再現性の有無の鍵

あるビジネス書を軽く斜め読みしていたら、ひとつの言葉が目に止まりました。

「成功した時の、再現性のあるパターンを作る」

これは私の外来でも実感することです。

糖尿病や脂質異常症の方が、定期の採血で良い結果が出た時に「今月は取り組みが良かったようですね。どうしたのですか?」と訊くと、自分のことなのに「え…どうしたんだろう?」と首を傾げる方が割といます。

一方で、結果が悪い時は、返答はスムーズです。

「今月は食べすぎた」「運動ができなかった」「自分の時間がもてなかった」という「言い訳」を引き出しの中にたくさん詰め込んでいて、それらを次々に持ち出してきます。

しかし、それは本当の原因ではないかも知れません。一般的にそう言われているから信じているだけで、よく吟味をせずにパターンとして繰り返しているだけかも、です。

まさしく失敗した時の反省が形だけになっています。

だからこそ、成功したときはその原因を探った方が良いです。

再現性の有無を握る鍵は、結果が良かった時の「なぜ良かったのか?」という原因の探究と内省です。

「たまたま良かったのだ」としても、方向性は間違っていなかったわけですから、絶対にこれからの参考になるはずです。

「成功した時の、再現性のあるパターンを作る」

これは心がけておきたいですね。

 

 

後悔しないように

真理のことば(すなわち「法句経(ダンマパダ)」中村元著から。

 

もしも為すべきことであるならば、それを為すべきである。それを断乎として実行せよ。行ないの乱れた修行者は、いっそう多く塵をまき散らす。(313)

悪いことをするよりは、何もしないほうがよい。悪いことをすれば、後で悔いる。単に何かの行為をするよりは、善いことをするほうがよい。なしおわって、後で悔いがない。(314)

 

中途半端なことをしたばっかりに、却って場を乱して収集がつかなくなることがあります。そうならないためにも、引き受けた仕事はしっかりとやり通す覚悟が必要です。

そして、後悔しないように悪いことをしてはいけない。善いことをすべきだと言っています。

この場合「後悔」がポイントですね。

とにかく後悔がないように実行すること。

難しいことですが、少しでも目標にしたいものです。

 

 

接種のチャンス

LINE公式アカウント「RICCA(沖縄県新型コロナ対策パーソナルサポート)」に登録していて、毎日のコロナ陽性者数や病床占有率などの情報が送られてきます。

今週に入って、そこに南城市(10月10日まで)や北中城村(10月8日まで)のように、接種の最終日を告知する投稿が目につくようになってきました。

「みんなの様子を見てから」と態度を保留していた方も、最後の機会になるかも知れません。

 

浦添市は市民の皆さんの接種を応援しようと、いろいろなアイディアを出しています。

まず、10月16日(土)は受付時間を19時半までに延長する予定です。

仕事の都合で早い時間だと受けられなかった方も、ぜひこの日を利用してほしいです。

 

それから「ワクチン接種をして石垣島に行こう!」というキャンペーンを実施しています。

抽選で50名様に「ANAで行く石垣島ホテルパック(一泊二日)」が当たるというものです。

対象は、浦添市民の方で、10月に1回目、11月末までに2回目のワクチン接種を終えた方。

※アストラゼネカ社製ワクチン接種の人は10月中に1回目の接種を終えた方が対象です。(2回目が8週間後に接種のため)

すでに接種が済んでしまった方は対象ではありませんが、これを機会に「◯◯はまだ受けていないって言ってたから勧めてみよう」とか、良いきっかけになるのではないでしょうか。

 

 

迷言のなかの真実

娘が「偉い人は偉そうにしてほしい」と漏らしていました。

腰が低く、人当たりの良いオジサンだと思っていたら、実は後からあの人は偉い人だったということを知らされて、変な汗をかいたという経験を何度かしているのだそうです。

「失礼なことをしてなかったか、ドキドキよ。オーラまで消してしまうんだから」

いやいや、相手をみて態度を左右してしまうのが悪いでしょと思いましたが、私もかつて師匠の先生が実直で素朴な雰囲気の方だったので、お供をさせていただくたびに「この方はホントに偉い方なんですよ」と周りに宣伝して回りたいぐらいだったのを思い出しました。

そんな時は「師匠、もっと偉ぶってください!」と心の中で苦笑いしていたものです。

菜根譚にこんな言葉があります。

 

醲肥辛甘非真味

真味只是淡

神奇卓異非至人

至人只是常

 

意訳:

濃い酒や脂の肉、辛いもの、甘いものは、真の美味しさではない。真の味は淡白なものである。同様に、人並みはずれた天才は道を修める人間ではなく、道を修める人間は平凡な人間である。

 

つまり、できた人間ほど、偉ぶらないで淡々としているのだということです。

 

それはわかりますが、でも娘の気持ちもわかるなあ。

若い時は自分が未熟な分だけ、せめて失礼をはたらきたくないと思っているものですからね。

「偉い人は偉そうにしてほしい」

これって、間違いなく迷言ですが、わりと真実かも知れません。

 

 

相手の「ありのまま」を祈る

今回は「アランの幸福論」からの引用です。

 

人と人とのかかわりにおいて、お互いがお互いから期待できる、ただひとつの手助け ― それは、相手の存在を認めて、その人が本当にその人自身であることだけを求めることである。

人をありのままに受け入れることはたいしたことではない。結局、どうしてもそうしないわけにはいかなくなる。むしろ、相手にありのままでいて欲しいと祈ること、これこそ正真正銘の愛なのである。

 

何気ない言葉ですが、ちょっと振り返って、2度ほど衝撃を受けました。

ひとつは、私が「ありのまま」と言う時、自分がそのままでいたいと思っているだけかも、と気づいてしまったことです。その時、視線の先は外に向いていません。

「ありのまま」は、人とのかかわりではなく、自分自身に対する癒しワードになってしまっています。

相手がいるのに自分だけが「ありのまま」を主張するのは、それこそ「わがまま」でしょう。

「ありのまま」は、まさに相手に向けた言葉であるということ。

  

ふたつめは、「そう願ったことがあるか?」という問いかけです。

相手の存在や行為、発する言葉を全面的に認めるというのはなかなかできることではありません。

しかも、受け入れるだけではダメで、むしろ、そうして欲しいと祈ること。

旧友たちに「ヒジル~」と看破され、正真正銘の愛からほど遠い場所にいる私にとって、難しい課題が与えられた気分です。

 

 

HIPHOPを聞きながら

今やTestosteroneさんの著書は書籍コーナーがひとつ埋まるほどの数が出版されています。

初期の「筋トレが最強のソリューションである」は、オーディオブックの音源を車で流していると、聞いている途中から何かやりたくなってウズウズしました。

説得力うんぬんよりも熱意がとにかく伝染する感じだったので、いわゆる洗脳に近い状態だったのでしょう。

本人も「筋トレは宗教なのだ」と言っていますから、本気で洗脳しようとしているのかも知れません(笑)。

そのTestosteroneさんですが、最近、KindleのUnlimited読み放題のタイトルに「筋トレ×HIPHOPが最強のソリューションである」がアップされていました。

副題が「強く生きるための筋肉と音楽」とあります。

私は、ワークアウトやランニングのBGMにはギターリフが鳴るクラシック・ロックを好んでかけます。ロックのリズムがランニングのピッチを後押ししてくれるからです。

BiSHやももクロの楽曲は私の感覚ではその延長線上にあると思っているので、プレイリストに入っていて、実はEDMやHIPHOPは苦手です。

最近はこのご時世でOnline マラソンは開催されるものの、実走のマラソン大会は悉く延期・中止となっているため、ランニングのモチベーションがかなり落ちているのを実感していました。

もしかしたら飽きているのかも知れないと思って、ランニングコースを変えたり、BGMもこの際変えてみようと思っていました。

「筋トレ×HIPHOPが最強のソリューションである」の「はじめに」にこんな文章があります。

「ヒップホップとは、抑圧された魂の叫びである。差別や世の中の不条理に対して、デモや暴力で対抗するのではなく、ヒップホップという芸術フィルターを通した表現で世界に訴えかける手段だ。よって、ヒップホップのリリックは非常に力強く、反骨精神にあふれており、意外に思われるかもしれないが弱者目線に立つことも多い。ヒップホップは抑圧されている人々、社会に不満を抱えた人々、差別に苦しんでいる人々、社会になじめない人々、世の不条理と闘っている人々、社会的弱者、そういう人たちが作り出す優しい音楽であり、そういう人たちこそが聞くべき、勇気と希望を与えてくれる音楽なのである。ヒップホップの力強いリリックに込められたメッセージは、人々の心を励まし、奮い立たせることができる。」

そこまで言われたら、この本とタイアップのアルバム(もちろんヒップホップ)を聞いてみるしかないでしょう(笑)。そして、さっそく聞きながらランニングしてみました。

一曲目の「黙ってやれ」「筋トレをサボってしまいそうなときにやる気を引き出し、気合をバチバチに注入する」曲なんだそうです。

テンションは決して高くない曲ですが、これは確かに心を奮い立たせてくれます。

ランニングと筋トレでは、有酸素と無酸素の違いのように、追い込み方に差があるので、なんとなく目指すものが違う気もしないでもないですが…。

確実に背中は押してくれそうです。

 

「アランの幸福論」

フランスの哲学者アランは、その著書「幸福論」で今も愛され続けている人物です。

Wikipediaによると「アランの幸福論」は1925年(!)の発行ですから、いかに普遍的に読まれ続けているか、驚異的でさえあります。

「悲観主義は気分によるもので、楽観主義は意志によるものである」に代表されるように、アランは楽観主義だと言われます。そして、その思想は幸せを望む強い意志の上に築かれたものです。

「良い天気をつくり出すのも、嵐をつくり出すのもぼく自身なのだ」

あまりの楽観主義に批判も受けていたようです。

人間関係においてさえも「ぼくが信頼すれば、彼は誠実となる」

そんなアランの幸福論に凄みを感じるのは、この楽観主義は誓約を求めていることです。

「幸福になることを誓わねばならない」

誓約しなければ、人は幸福を放棄し、不幸をつくり出してしまうからです。

意志の力によって、幸福という現実を手に入れるのだ。「幸せにならねばならない。」

なんとも力強いメッセージです。受動的な要素は微塵もありません。

「期待を抱くこと。それはつまり幸福であるということなのだ。」

 

「僕と妻の1778話」

 

眉村卓と言えば、私たち世代にとってはNHK「少年ドラマシリーズ」でドラマ化された「ねらわれた学園」「なぞの転校生」などのヤングアダルト小説を筆頭に、日本SF界の第一世代の大御所の先生という印象です。

2019年に85歳で逝去されるまで、病床においても書き綴っていたというのですから、この方も創作に対する情熱は枯れることがなかった方なのですね。(実際、2020年10月に「その果てを知らず」のタイトルで遺作として発刊されています)

今回の「僕と妻の1778話」は2010年の発刊です。

 

本の扉にはこんな紹介が載っています。

妻が、悪性腫瘍のために余命一年と告げられた。作家の夫は、妻に余計な心配をかけないようにする以外、出来ることはない。せめて、毎日気持ちの明るくなるような話を書いて、読んでもらおうと考えた —。第一回『詰碁』から一日一話を妻に捧げ、『最終回』まで、全1778話になった。

 

「はじめに — 一応の事情説明」から補足すると、一日一話には制約を設けていたそうです。

  • 短い話となれば簡単な手抜きも可能だが、そんなことはしたくないので、一編は四百字詰め原稿用紙で三枚以上とすること
  • エッセイにしない。お話でなければならない。
  • 病人の神経を逆なでするような、病気や人の死、深刻な問題、上から目線のお説教、知識のひけらかし、効果を狙うあまりの後味の悪い話、は書かない。

 

この本には、妻へ贈った1778話のなかから52編がおさめられています。

数字が大きくなって1778話に近くなってくると、奥さんの病状がうかがい知れるほど文面が沈んでいきます。エッセイにしないという制約も難しくなり、最終的には自分の投影を描くしかなくなってくるのです。

 

娘である村上知子さんの解説の最後の数行がこの本の全てを語っていると思いました。

「書くことを、やめはしないぞ」

(中略)自分が病気の妻にしてやれることは畢竟これしかないのだと、父は不器用に、「書く人」であり続けた。母は、「たったひとりの読書」としてではなく、その作品が外に出て行く手助けをする「一番目の読者」として最期まで居続けようとした。

 

私は知りませんでしたが、この本を原作として映画化もされたそうですね。

眉村卓さんは、今も天国で書き続けているのでしょう。もちろん奥さんを一番目の読者として。

 

TEDから「脳の存在理由」ダニエル・ウォルパート

神経学者のダニエル・ウォルパート氏は自らを「動作至上主義者」と名乗っています。

「人間の脳の最大の目的は、体を動かすことだ。動くことこそ、我々が世の中とかかわるための唯一の手段なのだ」と語っています。

脳は考えたり感じたりするためではなく、動きを制御するために進化したのだという主張です。

 

つまり、動くことで脳は喜びを見出し、筋肉は希望にあふれるのです。

「筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法」という本を以前に紹介しましたが、トレーニングに打ち込むことは単に満足感が得られるだけでなく、神経学的にもその効果が裏打ちされるようです。

脳は、運動する人に幸福感などの報酬を与えるという説は、ランニングを趣味とする私にとっておおいに信じてみたい説です。

多くの人が自問する「人はなぜ走るのか」という問いの、ひとつの答えがありそうです。

 

 

 

意志の力

ケリー・マクゴニガル著「スタンフォードの自分を変える教室」は、出版された2012年にパーっと読んで、長く本棚の隅っこに放置してあったのですが、最近同じ著者の新刊の本を読んだというのもあって、また読み返してみました。

「意志力」(英語ではそのままWillpowerというのですね)についての研究成果は、実践されるかされないかでわかりやすいテーマですし、実践のためのエクササイズなども踏まえて実用的な著書だと思います。

 

著者はこの本の冒頭で「やる力」「やらない力」「望む力」の3つの力をあげています。

生活の質が向上することがわかっていて、もっとちゃんと取り組みたいと思っていること、それを「やる力」

どうしてもやめられない習慣や、幸福や成功の邪魔になるので、やめたい、あるいは減らしたいと思っていること、「やらない力」

もっとエネルギーを注ぎたいと思い、最も重要で長期的な目標、「望む力」

 

私たちはそれぞれ生活するうえで目的を持ちます。

その目的を達成するために、まず第一歩として自分自身の抱く心配や不安を認めてあげること。

そのうえで自分の目標とその達成方法について肯定的に考えること。

モチベーションよりも意志の力が重要だということです。

何度も繰り返し読んでみたいと思いました。