雨と習慣

 

毎日、何かを続けることはかなり難しいものですね。

習慣化してしまえば…と言いますが、例え趣味であろうとも何かの拍子で途絶えてしまうものです。

 

私の場合は出張が鬼門です。飛行機に乗ったり枕が変わったりで、やっぱり体内時計が狂ってしまうのでしょう。

 

それと、雨。雨はやっかいです。

人間も動物なので、雨の時には「家でじっとしていなさい」という自然界の呼びかけをキャッチしているのかも知れません。

それだけでなく、雨が降るとやる気までそがれてしまいます。

室内で済むことも、やる気が出ません。

雨を口実に、毎日の習慣が途絶えてしまったことも少なくないです。

 

話は変わりますが、今日は夕方から沖縄本島は大雨に見舞われました。

私は、思わず診察室から飛び出して滝のような雨に見入ってしまいました。

 

この雨で、私の中のいくつかの習慣がまた途絶えてしまったような気がします(笑)。

 

 

 

映画「ハウンター」

 

心理学的にまともに説明できるものなのか、自分でもよく分かっていませんが、時々、ホラー映画を無性に観たくなります。

普段とは違った味覚を欲するようなものかも知れませんが、私の場合、年に数回怖いものを観たい欲求にかられます。

今回、手にしたのは、2013年のカナダの映画でした。

「ハウンター」というタイトルです。

あらすじを紹介しますね。

 

霧の深いある朝、リサは奇妙なことに気づく。朝から昨日と同じことの繰り返しなのだ。トランシーバーから響く弟のモーニングコール、母の作る食事のメニューに、調子の悪い洗濯機。そしてガレージで車を修理する父。何から何まで昨日と同じなのだ。そして彼女は、自分が16歳の誕生日の前日を毎日繰り返し過ごしていることに気が付く。しかし、庭の外に出ようにも、なぜか外に出られない。一体何が起きているのか?彼女が家中を調べ始めると、その家に住む“もう一人の少女”の存在に気が付き、ある驚愕の真実にたどり着く。しかしそれは、少女の孤独な戦いの始まりに過ぎなかった…

 

いわゆる「ゴーストもの」なのですが、実は見事に裏切られました。

もちろん、良い意味で、です。

ホラー映画なのに観終わったあとにはホっと気持ちが温かくなりました。まるで、ヒューマンドラマを観ているような気分です。

家族を愛する気持ち、謎を読み解く知性、人を救うために献身する行為、実行に移す勇気。

この映画のヒロインは、悲鳴をあげて逃げ惑う飾りものではなく、苦難を乗り越えようと必死であがく勇敢な少女でした。

特に家族を単位とした捉え方は、お国柄もあるのでしょうか。心情的にもすっと腑に落ちるシナリオで、彼女に素直に共感できるものでした。

これはホラーの枠を超えた家族愛の映画です。

人を怖がらせるのがホラー映画であるならば、ちょっと違っているのかも知れませんが、作品としては私の心の中に留めておきたい1作だと思います。

 

 

映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」

 

映画「ゴジラ」を観てきました。

いわゆるレジェンダリー・ゴジラの2作目、ハリウッド版「がっずぃーら」です。

昨今は、ゴジラが人類の味方として描かれるのはこのレジェンダリー・ゴジラしかなくなってしまった感があります。

そんな中、ゴジラの最強のライバルである「キング・ギドラ」が登場してきたのは必然だったのでしょう。

ほかにも、モスラ、ラドンも登場するという怪獣オールスター映画となっていました。

レジェンダリー・ゴジラの1作目の反省からなのか、今回は伊福部昭さんの「ゴジラのテーマ」や古関裕而さんの「モスラの歌」が効果的に使われていて、私のようなオールドファンも気分が盛り上がりました。

1954年のゴジラ1作目に登場した対ゴジラ兵器であるオキシジェンデストロイヤーがいきなり登場したのにはびっくりしましたが、威力がそれほどでもなかったことに安堵したり。

芹澤博士の献身的な行為やバーニング・ゴジラへの昇華など、日本の旧作のゴジラ映画のオマージュが随所に散りばめられていて、楽しめました。

パシフィック・リムを製作したレジェンダリー・ピクチャーズのことですから、いずれメカゴジラも登場させるかも知れませんね。

(個人的には、どうせならキングシーサーやヘドラの登場を期待したいです。笑)

そう言えば、今年はゴジラ生誕65周年になります。

そういう意味でも、日本のゴジラ・ファンを納得させる娯楽映画に仕上がっていました。

 

 

 

 

小説「影踏み」

 

刑事ではない泥棒目線からのミステリーです。

しかも、義を貫くハードボイルドな泥棒で、目の前に降りかかる事件を自らの「忍び込み」の特技などを駆使して徹底的に調べ上げて解決するという、異色の設定です。

 

 影踏み 横山秀夫著

 

 

「影踏み」というタイトルの説明が、ちょうど作品紹介にありました。

 

「双子というものは、互いの影を踏み合うようにして生きている」……ノビ師・真壁修一の相棒は、父母とともに炎の中で死んだ双子の弟の「声」。消せない過去を背負いながら、愛する女のために義を貫き、裏社会に葬られた謎に挑む、痺れるほどに哀切な「泥棒物語」。

 

つまり、真壁修一の中耳には、死んだ双子の弟が声だけ住みついていて、時に喧嘩したり協力しあったり、説教したりするのです。

二重人格というのがオチ?と疑ったのですが、意外にそうでもないようで、最後までその存在は確固たる人格のままでした。

「半落ち」や「64」などの他の横山作品とは少し違った印象を持ちましたが、業界の裏事情に通じた細かな設定など、やはり面白かったです。

読み終わって知ったのですが、今年、山崎まさよしさん主演で映画公開もされるのですね。

「声」の存在である弟をどう映像表現するのだろうとか、山崎まさよしさんのハードボイルドぶりも楽しみです。

公開されたら、きっと観に行くと思います。

 

 

気をつけたいこと

 

外来でひとつだけ気をつけていることがあります。

できるだけ相手に言い訳をするような状況にはしたくないということです。

糖尿病や脂質異常症などメタボリックシンドロームをコントロールしていく患者さんは、外来の血液検査で数値の結果が出てくるので、とてもシビアです。

体は正直というか、検査の結果が今までの生活のありようを示してしまいます。

薬物療法だけでなく食事療法や運動療法との、いわゆる「3本柱」療法の成果が数値に反映してきますから、生活習慣の評価を毎回されているようなものです。

患者さんと一緒に、この数値を分析して解決方法を探ることはしたいと思いますが「なぜこうなったのか」という犯人探しはしたくありません。

昔のアメリカの政治家、ベンジャミン・フランクリンはこんな言葉を残しました。

「言い訳が得意な者に、他の事が得意であることは滅多にない。」

犯人探しは言い訳を要求しているようなものです。

それよりも、自ら分析しようとする意志(やる気)と、これからどうするのか、どうしたいのかを聞かせてもらう役に徹したいと思っています。

生活習慣に関わる疾患を取り扱う医師ができることは、実はこれくらいしかないんじゃないかと、私は思っています。

 

 

第4回沖縄県長時間透析研究会のお知らせ(再掲)

 

再び告知させていただきます。

いよいよ1週間後になりました。

来週木曜日、6月6日(木)に「第4回沖縄県長時間透析研究会」が開催されます。

長時間透析に関して興味があって参加希望される透析患者の方々もいらっしゃるかと思いますが、申し訳ありませんが、今回の対象者はすべての医療従事者となります。

講師は、長崎県の前田医院副院長 前田憲徳先生をお招きする予定です。

前田先生は2013年の第9回長時間透析研究会の大会長を務め、長時間透析に関して非常に造詣が深い先生です。

講演のタイトルも、そのものズバリをいただきました。

「長時間透析のすゝめ」

日常の診療に即した、有意義な講演会となるかと今から楽しみにしています。

当日は、多くの透析医療者の方が参加されることを願っています。よろしくお願いします。

 

 

ルールを守ること

 

実際の診療では、「やむを得ない事情」が押し寄せてくることをよく経験します。

人生って、やむを得ない事情の連続だと言っても過言ではありませんね。

その時に、私たち医療者はどう対応するのかを常に問われることになります。

私は「原則を守ること」に頑固な方だと思います。

患者さんのなかには「前の医者はやってくれた」と言って食い下がる方がいます。「原則としてというのはわかっているけれど、やむを得ない事情なんだから」と言って説得を試みる方もいます。

けれども、少し考えてもわかるように、自分で決めたルールについて例外をつくらない方が守りやすいのです。

「やむを得ない事情」として例外を許してしまうと、「例外」が大挙して押し寄せてきます。

そして、ルールを守ってきた方々にも迷惑をかけることになってしまいます。

ルールからはずれた妥協については、最初からしないことだと決めているのです。

 

 

 

「呼吸の瞑想」

 

外来で「ストレスが原因だと思う」とおっしゃる方のほとんどが「人間関係」で悩まれているようです。

相手の出方に一喜一憂しますし、気にしないでおこうと思っても、どうしても考えてしまうようです。

とにかく、相手ありきで振り回されている状態です。

 

私もかつてはそうだったと思います。けれども、いつの頃からかふっと考えなくてもすむようになりました。

以前なら、相手の嫌悪感(実際はそうでないことが多い)が自分に向いたと思ったら「ん?何かした?」と気になって、落ち込んだり、へこんだりしたものです。

最近は、まず自分を相手が案外気にしているものではないと思っていますし、ですからネガティブな感情の存在など考えてもいません。

どうしてだろうと理由を考えてみたのですが、これってもしかしたら「マインドフルネス瞑想」のおかげかなと思っています。

毎朝5分間だけ、いわゆる「呼吸の瞑想」をしているのですが、これが役に立っている気がします。

「呼吸の瞑想」というのは私が勝手に言っているものですが、「アーナーパーナサティ・スッタ」の最初の4考察の部分だけを集中して行うものです。

「呼吸による癒し」(ラリー・ローゼンバーグ著、井上ウィマラ訳)から抜粋します。

 

1.息を長く吸っているときには「息を長く吸う」と知り、息を長く吐いているときには「息を長く吐く」と知る。

2.息を短く吸っているときには「息を短く吸う」と知り、息を短く吐いているときには「息を短く吐く」と知る。

3.「全身を感じながら息を吸おう。全身を感じながら息を吐こう」と訓練する。

4.「全身を静めながら息を吸おう。全身を静めながら息を吐こう」と訓練する。

 

「アーナーパーナサティ・スッタ」は全部で16の考察があるのですが、私がやっているのは最初の4考察だけです。

簡単に言えば、自分の呼吸をずっと観察するのです。

やっていると、私たちは呼吸でさえ自分の思い通りにならないことを実感します。

当然のことですが、たった1回の呼吸をしなかっただけで、苦しくなります。

 

「呼吸の瞑想」の時は、「人間関係をよくしょう」とか「ストレスを解消しよう」とか目的を持ちませんし、考えません。

けれど、続けていくうちに、「考えないこと」ができるようになっている気がします。

私は私の本当を知らない。ましてや他人のことなど知ろうはずがない。

短い時間で良いかと思います。「呼吸の瞑想」をやってみませんか?

 

 

 

テンションあがる文房具

 

私に負けず劣らずの文房具好きの娘から、面白いマスキングテープを紹介してもらいました。

考えるまでもなく、私よりもずっと文房具に接している現役選手ですし、アンテナの範囲が広く、網にひっかかる魚の量も多いはずで、私は娘たちから教えてもらっている立場です。

「父のこの前のブログで『あ』って思った。」

そう言って紹介してもらったのが、この商品。けれども、当の本人がピンときていません。

「ほら、四つ葉のクローバーの話、してたでしょう?」

それは一枚ずつめくれるマスキングテープなのだそうです。

どんな使い方をするのか、実際に手帳を見せてもらいました。

これはなかなか愉快です。

桜の花びらバージョンもあるとのこと。

「面白いな~。こういうアイディアは楽しくなるよね。」

愉快な文房具はテンションをあげてくれます。

こういう小道具たちが、私の(どこにあるのかわからない)やる気スイッチを押してくれるんですよね。

 

 

「きみのそばにらじお」

 

久しぶりにミュージカルを観てきました。

私は昨年の公演を観ていませんが、再演とのことです。

 

「きみのそばにらじお」

 

最後まで見応えがあり、素晴らしいの一言でした。

以下は演劇素人の私の感想です。

 

まず、脚本が立っていました。

うじうじしたキャラクターには、観客のイライラ感を十分に焚き付けておいて、舞台上の人間が「あぁっ!イライラする!」と代弁してくれます。

小さなことのようですが、これは観客に過剰なストレスを溜めさせないようにする(特に私にとって 笑)大切なことです。

最後には違う人間だと思っていたのが実は同一人物だったというミステリーっぽい要素も加味していたり。

複雑な人間関係を扱っていると、収拾がつかなくなって「え?いつの間にか?そんなキャラだっけ?」ということもあるのですが、この劇は最初から最後まで生真面目に御都合主義を排していて誰もが納得するストーリー展開だったと思います。

 

出演者の皆さんも生き生きとしていて適役でした。

出演者が役に近づけたのか、この出演者だからそのキャラを準備したのか、すっと得心するような見事な役作りだったと思います。

クライマックスでは50過ぎのオヤジのこの私が、不覚にもうるっと涙を流しそうになりました。

 

それから!

ピアノ伴奏が、なんと紀々さんでした!

素人の私の目にも紀々さんは天才的でした。その場の空気を読んで、それに曲を乗せていくリズム感はなにより安心感がありました。

この作品は、傑作です。さらに再演を重ねてもらいたいです。