだろう」

「そんなちっぽけな者同士 お互いのイイとこ持ち寄って」

「子供の命を全力で大人が守ること それが自由という名の誇りさ」

「No More No War 悲しみの 黒い雲が地球を覆うけど」

 

最後に「ダサいRock’n’Roll Band」と自嘲するかつてのロックキッズたちが、あえてゆったりとしたメロディーに乗せて、今の社会にメッセージを発する姿が、抜群に格好いいと思いました。

沖縄風に言うならば「シージャー、チビラーサン!」です。

 

大みそかの日に。ブログ10周年を迎えて

 

今日は大みそか。2022年も暮れようとしています。

今年を振り返るために、ほぼ日手帳をめくってみました。5月中旬までは毎日びっしり埋まっているのですが、6月からは割とスカスカに余白が目立っていました。

とにかく今年もCOVID-19に振り回された1年でした。どれだけ感染対策をしようとも拡大していく感染者数に、先が見えない苛立ちを感じ、時には虚しさに包まれました。

COVID-19は人々をいろいろな形で分断していきました。医療の現場でもそれは痛切に感じることになりました。できるだけその空気に飲まれないように、自分を保つのに大切な年でした。

 

クリニックとしては、11月に10周年を迎えました。

こんなご時世だからこそ、余計に感謝の気持ちが素直にあふれてきました。10年経ったからこそ見えてきた周囲の方々の支えがありました。

10周年は、本当に「おかげさま」の賜物だと思います。ありがとうございます。

 

そして、個人的には今日の投稿でブログ10周年になります。

2012年12月31日からスタートした「院長ブログ」は、毎日更新して今日で10年です。

10年といえば、「ほぼ日刊イトイ新聞」の10周年を迎えてのごあいさつ「また10年後の自分に、感謝されたい」をずっと前に目にしていて、あんな内容のことを書いてみたいものだと憧れていたものでした。(その「ほぼ日」は今や来年25周年を迎えます)

先ほど読み返してみて、うんうんそうだと、激しく同意していました。例えばこんな箇所です。

「そして10年の一区切りがつきそうなところで、あらためて思ったのです。ぼくらは、10年後にどうしているだろう?」

「これからの10年というのは、これまでの10年とちがって、もうちょっと、生きるための運を必要とする年月になるかもしれません。だけど、そこまでは行けるような気がしているので、余計なことは考えずに、また10年、行こうと思っています。ご迷惑かもしれませんが、許してください」

今年もありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

 

「老いてきたけど、まぁ~いっか。」

 

 

野沢直子さんは、私と同じ世代です。(2歳違うだけなので、ほとんどタメと言ってもいいでしょう)

私には、コント番組「夢で逢えたら」に出演していた時の、奇抜、素っ頓狂、破天荒のイメージがそのまま残っていますから、この本のタイトルはちょっと意外でした。

エリック・クラプトンやポール・マッカートニーのように、往年のギターヒーローやロックスター達が、80歳近くになっても世界中でライブツアーをしている姿と、勝手に重なるイメージがあったのです。

本文中の「私、年を取るのが楽しみで仕方ないんです」とか「この変化を楽しんでいます」などと発言する側の人だと思っていました。

けれども、実際は「じじいばばあになっていくことのどこが楽しみなんだよ、とまず思い」、意地悪く「楽しみで仕方がない」と発言する人に限って焦っているに違いないと思い込もうとしている人なのでした。

野沢直子さんだからこそ表現できる、今自分が感じている「老い」を赤裸々に語りながら、同世代に「それでもよく生きようよ」と呼びかけている本です。

本の最初の章に、こんな箇所があります。

 

人生の最終章は、楽しく過ごしたい。今は迫りくる『老い』にジタバタしているけれど、どうせならゆくゆくは終始微笑んでいるような柔和な顔をしているばばあになりたい。最終章を楽しく生きることによって、いい人生だったと思いながら死んでいきたい。それにはどうしたらいいのか。同世代の皆さんと一緒に考えてみたくて、この本を書き始めた次第である。

 

50代あるあるに笑い、しかし真面目に人生の後半戦へ向き合いながら、どんな老いを迎えようかと一緒に考えていく。

50代には是非読んでほしい本です。野沢さんの言葉にモヤモヤが晴れる気がします。

あるインタビューでこんなことをおっしゃっていました。

「好きな服を着て、好きな人とだけ会って、やりたいことだけをしてもいいと思えるようになりました。これからは、自分を喜ばせるために生きていきたいと思っています。」