「歩む者のない道」

アメリカで多くの人に親しまれて愛され続けているRobert Frostの詩は

読む人の置かれた状況によって解釈が違ってくるところが面白いです。

後世に残るような詩は、ほとんどがそうなのでしょうが、特にRobert Frostの詩はそんな感じがします。

時には励ましの言葉となり、時には慰めの言葉となり、時には後悔を促す告白の詩になります。

 

詩の解釈に正解なんて存在しないでしょうし、それを求めることこそ愚かなことだと思いますが

次の詩は、作者自身が直接的に「あなたはこの詩をどう感じますか?」と投げかけているかのようです。

下に続けて和訳を載せています。

 

 

「The road not taken」

 

 Two roads diverged in a yellow wood,

 And sorry I could not travel both

 And be one traveler, long I stood

 And looked down one as far as I could

 To where it bent in the undergrowth;

 

Then took the other, as just as fair,

 And having perhaps the better claim,

 Because it was grassy and wanted wear;

 Though as for that the passing there

 Had worn them really about the same,

 

And both that morning equally lay

 In leaves no step had trodden black.

 Oh, I kept the first for another day!

 Yet knowing how way leads on to way,

 I doubted if I should ever come back.

 

I shall be telling this with a sigh

 Somewhere ages and ages hence:

 Two roads diverged in a wood, and I-

 I took the one less traveled by,

 And that has made all the difference.

 (Robert Frost, 1916)

 

 それこそ詩の翻訳に正解などないのでしょうが、代表的な和訳を載せます。

 

「歩む者のない道」

 

黄色い森の中で道が二つに分かれていた

 残念だが両方の道を進むわけにはいかない

 一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ

 一方の道の先を見透かそうとした

 その先は折れ、草むらの中に消えている

 

それから、もう一方の道を歩み始めた

 一見同じようだがこちらの方がよさそうだ

 なぜならこちらは草ぼうぼうで

 誰かが通るのを待っていたから

 本当は二つとも同じようなものだったけれど

 

あの朝、二つの道は同じように見えた

 枯葉の上には足跡一つ見えなかった

 あっちの道はまたの機会にしよう!

 でも、道が先へ先へとつながることを知る私は

 再び同じ道に戻ってくることはないだろうと思っていた

 

いま深いためいきとともに私はこれを告げる

 ずっとずっと昔

 森の中で道が二つに分かれていた。そして私は…

 そして私は人があまり通っていない道を選んだ

 そのためにどんなに大きな違いができたことか

 (ロバート・フロスト,1916)

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人生の話を持ち出すでもなく、人はいつでも岐路に立ちます。

迷いのない人などいないでしょうし、どんな目標を持っていたとしても、そのやり方に絶対の自信を持っている人も少ないでしょう。

この道が果たして正しいのか、良い未来へと導いてくれる道を選んでいるのか。

引き返すことも躊躇してしまう。

果たして、目指す未来への道はあるのか。

けれども、道がないと思うような状況の時にも、「必ず一本の道はある」と信じる勇気を持ちたいです。

 

 

 

タバコは10年の寿命を奪い、死亡リスクを3倍高める

1月24日付けの今週の『The New England Journal of Medicine』というアメリカの医学専門誌に

タバコを吸うことへのリスクについての文献が2つ出ていました。

実は、さくだ内科クリニックも、この2月から本格的に禁煙外来が開始される予定です。

その意味もあって、この2つの文献を紹介したいと思いました。

アメリカの疫学調査ですが、これはどの国にも、もちろん日本にもあてはめて考えないといけない調査報告だと思います。

まずひとつめです。


 

21世紀のアメリカにおける タバコのリスクと禁煙することの有効性 について

21st-Century Hazards of Smoking and Benefits of Cessation in the United States
N Engl J Med 2013; 368:341-350January 24, 2013DOI: 10.1056/NEJMsa1211128

この研究の背景

1980年代の研究で、アメリカでは、女性も男性も、35歳~69歳の死亡の25%はタバコを吸うことによるものだと言われていました。

今回の研究は、さまざまな年齢におけるタバコのリスク、それと禁煙のメリットを明らかにしようとしたものです。

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研究方法

1997年から2004年の間に、25歳以上の11万3千752人の女性と8万8千496人の男性から、タバコに関する聞き取り調査を行いました。

2006年12月31日までに死亡した8千236人の女性と7千479人の男性の死因について検討しています。

全くタバコを吸わない人と現在タバコを吸っている人とを純粋に比較するために、年齢、教育レベル、肥満、アルコール消費で差がついてしまわないように調整を行っています。

結果

25歳から79歳までで、現在タバコを吸っている人の死亡率は、吸わない人の約3倍でした。

タバコを吸う人の死亡の多くが、悪性腫瘍、血管系、呼吸器系、その他タバコが原因となり得る病気でした。

別の側面からいうと、25歳から79歳までのタバコを吸ったことのない人の生存確率は、現在タバコを吸っている人の約2倍でした。

(女性は70%に対して38%、男性では61%に対して26%)

タバコを吸ったことのない人に比べて、現在タバコを吸っている人の寿命は、約10年以上も短くなります

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その代わり、禁煙に成功した人は

25歳から34歳の間に禁煙に成功した人 約10年間
35歳から44歳の間に成功した人 約9年間
45歳から54歳の間に成功した人 約6年間

そのまま禁煙せずにタバコを吸い続けた人に比べて、それぞれ寿命がのびることがわかりました。

結論

タバコを吸うということは、吸わない人に比べて少なくとも10年の寿命を縮めることになります。
40歳になるまでに禁煙すれば、その死亡リスクを90%まで減らすことができます。

 


 

さて、もうひとつの文献です。


 

アメリカにおけるタバコ関連死亡の50年間の動向

50-Year Trends in Smoking-Related Mortality in the United States
N Engl J Med 2013; 368:351-364January 24, 2013DOI: 10.1056/NEJMsa1211127

この研究の背景

タバコを吸うことによる病気のリスクは、20世紀にわたって広まりました。
最初は男性からでした。遅れて女性の間に広まりました。
過去20年間にわたって、どの程度のリスクだったのでしょうか。

結果

タバコを吸ったことのない人に比べて、現在タバコを吸っている人の、肺がんによる死亡リスクは

女性が 1960年代:2.73 1980年代:12.65 現代:25.66

男性は 1960年代:12.22 1980年代:23.81 現代:24.97

 

現代の調査研究では、男性も女性もタバコを吸う人は

慢性閉塞性肺疾患(COPD)による死亡 男性25.61 女性22.35

虚血性心疾患による死亡 男性2.50 女性2.86

脳卒中による死亡 男性1.92 女性2.10

全ての死因の組み合わせで 男性2.80 女性2.76

 

男性でタバコを吸う人では、慢性閉塞性肺疾患(COPD)による死亡リスクはあらゆる年齢層で増え続けています。

タバコを吸っている期間、本数の多さに伴うことによるものです。

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55歳から74歳の男性、60歳から74歳の女性において、全ての原因を含む死亡率は

タバコを吸っている人は3倍の死亡リスクがありました。
タバコをやめるのはどの年齢においても劇的に死亡リスクを減らしていました。

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結論

タバコによる死亡のリスクは、女性の間で増加し続け、吸ったことがない人と比べて、今ではリスクの高さは男性も女性もほぼ同じです。

男性では、COPDによる死亡率はずっと増加し続けていて例外的ですが、タバコに伴うリスクは1980年代から高いレベルのままです。


 

いかがですか?

タバコを吸う人は10年間の寿命を短くし、約3倍の死亡リスクを負う。そして、タバコをやめればどの年齢でも劇的に寿命を取り戻す。

 

この疫学調査を真剣に受け止めないといけないですね。

 

 

 

 

ファウスト・百物語・ネオファウスト

突然ですが、ふと思うことがあって家にあったゲーテの『ファウスト』を持ち出して、また読んでみました。

『ファウスト』の結末って正確にはどうだったっけ?と思ったので。

冒頭では、悪魔メフィストフェレスと契約を交わしたファウストは「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と口にすることで、契約の条件が満たされ、魂を悪魔が入手できるということで話がすすみます。

あれ?最後にファウストは「時よ、とどまれ」って言ったはずだよなあ。

けれども、死んだ後にも、なんかいろいろあったような…。

 

どうして今『ファウスト』なのかと言うと、毎年1月も後半になってくると思い出されるのが手塚治虫先生だからです。

 

敬愛する手塚治虫先生は、生涯で『ファウスト』を題材にして3回マンガを描いています。

1950年21歳の時に『ファウスト』

1971年47歳の時に『百物語』(日本の戦国時代版にリメイク)

1988年64歳の時に『ネオ・ファウスト』

 

ある人の話によると、手塚治虫先生は、人生の節目、特に危機的状況に陥ったどん底のときに、まるでそこから這い上がるように『ファウスト』に取り組んでいたのだと言いました。

ご本人の言葉を直接見聞きした訳ではないので、真偽はどうなのか分かりませんが、その話を聞いたときに、その話を信じてみたいと思いました。

 

20歳の頃は戦後間もない混乱の時代でした。

『ファウスト』自身も児童向けに描かれていて、結末もハッピーエンドに変更されています。

 

そして『百物語』の1971年は、「人生のどん底」と自ら語っています。

当時、アニメーションの事業の経営不振が続いていて、ついに1971年虫プロダクションを追い出されました。1973年には自らが経営者となっていた虫プロ商事も倒産してしまいます。

手塚治虫先生も巨額の借金を背負うことになり、非常な苦境に立たされていました。

 

そして、1988年、遺作のひとつとなった『ネオ・ファウスト』

1988年11月、旅行先からの帰国と同時に体調不良で入院し、胃癌と診断されます。

胃癌ということは伏せられていたそうですが

実は『ネオ・ファウスト』に登場する主要な人物「坂根第造」はストーリーの中で胃癌にかかり、医者や周りは気遣って胃癌であることを伝えないのですが、本人は胃癌であることを知っていているという内容が描かれています。

 

『ネオ・ファウスト』では下書きのままの原稿が続きます。

死の直前までマンガを描いていた様子が伺えて、胸が痛む数ページです。

 

手塚治虫先生は、『ファウスト』の何を見ていたのでしょうか。

 

そう思って、ゲーテの「ファウスト」を改めて読んでみたのです。

 

『ファウスト』の結末は、悪魔メフィストフェレスと契約したのにも関わらず、ファウストは意外にも地獄に落ちるわけではありませんでした。

未来永劫、悪魔の虜になるわけではないのです。

ファウストは最後、自分が得た海岸沿いの土地の干拓事業に乗り出しています。

盲目となったファウストは、建築工事のつるはしの音を聞き、仲間のために働き、協同する最高の幸福を予感して「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と契約の言葉を発したのでした。

 

その身体は滅びますが、その魂は天使たちに天上へと運ばれながら

「霊の世界の高貴な一人が悪から救われた。たえず努めて励む者には、天使がついている。

天上から愛の手がのび、清浄の群れがいそいそと出迎えにくる。」

と祝福されているのです。

 

 

「たえず努めて励む者には、天使がついている。」

 

素晴らしい言葉だと思います。

生涯をかけて、懸命に打ち込んだファウストに、やはり手塚治虫先生の姿を重ねずにはいられません。

 

 

畏敬する医師 マイクル・バリント

 

「全人的医療」について考えるとき、マイケル・バリント(Michael Balint)の名前は特別な感慨があります。

さくだ内科クリニックの理念」は、東京の小村肛門科医院の理念に感銘を受けて、その文言を何度も反芻して、やっぱりこれでいこうと決めたものです。

一行追加しましたが、ほぼ同じ言葉を使わせていただきました。

理念について深く考えていったとき、その基になったのが、バリントが発した言葉でもありました。

バリントの医療者として最善を尽くそうとする覚悟には、非常に勇気づけられることが多いのです。

 

マイケル・バリントについて説明させてください。

 

以下の文は

 バリント療法 全人的医療入門 池見酉次郎 監修/永田勝太郎 編

 治療論からみた退行 ― 基底欠損の精神分析 マイクル・バリント著 中井久夫訳

をもとに、引用、あるいはまとめたものです。

 

 

バリントは1896年にハンガリーに生まれました。

ブタペスト大学医学部を卒業後、ベルリンに移って、フロイトの直弟子のフェレンツィについて薫陶を受けました。

その後ロンドンに渡った彼は、要職を捨てて開業医となって、ロンドンの同志の医師たちとともに、いわゆるWhole person medicine(全人的医療)の開拓を志すようになります。

 

バリントは、一般の開業医を訪れるありふれた病気の患者の多くは、医師が与える薬によってではなく、「医者という薬によって治る」として、「医者という薬の薬理学」の研究にとりかかりました。

 

バリントのポイントは以下の5点にまとめられます。

1) 最初に出会う医師ほど、病気の早い時期に対応できるので、全人的医療の効果が上がりやすいといえる。

なぜなら、訪れる患者の過半数は、体と心と生活環境が入り混じっていて、体だけとか、心だけとかではない。予備知識を持っている家庭医こそが診療の最適任者である。

2) 医師が、患者の病気について、体だけでなく、心や生活環境をも含めたより深いレベルで、患者を理解すること。

そのことを通して、患者自身も自分自身を全人的に理解できるようになる。

多くの場合、これによって患者が自分で問題解決の糸口を見出すものだ。それに同伴していくのが、開業医の役割である。

3) 全人的に患者を理解せずに医師からの気休めや保証は有害である。

たとえば、「検査の結果では異常がないから、気のせいだよ」と言った助言などは、症状が持つ深い意味をまったく無視している。

4) このような診療をする上でのベースになるのは、患者との全人的なふれあいのもとで、面接(傾聴)ができるような医師-患者関係である。

このようなよき治療関係ができるためには、医師自身が、全人的に開かれていること。日ごろから自己洞察していること。これを、バリントは「薬としての医師」と表現している。

5) バリントの全人的な面接では、心身一如の全人的な交流が行われる。

子育て、教育、職場の健康管理、さらには、一般的な人間関係においても、心身一如の交流に近づくほど、お互いが持つ問題の本質に迫ることができよう。

 

バリントの医師に求める診療態度は、まず、患者の話すことに耳を傾けよでした。

「全身の皮膚の孔を通して聴け」

「第二陣の耳を持っているような具合に聞くことだ」

がバリントの口ぐせだったそうです。

バリントは、また、医師の通常とる行動に対する自己批判的な洞察力を求めていました。

 balint

 

マジックのお話 その愛すべき世界

また趣味の話で恐縮です。

今回はマジックのお話です。

マジックの中でも、クロースアップ・マジック、とりわけカード・マジックが大好きで、いつか自分も華麗にカードを操れるようになりたいという憧れがあります。

マジックと言えば「テンヨー」ブランドしか知らなかった佐久田が、今思えば最初に手にした本が少々無謀でした。

基本からはじまるのですが、技法の理解と習得を中心とした構成でした。(それはまた機会があればいつかお話します。)

 

ほかにマジックには、段取りをきちんと踏めば、特別なテクニックなど必要としないセルフ・ワーキングマジックというものがあります。

ただし、技法をあまり使わないというだけで、手順を間違わずに覚えないといけなかったり、相手を誘導するセリフ回しだったり、別のむずかしさがあります。

有名なある人は極端に

「セルフ・ワーキング・マジックは演者自身が楽しくないのが欠点」

と表現しました。

 

小説「帽子から飛び出した死」で知られる奇術師探偵グレート・マーリニは

「観客の観念を先にだましてしまえば、技術など要らなくなるのだ」

と言いました。

 

まちがった前提を受け入れさせたり、錯覚をつくりあげたり。

 

技法は要らないかも知れませんが、簡単ではないです。

練習を重ねた演技力が必要です。

 

「マジシャンに見事にだまされた」

という気になった方がいるとすれば、おそらくこのセルフ・ワーキング・マジックを指しているのかも知れないと思います。

 

実は、佐久田はこれが苦手です。理由は簡単です。なぜなら演技力がないから。

 

 

 

演技力がない方でも、マジックは楽しむことはできます。

少々練習は必要になってきますが、その過程をも楽しむことができる人なら確実に上達するでしょう。

おそらくよほど今度の宴会で披露するとかという野望がなければ、練習する時間はたっぷりあるでしょうから。

 

有名なマジシャン、ラリー・ジェニングスが「ラリー・ジェニングスの カードマジック入門」の冒頭で

「クロースアップマジックには別の側面もあり、コンサートピアニストのように練習を積み重ね、芸術のように美しく演じられるものもあるのです。」

と言っています。

 

 

そういうレベルを誰もが目指すわけではないですが、やはり憧れるわけです。

 

たとえば「クラシック・パス」という古典的な技法があります。今ではあまり使われず、これを乱発する手順のマジックには批判のコメントが集まる類のものです。

けれども、昔は必須の基本技法としていたテキストもあったようです。

 

「クラシック・パス」は、相手にわからないように一瞬のうちに一組のカードの上半分と下半分を入れかえてしまう操作のことを言います。

それである特定のカードを特定の位置に移動させたり保持したりします。

 

日本で「クラシック・パス」の名手でまず思い出されるのはふじいあきらさんです。

つまり、ふじいあきらさんの超絶技法を持ち出すでもなければ、「クラシック・パス」は人前で決して演じるものではないということです。

 

何しろあるマジシャンは、パスを習得しようとする者に向けたアドバイスをただひと言。

「客の見てないときにやれ」

 

 

 

そう言われたら、「クラシック・パス」をマスターしたくなるじゃないですか!

 

…で、これが「大リーグボール養成ギプス」じゃなかった「クラシック・パス養成ステンレス・カード・デッキ」。

 

 練習用

 

こういうものが存在すること自体、すごくマニアックな世界でしょう?

 

 

 

 

 

 

コーヒーを飲めば死亡リスクが小さくなる !?

今回はコーヒーのお話です。

前回の緑茶のついでに、というと、コーヒー好きにはちょっと失礼になるでしょうか。

という私も、実は毎日1杯のコーヒーから朝を始めるコーヒー好きです。

コーヒーの良い効果が立て続けに発表されているのは
ひいきを自重して、少し一歩引いたほうが良いのかなという思いはあります。

昨年の6月の報告ですが、コーヒーに関する研究です。

Association of coffee drinking with total and cause-specific mortality
Freedman ND et al. N Engl J Med : 366(20):1891-904 , 2012

コーヒーを飲むと死亡リスクが下がるというお話です。

コーヒーを飲むことと死亡リスクとの関連性を明らかにしようとするもので
50歳から71歳の22万9千119人の男性と17万3千141人の女性を対象に、総死亡率と原因別死亡率でコーヒーとの関連性を検討しました。
対象者の中から、ガン、心臓病、脳卒中を持つ参加者は除外しています。

その結果では
1995年から2008年の間に、3万3千731人の男性と1万8千784人の女性が死亡。

年齢だけで補正すると、実は死亡リスクはコーヒーを飲む人で増大していました。

ただし、コーヒーを飲む人は喫煙する傾向にありましたので、
タバコ喫煙の有無や、その他の潜在的な交絡因子を調整したところ
コーヒーの摂取と死亡リスクの間に有意に逆相関することがわかりました。

つまり、コーヒー摂取量が増えれば、死亡リスクが小さくなるということです。

コーヒーを飲んだ男性と飲まない男性とを比較して

コーヒーを飲まない人の死亡リスクを1.0とした場合、コーヒーを飲む人は

1杯未満 0.99
1杯 0.94
2、3杯 0.90
4、5杯 0.88
6杯以上 0.90

 

女性の場合

1杯未満 1.01
1杯 0.95
2、3杯 0.87
4、5杯 0.84
6杯以上 0.85

 

簡単に言えば、1.0より小さいと死亡リスクが小さいという意味です。

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心臓病、呼吸器疾患、脳卒中、ケガや事故、糖尿病や感染症による死亡は、コーヒーを飲むとリスクが減少。

その一方で、ガンによる死亡は減少しなかったようです。

 

この報告で注意しないといけないのは、コーヒーと死亡リスクの因果関係をきちんと示しているものなのか

実はコーヒーとは関係なくて、ただの表面を見ているものなのかが、今回のデータからは判断できないということです。

もしかしたら、偶然に死亡リスクの低い人たちが、たまたま単にコーヒー好きだった、と言えなくもない?

この報告を見て、それじゃあ、コーヒーをたくさん飲もうじゃないかと考えている方にはご注意いたします。

カフェインの取りすぎは人によっては血圧を上昇させたり、不眠、頭痛などの副作用もあります。

作用があるものには、必ず副作用があるものです。

嗜好品はやはりほどほどが良いですよ。

緑茶飲料は好きなんですが。減量には効かない !?

個人的にはやはり残念に思っているのでしょうか。複雑な感じの報告が発表されていました。

緑茶飲料(あるいは、緑茶からなる製品)は、体重を減らそうとか、太らないように維持するとか、そういう効果はほとんどないんだよという調査報告です。

緑茶飲料に関しては、佐久田自身、実を言うとダイエットの宣伝文句に「本当かなあ」と思ってはいたものの

でも、「どうせ飲むならスポーツドリンクよりはマシだろう」と思って商品を選んでいた傾向があります。

自分も少しは健康に注意しているんだよという気になって、それが自己満足だろうとなんだろうと気持ちが良かったのです。

でも、ここはきちんとはっきりさせた方が良い領域であると思います。

(心のどこかに「信じていたい」という気持ちがあるのかも。)

報告はコクラン・システマティックレビューからです。

コクラン・システマティックレビューというのは、EBM(根拠に基く医療)の考え方を基本に、信頼性の高い研究を集めて最良の治療法を提示しようとするものです。

医療者にとっては「コクラン・ライブラリに載っているのなら間違いはないな」と思うほど、信頼度が高いものです。

Green tea for weight loss and weight maintenance in overweight or obese adults.
Cochrane Database Syst Rev. 2012 Dec 12;12:CD008650. doi: 10.1002/14651858.CD008650.pub2. (Review)

だいたいの内容はこうです。

緑茶飲料は、宣伝文句の通り、体重を減らしたり維持したりするものとして知られています。

緑茶に含まれるカテキンとカフェインがエネルギー代謝を増やす働きがあると信じられているからです。
それが減量に役立つものとされていました。

今回の調査の目的は、緑茶飲料(あるいは、緑茶からなる製品)が
肥満の成人にとって、減量に有効なのか、または体重維持のために有効なのかを評価することでした。

データベースを検索して、データを収集し分析していて

面白いのは、日本で行われた研究と日本国外で行われた研究を分けて結果を出している点です。

日本では飲む量も違いますし、国外のデータとごちゃまぜにしたら、分析できませんからね。

研究の長さは12~13週間。

まず体重減少について

日本以外 -0.04Kg (532名の参加)
日本 -0.2~-3.5 Kg(1030名)

 
 

次にBMIの変化

日本以外 -0.2 Kg/m2 (222名)
日本 -1.3 Kg/m2 (1030名)

 
腹囲 

日本以外 -0.2センチ(404名)
日本 +1センチ~-3.3センチ

 
 

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レビューアーの結論として
体重減少はあるようだが、非常に減少幅が小さくて、統計的も効果があるとはいえず、臨床的にも重要ではないだろう
とのことでした。

緑茶飲料に過大な期待をしてはいけませんよというお話かな。

いずれにせよ、地道に食事療法&運動をしないといけないということでしょうね。

そうは言っても、緑茶飲料は嗜好品として佐久田は好きなのですけれども。

せめて、これで値段が安くなってくれれば良いです。

クリニックを明るくしてくれる絵たち

さくだ内科クリニックには、「院内美術ギャラリー」と呼びたくなるような作品たちが並んでいます。

訪れる方々からは「すごく癒されます。」という言葉をいただいたり

「色が本当に鮮やかで明るい気持ちになりますね。」という言葉をいただいています。

これらは「あがぺエ子供造型教室」の子供たちの絵です。

大人にはマネのできないカラフルな色づかいに目が留まり、心に響きます。

そのイメージの豊かさが、本当にのびのびとした気持ちにしてくれます。

「子供たちの絵画や造形には、その子らしさに満ちあふれた表現が必ずあります。なによりもそれを大切にして、創作することの楽しさと喜びを一杯に感じることのできる、そんな教室でありたいと思います。」

 

教室の先生の言葉です。

子供たちの絵を見ていると、その意味がわかる気がします。

さくだ内科クリニックも、偶然ですが「いつでも どこでも その人らしく」を合い言葉(モットー)にしています。

「その子らしさ」に満ちあふれた絵画の表現が、楽しく喜びに溢れた雰囲気をクリニックの中にかもし出してくれているのは、本当に嬉しいものです。

皆さんも、是非足を運んで、ご覧になりませんか?

 

写真が下手ですが、絵の紹介をしますね。

 

下は、玄関から入ると皆さんをお迎えしてくれるシーサーの絵です。

写真をクリックすると絵が拡大されて鑑賞できるように設定してみました。
gate

問診室の絵は楽しいティータイムのお菓子という感じです。

DSCN2292

下は透析室の入り口にある絵です。やさしい雰囲気が印象的で、「この絵が好き」という方がたくさんいます。

HDfar

診察室の中にはとりわけカラフルな絵があります。受診した方々を明るくお迎えしてくれます。

奥の絵にも思い入れがあるのですが、それはまた次の機会に。

OPDroom

 この絵たちに、本当に感謝です。

趣味のお話

間違った覚え方をしてしまったのかも知れませんが、ある落語家さんが、「趣味」の定義を
「人に迷惑をかけるのが趣味」
と言っていたのを、へ?と思って、ちょっと置いて、なるほどなあと感心したことがあります。

だいぶ前の話なので、落語家さんだったのか、糸井重里さんのような人が言っていたのか、

本当は誰であったのか定かではありませんが
それが誰であろうとも、逆説的なたとえではあるとは思います。

「この人、こんな趣味を持っててね。まったく困ったもんです。」
と趣味を非難されようものなら
「ひとりで静かにやっているんだから。誰にも迷惑をかけているわけではないから好きにさせろ。」
というのが趣味に熱中している本人の言いぐさだったりします。きっと本気でそう思っています。

けれども、釣りにしても、カラオケで歌うのにしても、読書にしても、実は本当のところ周りにささやかな迷惑をかけているのかも知れないというお話です。

あの「週刊ブックレビュー」で有名な大の読書好きの故・児玉清さんでさえ

「奥さんや娘さんに、いつも本ばかり読んでいてと咎められていたそうなのですが、番組に出るようになってからは〝本を読むのも仕事のうち〟、そう言えるのが嬉しいんだと何度も言っていました」

と番組のプロデューサーが語っておりました。

釣りも大量に釣れたら釣れたで、魚を処分にするのが毎度の苦労かも知れないし。
カラオケも、盛り上がっていると思ったらいつの間にか「一人カラオケ」状態になっているかも知れないし。
あ。「寝ることが趣味」って言っている人も、連絡取りたいのにイザというとき連絡が取りにくい相手だと思われているかも知れないし。

半分強引な理由づけかも知れませんが、気づかないところで迷惑をかけているかも知れないということです。
特に趣味に熱中している人はそういう周りへの気配り心配りがすっ飛んでしまっているでしょうから。

そういう長い前置きをしたうえで、自分の趣味の話題に入っていくのは、周到な確信犯っぽいでしょう?(笑)

私は、趣味が昂じても知識や技能で秀でるわけではないですが、趣味が多い人間です。
たとえば、形のあるものが好きです。何でも形から入るのもその傾向からかも知れません。

フィギュアが好きで、研修医時代にウルトラマンの顔(人間サイズの時のです。)をつくったことがあります。

もう20年近くも前の話です。
廃品のヘルメットを利用して、それをかぶって、なりきりができる仕様です。

材料は陳腐でしたが、かなりイイ線の出来栄えでした。
仕上げにシルバーのラッカースプレーで塗装したのですが、研修医寮の密室状態の部屋の中でやったものですから、成分が充満して意識がフラフラとなってしまいました。

アホですな。

ちょうど隣室の同期のK林先生に発見され、助けられて事なきを得たという思い出があります。

K林先生には怒られました。
今ならバレたら研修委員会にかけられて、きっと問題になっていたところです。

godzilla

写真はゴジラ生誕50周年のミレニアムシリーズ最後の作品FINAL WARSを記念した清涼飲料水についていたおまけのフィギュア。

来年2014年はゴジラ生誕60周年になるので、ゴジラファンとしては東宝さんが正統ゴジラ映画を作ってくれないかなと思っています。

いちはやくハリウッド版「GODZILLA」は、2014年5月に公開するというお話があるようです。

godzilla-teaser-poster2

 

興味のない方には、迷惑な、趣味のお話でした。

心のつぶやきと認知行動療法

内科を標榜している医師として、病いを抱える方に向きあうためのひとつの手段として、認知行動療法のアプローチの仕方にとても関心があります。
(認知行動療法は英語でCognitive Behavior Therapyといい、CBTと略します。)

本を読んで勉強していましたが、さすがにこれは独学ではいかんだろうと思いました。

実際を知らずに現場で使うには申し訳がないと思い、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長の伊藤絵美先生による専門家向けのワークショップを受講させていただきました。

人の心の動きや生活を、気分、感情、考え、感覚、身体の反応、行動という要素に着目して、あたかも自分を外から眺めるように自分を分析していくものです。

すべてのことをあるがまま as it is に見ていきます。

興味深いのは、CBTは他者救済の発想ではなく、自分が自分に取り組むツールなのだということでした。

だから、どんな人でも可能のようです。

「認知(考え・イメージ)」や「行動」は修正がきくというスタンスは、「他人は変えられないが、自分は変えられる」に通じるものがあります。

自分が今、どんな感じや思いで、その事柄に対面したか。どんな考えで行動を起こしたか。

そのセルフトーク(つぶやきや口グセ)を注目していきます。

自分の偏見や固定観念、思い込みに気づくようになります。

例えば、「ヒトはしっかりしないとダメだ」という口グセの親に育てられた人は、必要以上にモノゴトを完璧にこなそうとするかも知れません。

絶対にやり遂げないとダメだとプレッシャーを自分にかけ続けて、いつでも緊張し続けているかも知れません。

その自分の考えを対象化して、距離を置くことができれば「ありのまま、そのままの状態」がそこに浮かびあがってきます。

今の自分のありのままがわかれば、受容することもできるかも知れません。

受容や変容ができなくても、この「ありのままの自分を知ろうとすること」自体が大切なのではないかと思っています。

セルフ・ヘルプはそこから始まっていきます。

やり方は何でもいいですね。

思いつくままを紙に書き落とすでもいいし、それこそ静かに瞑想するでもいいし。

佐久田は、出来事をメモ書きするだけの簡単な日記を書くようにしています。