「解錠師」

 

 

今回、学会出張の飛行機上の読書は

解錠師 スティーヴ・ハミルトン著 越前敏弥訳

 

 

解錠師の原題が「The Lock Artist」

 

 

「八歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイク。

だが彼には才能があった。

絵を描くこと、そしてどんな錠も開くことが出来る才能だ。

孤独な彼は錠前を友に成長する。

やがて高校生となったある日、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり

芸術的腕前を持つ解錠師に…。」

 

 

サスペンスやミステリーの触れ込みですが

(「このミステリーがすごい!2013年版 海外編」第1位らしいです。)

訳者あとがきにあったように、良質な「青春小説」といった方が良いかも知れません。

 

 

特殊能力を持つゆえに犯罪に巻き込まれてしまう内省的な少年が

その瑞々しい心情を告白するような手記形式で物語は語られていきます。

 

 

読者は、「引き返すチャンス」を主人公とともに強く意識しながらも

主人公の選択に共感し、応援のエールを送ります。

なぜなら、主人公は「守りたいひとつのものを守るために」道を選択しているから。

後戻りしないのは、そのためです。

 

 

運命の力に翻弄され、あやつられているようでも

「守りたいもの」を定点としている彼は

とても強いのです。

 

 

つい十代の頃を思い出して、こっ恥ずかしい気持ちを抑えながら読んでいました。

 

 

禁煙外来の卒煙証書

 

 

今週、さくだ内科クリニックの禁煙外来初の修了者が出ます。

 

開業間もないクリニックの禁煙外来を初めて希望された方で

 

今回、見事に卒煙を達成されました。

 

少し気が早いですが、卒煙証書を準備いたしました。

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嬉しい限りです。

 

禁煙は決して「タバコが欲しくなくなること、その悟りを得ること」ではありません。

 

これからも禁煙はずっと努力をし続ける地道な道のりです。

 

しかも、いちいち誰も励ましてはくれません。

 

かえって誘惑の方が強いかも知れませんね。

 

逆に禁煙が頓挫すると、一斉に非難の目が向けられ

 

自暴自棄になったり、自己嫌悪に陥ったりするものです。

 

タバコが欲しくなった時は、以下のようなことを思い浮かべましょう。

 

l  タバコの害について自分なりにイメージをもつ

l  禁煙しようと思った理由や禁煙中の努力を思い浮かべる

l  禁煙してよかったことを考える

l  ラクな気持ちで禁煙を続ける

l  禁煙できたことに自信をもつ

l  禁煙中の仲間をみつける

l  家族や友人に禁煙宣言

 

そして、忘れてはならないこと。

 

一度禁煙が失敗したからってあきらめてはいけません。

 

何度も何度も挑戦していくこと。

 

その行為が大切なのだということです。

 

さくだ内科クリニックでは、禁煙したい方をサポートし続けます。

 

 

「ほぼ日手帳」の日々の言葉

 

前にも書きましたが、私は『ほぼ日手帳』ファンです。

 

『ほぼ日手帳』は、1日1ページの手帳で自由に使えるのが便利で 

そのほかに、楽しみにしているのが

各ページの下にある『365日の日々の言葉』です。

 

これは『ほぼ日刊イトイ新聞』のコンテンツからの名言、迷言を抜粋したものですが

「うまいこと言うなあ」と感心するものや

『言いまつがい』のように、思わず声を出して笑ってしまうものもあります。

 

hobonichi

 

その中でも、特に糸井重里さんの「今日のダーリン」の中からの抜粋は

共感したり、考えさせられたり、勉強になります。

 

 

たとえば、4月23日からの抜粋

 

「前例にならう」っていうの、徹底的に疑ったほうがいい時代になっている気がする。

最終的に、前例にならったっていいとは思うのですが、まずは、

なんとかじたばたしてみて、「前例にだけはならわない」というところで発想する。

そして、「やっぱり前例って、たいしたもんだ」ということになったら、ならえばいい。

変えようともしないで前例を持ち出すのは、とにかく、やめたいものです。

―糸井重里が『今日のダーリン』の中で

 

 

「なるほど」と思って、唸ったものです。

この前例に対する考え方

佐久田がそうありたいものだと考えていることです。

 

 

 

 

ビタミン注射についてのお知らせ

 

2018年2月12日追記:

2018年2月から、当クリニックでのビタミン注射の新規の受付を中止しております。

申し訳ありませんが、ご理解をよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

日常診療のなかで、地域の方々の要望が多かったこと。

 「にんにく注射」をはじめとする、いわゆる「ビタミン注射」でした。

 

 

「疲れているので、注射や点滴をしてほしい。」

「家族に点滴をうってもらっておいでと言われてきた。」

 

ご本人や家族にとって、ご自身の体の調子に目を向けていること

「疲れているけれど、今は休めない」

「自分が風邪でもひいて倒れたら、みんな困る」

何とか健康で日々の激務をこなしたいと思っていらっしゃる方がどんなに多いことでしょう。

 

 

「にんにく注射」は、ビタミンB1(フルスルチアミン)が主成分です。

ビタミンB1は、筋肉に溜まった疲労物質の乳酸を取り除くために役立つと言われています。

もちろんビタミンですから、その効果に個人差があります。

なぜ「にんにく注射」と呼ぶかというと、何もにんにくのエキスを抽出しているわけではありません。

 

このビタミンB1を注射するとき

鼻や咽喉の奥から、にんにくのような匂いがするからなのです。

 

 

 

ところでお願いがあります。

最寄りの救急センターなどを受診して、「ビタミン注射」や「点滴」などを

同じように要望するのはおやめになってくださいね。

 

救急診療で必要な点滴は、多くが「補液目的」なのです。

脱水や電解質の補正

酸塩基(体が酸性なのかアルカリ性なのか)のバランスの補正

脚気やウェルニッケ脳症などの極端なビタミン欠乏症の補正

などのために行うものです。

 

救急センターで、点滴を希望したのに

「あなたは点滴は必要ないですよ。」と医師に言われた方もいらっしゃることでしょう。

 

救急診療は、地域みんなで守ることが大切です。

 

尿酸値を下げる薬と痛風発作

 

 

痛風発作で痛みに耐えながらクリニックを受診される方がいます。

 

血中の尿酸値が高くなり、それが長く続くことで

尿酸の結晶が関節に沈着することで起こります。

 

尿酸値を下げる薬がありますが

急激に下げると、痛風発作を起こしてしまうことがあるということは

常識として知られています。

 

尿酸値をゆっくり下げるように、少ない量から飲み始めるなどの工夫をしながら

薬の処方にも注意しています。

 

薬剤の添付文書にも基本注意事項に、以下のように記されています。

 

l  急性痛風発作がおさまるまで、本剤の投与を開始しないこと。

 

l  投与初期に尿酸の移動により、痛風発作の一時的な増強をみることがある。[血中尿酸値を測定しながら投与し、治療初期1 週間は1 日100mg投与が望ましい。]

 

 

その常識とされていたことに、改めて疑問を投げかけた方々がいました。

本当に、痛風発作がおさまるまで

アロプリノール(尿酸値を下げる代表的な薬です)を飲むことはいけないことなのかという疑問です。

 

 

Initiation of allopurinol at first medical contact for acute attacks of gout: a randomized clinical trial.

 

Am J Med. 2012;125:1126-34.

 

 

7日以内に痛風の急性発作を起こした57人の男性に参加してもらいました。

 

最初の10日間

 

アロプリノール、300 mg/日 ( 31人) 内服を開始するグループと

プラセボ (26人) 内服を開始するグループに分けました。

 

つまり、痛風発作にも関わらず、わざとすぐにアロプリノールを飲んでもらうということをしてもらったわけです。

 

プラセボというのは、今までの注意事項、つまり「発作がおさまるまでアロプリノールを飲まないでください」を守ってもらう飲み方を再現したわけです。

 

 

 

ただし、すべての患者に

 

インドメタシン(消炎鎮痛剤)を50 mg 1 日 3 回(10 日間)

コルヒチン(痛風発作の緩解および予防の薬)0.6 mg 1 日 2 回(90 日間)

 

内服をしてもらっています。

 

 

そして

11 日目から 30 日目まで、すべての患者に

アロプリノール300 mg/日 を飲んでもらいました。

 

結果は

意外なことに、両グループ間で痛風の急性発作や再発の程度に差が出なかったということでした。

 

 

興味深い調査報告だと思います。

 

ただし、差が出なかったというだけで

尿酸値を急激に下げても、発作が出なかったということではないですね。

 

この調査報告の結果を臨床の現場で役立てるとすれば

どこにあるのでしょうか。

 

人というのは、発作がおさまるまでの1週間後とか

待っている間に、もう痛風や高尿酸血症のことをすっかり忘れてしまって

処方されたアロプリノールまでも忘れてしまうことがあります。

(人間っていうのは痛みが過ぎたら、忘れてしまう動物ですから)

 

そういう人には

「痛風発作に差がないようですから、アロプリノールをはじめから飲んでもいいですよ。」

という根拠にはなるかも知れません。

 

 

 

「April Come Daddy Will (4月になれば父は)」

 

 

高校生になる長女が、幼稚園(保育園?)に通っている時に

私あてに手紙を書いてくれたことがありました。

10年以上も前のことです。

 

 

その手紙。

実は今でも大事にしている手紙です。

というのも、すごく神秘的で予言的な文面だったからです。

 

 

子どもだけがもつ能力を駆使して

(例えば、『となりのトトロ』のサツキとメイだけが「まっくろくろすけ」を見ることができたように)

私を励ましてくれていると思ったものでした。

 

 

ただその時、私がどんな状況だったのか

例えば、疲れていたとか精神的に参っていたとか

それさえも、今となっては思い出せないでいるのですが。

 

 

これが、その手紙です。

 

letter from little girl

 

「おとうさん

いつもおしごと

ありがとう。

4がつになったら

たのしいことが

いっぱいあるよ。」

 

 

最近、娘にこの手紙を見せたのですが

「え、なに?なぜ4月? お父さん、この時、何かあったの?」

全く覚えていないそうです。

 

 

小さな子どもが

サイモン&ガーファンクルの「4月になれば彼女は(April Come She Will)」を知っているわけがないし。

 

 

いつの4月なんでしょう?

4月になるたびに、密かに期待している自分がいます。

 

 

 

桜の木と「後ろのクリニック」

 

妻の友人たちから、開業の際に何か記念になるものをということで

 

桜の木をいただきました。

 

クリニック裏の「緑地帯」に植えています。

 

cherry 

 

「さくだ」に語感が似ているということが選んでくれた理由かと思いますが

 

寒緋桜の花言葉が

「あでやか」

「善行」

「心の美」

 

嬉しい記念品をいただいて喜んでいます。

 

 

来年の春になって、花が咲いたら

 

スタッフみんなでお花見をしようと楽しみにしています。

 

 

 

ところで、クリニックに開院当初から通院してくれているNさんが教えてくれました。

 

「団地のみんなは先生のところを 『 (団地の) 後ろのクリニックって呼んでるよ。」

 

「へえ。面白いねえ。Nさん、「前」 はどっちなの?」

 

「「前」 は南側さあ。「後ろ」 はこっち。」

 

なるほど。

 

「後ろのクリニック」で「さくだ内科クリニック」が通じてくれるのだったら

 

地域の皆さんに親しまれてきたということでしょうね。

 

世話好きのNさんは、何かとクリニックのことを気にかけてくれていて

 

話のついでに宣伝してくれたそうです(笑)。

 

 

 

「それでも人生にイエスと言う」

先日、東京で学会のついでに寄った本屋で

フランクルの著書の特集をしていました。

 

何が書いてあるかは、もちろん知っています。

それでも、衝動買いをしてしまいました。

 

 

「それでも人生にイエスと言う」V・E・フランクル著

 

 

フランクルの言葉に触れていると勇気がもらえるからです。

 

 

例えば、27ページの文章

 

 

私たちが「生きる意味はあるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。

つまり、わたしたちは、生きる意味を問うてはならないのです。

人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。

私たちは問われている存在なのです。

私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない。

答えを出さなければならない存在なのです。

生きること自体、問われていることにほかなりません。

私たちが生きていくことは答えることにほかなりません。

そしてそれは、生きていることに責任を担うことです。

こう考えるとまた、おそれるものはもうなにもありません。

どのような未来もこわくはありません。

未来がないように思われても、こわくはありません。

もう現在がすべてであり、その現在は、人生が私たちに出すいつまでも新しい問いを含んでいるからです。

すべてはもう、そのつど私たちにどんなことが期待されているかにかかっているのです。

その際、どんな未来が私たちを待ち受けているかは、知るよしもありませんし、また知る必要もないのです。

 

 

この著作の中で、フランクルはひとつの格言を引用しています。

 

 

「もし私がそれをしなければ、だれがするだろうか。

 しかし、もし私が自分のためにだけそれをするなら、

 私は何であろうか。

 そして、もし私が今しなければ、いつするのだろうか。」

 

 

人は唯一のものでありながら、何かに尽くさなければ無意味であるということ。

 

そして、「生きるとは、問われていること、答えること。」というコペルニクス的転換。

 

 

学会でめぐり合ったこの本に、なぜか引き寄せられたような気がします。

 

 

 

内科学会に参加しました

 

4月13日の夜に東京に入り、14日の朝から

 

第110回日本内科学会総会・講演会に参加してきました。

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楽しみにしていたのが、実践的生涯教育プログラムの中の

 

「内科医への認知症診療アドバイス」という企画で

 

事前参加予約が必要ということもあったのですが、参加できて良かったです。

 

非常に勉強になりました。

 

特に、内科医に求められているのは画像検査にいたる前の

 

問診や内科学的診察、神経学的診察だったりするわけですが

 

わかりやすく、まとめていただいたと思います。

 

 

特に、役者さんが演じる模擬患者を前に、専門医の診察手順を実際に見せてもらったのは

参考になりました。

 

診療の課題をまたひとつ、与えてもらった気がします。

 

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