心のつぶやきと認知行動療法

内科を標榜している医師として、病いを抱える方に向きあうためのひとつの手段として、認知行動療法のアプローチの仕方にとても関心があります。
(認知行動療法は英語でCognitive Behavior Therapyといい、CBTと略します。)

本を読んで勉強していましたが、さすがにこれは独学ではいかんだろうと思いました。

実際を知らずに現場で使うには申し訳がないと思い、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長の伊藤絵美先生による専門家向けのワークショップを受講させていただきました。

人の心の動きや生活を、気分、感情、考え、感覚、身体の反応、行動という要素に着目して、あたかも自分を外から眺めるように自分を分析していくものです。

すべてのことをあるがまま as it is に見ていきます。

興味深いのは、CBTは他者救済の発想ではなく、自分が自分に取り組むツールなのだということでした。

だから、どんな人でも可能のようです。

「認知(考え・イメージ)」や「行動」は修正がきくというスタンスは、「他人は変えられないが、自分は変えられる」に通じるものがあります。

自分が今、どんな感じや思いで、その事柄に対面したか。どんな考えで行動を起こしたか。

そのセルフトーク(つぶやきや口グセ)を注目していきます。

自分の偏見や固定観念、思い込みに気づくようになります。

例えば、「ヒトはしっかりしないとダメだ」という口グセの親に育てられた人は、必要以上にモノゴトを完璧にこなそうとするかも知れません。

絶対にやり遂げないとダメだとプレッシャーを自分にかけ続けて、いつでも緊張し続けているかも知れません。

その自分の考えを対象化して、距離を置くことができれば「ありのまま、そのままの状態」がそこに浮かびあがってきます。

今の自分のありのままがわかれば、受容することもできるかも知れません。

受容や変容ができなくても、この「ありのままの自分を知ろうとすること」自体が大切なのではないかと思っています。

セルフ・ヘルプはそこから始まっていきます。

やり方は何でもいいですね。

思いつくままを紙に書き落とすでもいいし、それこそ静かに瞑想するでもいいし。

佐久田は、出来事をメモ書きするだけの簡単な日記を書くようにしています。

卵かけご飯を毎日食べても構わない理由?

卵かけご飯が好きな人にはGood News?かも知れません。

毎日1 個の卵を食べても、冠動脈心疾患や脳卒中のリスクが高まることはないと、2013 年 1 月 12 日付のBMJというイギリスの医学専門誌で発表されました。

 

Egg consumption and risk of coronary heart disease and stroke: dose-response meta-analysis of prospective cohort studies

BMJ2013;346doi:

 

Fig2

Fig4

ただし (こういうお話は、だいたい〝ただし”がつきます。)

糖尿病の方は、冠動脈疾患のリスクが増大するらしいということが示唆されています。(相対リスク1.54)

一方で卵を多く摂取する人は出血性脳卒中のリスクが低下するということも示唆されています。(相対リスク0.75)

 

卵は、コレステロールが高い食材で、制限される対象にされがちです。

しかし、安価であること、低カロリーであること、不飽和脂肪酸をはじめ、心血管リスクを減らすかも知れない他の栄養素を含んでいたりすることなど利点もたくさんあります。

そのような理由で、卵の摂取量と心血管疾患リスクは、前から議論され続けています。

 

今回の分析では、1日あたり1個の卵を摂取しても、冠動脈疾患のリスクが増大するという証拠は見つからなかったということでした。

言い方が回りくどいのをご注意ください。

「卵を食べると冠動脈疾患が減る」と言っているのではないです。

毎日卵を食べると、もしかして心臓に悪いんじゃないか?という疑問に対して

「イヤイヤ。卵を毎日1個食べてもそんなことはなかったよ。」というぐらいの意味です。

 

いずれにせよ、卵の好きな人には良いお話かも知れません。

卵かけご飯を毎日食べても構わない理由には、なるかな?

(ただし“最大1個”までということですよ。)

念を押しますが、糖尿病の方や高コレステロール血症の方は引き続き注意が必要ですね。

スヌスムムリクとその姉

クリニックの診察室のデスクにはいくつかの小物が置いてあります。

しっかりと診察室の住人となって、小さな子たちが受診した時に、お相手をしてくれます。

と、言うのは表向きの理由で、9割がたは、私の好みです。

誰もが憧れるスナフキンには特に思い入れがあります。

本名スヌスムムリク。原作、コミック、アニメの設定にもよりますが、少年にもなったり大人にもなったり。

自由と孤独を愛する優しい旅人。

お隣りは、異父姉のミイ。(母親はミムラ夫人です。)

ミイはスナフキンのお姉さんなんですよ。

訪れる子どもたちにはミイの方が人気があるようです。

Snusmumriken

さて。私の診察室にはスタッフが忍ばせているもう一つのフィギュアがあります。

「このサクダ人形、どこで作らせたんですか?」

という質問をしてくれた人がいましたが、とんでもないです。市販品です。

yuzu

 ただ一人だけ、このフィギュアの正体を言い当てた子どもがいて、それだけで親近感が倍増しました。

沖縄芝居の先生

年齢を重ねた方のお話というのは、具体的な経験がもとになっているだけに、心に響きます。

誰にも真似のできない、一冊の物語が広がっていきます。
クリニックで聞かせていただくお話は、何気ないものでも、物語の一端として非常に興味深いものです。
ある方から、最近、ある台本を貸していただきました。

NEC_0219
「今帰仁祈女殿内」(ナキジンヌンドゥンチと読むそうです。)
沖縄芝居の台本です。
そう。その方に触発されて、今、沖縄芝居について勉強中です。

その方は以前に「逆立ち幽霊」を新しい解釈で演出したり、「運玉義留と油喰坊じゃー(ウンタマギルーとアンダクェーボージャー)」を演じて喝采を浴びたり、沖縄芝居の世界では知る人ぞ知る高名な方なのですが

佐久田は残念なことにそこに通じていなくて、だいぶ失礼なことを言ったりしていました。恥ずかしながら。

そこを少しも腹を立てずに、優しく教えていただいています。
一芸に秀でている人って、年齢を重ねてさらに深みを増すような雰囲気がありますね。

アロハうがい

佐久田は朝にシャワーを浴びないと体も頭も始動せず、1日が始まらない人間です。

 

入浴に関して朝派?夜派?の議論があったり、また毎日のシャワーは実は体に良くないとか主張する方もいるらしくて、それはそれで面白い話題なのかも知れませんが、今日はそのシャワーの話ではありません。

朝の習慣の話です。

私の娘の朝の習慣は、皆さんに紹介しても良いのかなと思います。

 

「風邪の予防に、うがいをしてくださいね。」

と診察室では言うのですが、実際にうがいの仕方を再現してもらうと、なかなか上手にできない方が多いのに気がつきました。

どうせやるのなら、しっかりとした方法でうがいしたいですよね。

 

娘のうがい法を紹介します。

 

まず最初に口の中に水を含み、クチュクチュすすぎます。

そして、ぺっ!

いきなりガラガラはしません。口の中の汚れを外に出すのが目的です。

 

それから、改めてうがいをします。

上を向き、「ア~ロ~ハ~・ロ~ハ~・ロ~ハ~」と声を出しながらうがいです。

約10秒間かけます。

間違っても途中で息継ぎをしようと思ってはいけません。きっとむせてしまいますから。。

これが娘直伝「アロハうがい」です。

 

実際にやられるとわかると思いますが、「ア~」と声を出すと、のどが大きく開きます。奥の方に水があたってちょうど良いです。そして「ロ~」と声を出すと、口蓋垂あたり?に水があたるような感覚です。

そして何より、うがいを10~15秒間しっかりできるという利点があります。

 

いつの頃からか、娘が毎朝これをやりだしました。

最初は何事かと思いましたが、今はこのアロハうがい、「ア~ロ~ハ~・ロ~ハ~・ロ~ハ~」という声を聞かないと1日が始まらない気分になってきています。

 

うがいをしっかりして、風邪の予防につとめましょう。

オーバーナイト透析へ向けて準備すること

 

まだ準備段階ですが

夜間、寝ている間に透析をする「オーバーナイト透析」をどうやって安全に、しかも快適に提供していくかは、これからの課題です。

安全であることが絶対条件。

幸いに先にオーバーナイト透析をされている施設がありますので、もちろん、そのノウハウを教えていただきながらのスタートになると思うのですが
各施設なりの工夫はどうしても必要になってくると思います。

「こうやったらいいかも。」というものはあっても、「こうやるべき。」というものは存在しないと思うからです。
それを探していく作業は本当にワクワクします。

例えば、安全であることのほかに、オーバーナイト透析を受けていただく方々には良い睡眠をとってもらわなくてはなりません。
昼間の長時間透析とは違う、良い睡眠と休息をとってもらうことが大前提です。

透析をする度に夜勤のような疲労感を味あわせてしまうようでは困ります。
昼間は普通の透析室でも、夜間はパーティションで仕切ってプライバシーに配慮したい。

そのための工夫で、パーティション(間仕切り)をどうするかというのはひとつの課題でした。

下の図はだいぶ前に描いた佐久田なりのアイデアスケッチです。

partition2partition1

ほとんどボツになってしまいましたが(笑)

いくつかの案を検討して、形にしたのが下の写真のスライド式のパーティションです。

今日は時間が空いたので、パーティションを出してみて実際にどんな感じになるのかを確かめてみることにしました。

test1

ベッド周りのスペースは確認できましたが、 現場検証するには、昼間だったので明るすぎました。(当たり前です(笑))

それと、今回はパーティションの一部を出しただけだったので、全体の視野が確認できませんでした。

明日あたり、みんなで夜中に検証してみようということになりました。
もちろん、お泊り検証も必要です。

 

夏にかかった方も必要ですよ☆インフルエンザワクチン接種。お早めに

インフルエンザワクチンに関する質問の中に、よくあるものとして

「私、夏にインフルエンザかかったので、もう免疫ついてますよね。ワクチンやらなくても大丈夫ですよね。」

というのがあります。

麻疹や風疹、おたふくかぜならそうかも知れませんね。

けれども、インフルエンザはウイルスの型がいくつも存在していて、昨年流行したインフルエンザの型とは種類が違ってしまっています。

昨年インフルエンザにかかった方も、夏にかかった方も、ワクチンは必要なのです。

少しそれに関連した報告です。

 

国立感染症研究所が、インフルエンザ感受性調査の第2報(2012年12月27日現在)を公表しました。

これは、インフルエンザの本格的な流行が始まる前に、インフルエンザに対して人が免疫を持っているのかどうかを把握しようとするものです。
年齢別に調査されて、免疫の低い年齢層にはワクチン接種を強くすすめるインフルエンザ対策の資料となります。

・インフルエンザ抗体保有状況 -2012年速報第2報- (2012年12月27日現在)

調査したインフルエンザの種類の中で、最も免疫が低かったのはB型でした。
特に10歳未満および50歳以上の各年齢層は25%未満で比較的低い水準でした。

2012-2fig12012-2fig2
現在使われているインフルエンザワクチンは、A(H1N1)亜型、A(H3N2)亜型、B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのウイルスがワクチン株として用いられているそうです。

感染研は、コメントの中で、全国的にインフルエンザの流行期に入った点を指摘しています。
そして「まだ予防接種を受けていない人、特に本調査において抗体保有率が低かった年齢層においては、ワクチン接種などの早めの予防対策が望まれる」と求めています。

ワクチンは接種してからすぐに効果が得られるものではありません。
効果が現れるのは、2~3週間後になってきますので、早めにワクチン接種をしましょう。
インフルエンザの流行期に接種しても、実は残念ながら遅いのです。

ワクチン接種を希望する方はぜひ早めに相談ください。

ちなみに、これまで報告されている今季のインフルエンザはA香港型(AH3亜型)が多いとのことです。
このウイルスは、小児でインフルエンザ脳症の発生頻度が他の亜型や型に比べて高いことが報告されています。

冬休みもあけて学校が始まりました。
外出後のうがい、手洗いをしましょう。咳エチケットも習慣づけて、予防を徹底しましょう。

まどさん

 

「ぞうさん」の歌は、生まれてくる前からそこにあって、しかも、ずっとずっと知っている歌の代表です。

「ぞーォさん、ぞーォさん、おーはなが、ながいのね」というスローワルツの曲は、自分に子どもができた時にも、自然に口に出て唄って聞かせました。

 

きっと日本という国が出来たときからというのは大げさだけれど、それに近いぐらいに当たり前にそこにあるものだと思っていました。

日本に住んでいる人なら、この気持ちはどの世代にも通じるものだと思います。

 

小さい頃にはエンドレスにそのメロディを口ずさみながら、「そーよ、かあさんもながいのよ」のところを、

「かあさん」だけではひいきにしてしまっているようで申し訳なくて

時々祖母や父のために「ばーちゃん」バージョンや「とうさん」バージョンを替え歌にした記憶があります。

なぜかこういう記憶も通じてくれる人が多いです。同じことをしたと。

 

1953年にこの歌は誕生したというのですから、この歌は今年60歳、還暦を迎えます。

 

この歌には生みの親がいて、詞を書いた人と曲をつくった人がいる。

 

そんな当たり前のことに気づくのは、きっと人が成長して、ひょっとしたら思春期を迎える頃ではないでしょうか。

あるいはそれを過ぎてからかも知れません。

「ぞうさん」を現役に歌っている子ども達には、少なくともそんなことは全く意味を持ちませんから。

 

私は詩人まど・みちおさんのことを医学部の大学生になって好きになり、遠回りして「ぞうさん」の詞を書いた人だと知りました。

 

まど・みちおさんは11月に103歳になられました。

本当に素晴らしいことです。

 

「ぞうさん」については、作家の阪田寛夫さんが紹介してくれています。

 

小説『まどさん』の中に、「ぞうさん」をめぐるまどさんの話です。

「童謡はどんな受け取り方をされてもいいのだが、その歌がうけとってもらいたがっているようにうけとってほしい。
たぶんこういう風にうけとってもらいたがっている、というのはあります。
詩人の吉野弘さんの解釈が、それに一番近かった。吉野さんは、「お鼻がながいのね」を、悪口として言ってるように解釈されています。
私はもっと積極的で、ゾウがそれを『わるくち』と受けとるのが当然、という考えです。
もし世界にゾウがたったひとりいて、お前は片輪だと言われたらしょげたでしょう。
でも、一番好きなかあさんも長いのよと誇りを持って言えるのは、ゾウがゾウとして生かされていることがすばらしいとおもっているから。」

 

 

ゾウがゾウに生まれたことを喜んでいる歌だというのです。

「存在のかけがえのなさ」を肯定するまどさんのまなざしは、「みんなが、あるがまま、それぞれに尊い」と教えてくれています。

 

佐久田が大好きで大切にしている詩を紹介します。

 

 ぼくが ここに

             まど・みちお

 

   ぼくが ここに いるとき

   ほかの どんなものも

   ぼくに かさなって

   ここに いることは できない

 

   もしも ゾウが ここに いるならば

   そのゾウだけ

 

   マメが いるならば

   その一つぶの マメだけ

   しか ここに いることは できない

 

   ああ このちきゅうの うえでは

   こんなに だいじに

   まもられているのだ

   どんなものが どんなところに

   いるときにも

 

   その「いること」こそが

   なににも まして

   すばらしいこと として

 

 

本当に偶然ですが、沖縄に在住のまどさんのお孫さんと知り合いになり、そのご好意でまどさんのサインをいただくことができました。

すごく感動しましたし、本当に感謝感謝です。

家宝にしています。

 

madosign

一次救命処置(BLS)の講習

昨年の12月のことになりますが、さくだ内科クリニック全スタッフ参加でBLS(Basic Life Support)コースを受講しました。

BLSとは呼吸や心拍が止まった人に対する一次救命処置のことです。

特殊な器具や薬品は使わずに心臓マッサージと人工呼吸を行う心肺蘇生法(CPR)を主に、そしてAEDの使用までを行います。

医療従事者ですから、できて当然です。

けれども救命処置は日ごろから意識づけていること、定期的にトレーニングを行って自分たちのお互いの動きをチェックしていることが重要になってきます。

10月に初顔合わせをしたスタッフ同士、自分たちのスタンダードを再確認するという意味もありました。

幸いに日本救急医学会ICLS認定ディレクターの沖縄県立中部病院救急医の高良剛ロベルト先生と認定インストラクターの幸地友恵さんの協力を得て、有意義なトレーニングになりました。

Drtakara

座学の講義はほとんどなく、実技実習を中心としています。

おかげで翌日湿布薬を貼付しているスタッフも出ていました(笑)。

 BLStraining

BLStraining2

高良先生がコースディレクターとなってくれて、コースの質を保証する認定証の発行も申請してもらいました。

高良先生と幸地さんには本当に感謝です。

 BLS認定証
↑ 名刺大の認定証にしてもらいました。

 

佐久田の目標は、地域の市民の方々のトレーニングコースを開催したいということです。

AEDは知っているけれど、その使い方が分からないという方もたくさんいると思います。その場に居合わせる方がBLSを行うことで、どれだけの方が助かるでしょう。

状況が許せば、ぜひ実現したいです。

「次世代腎不全医療」

 

もちろん私見ですが、腹膜透析の診療を一生懸命されている先生達というのは、人間愛の深い方々が多いように思います。

 

以前の話になりますが、東京大学病院での腹膜透析の研修参加を快く引き受けてくれた石橋由孝先生(現在は日本赤十字社医療センターの腎臓内科部長をされています。)や、個人的にも親しくさせてもらっている富士市立中央病院の笠井健司先生など

お二人なら名前を出しても許していただけるだろうと思ったので書きましたが、ほかの先生方も、挙げたらキリがないぐらい愛深き方々が並びます。

 

特に石橋先生が提唱する「次世代腎不全医療」は、慢性疾患を抱える人々の生活を支えようとする人間愛を基点にしています。

その視点は、「人間の生きる意味」まで掘り下げてアプローチするものです。

人の心を深く理解しようとする、その謙虚な姿勢は頭が下がります。

 

石橋先生のレクチャーの前半の部分はそこから始まっています。

「治らない病気」となった人は、それを抱えてどう生きていったら良いのでしょうか。

絶望の中にいる人に、医療スタッフはどう接したら良いのでしょうか。

 

その問いかけの答えの手がかりとして(もちろん完璧な解答などないのでしょうが)

「夜と霧」の著者である精神科医のヴィクトール・E・フランクルの言葉を紹介しています。

 

(敷居が高く思うのでしたら、「NHKテレビテキスト フランクル『夜と霧』 2012年8月 (100分 de 名著)」をおすすめします。)

 

フランクルは、第二次世界大戦の際、ユダヤ人であるということだけでナチスの収容所に収容されました。

自ら過酷な経験をしたフランクルが、極限状態の中で、人間はどのように思い、行動していくのか。絶望の中で何に希望を見出すのかを書き残してくれました。

原題は「強制収容所におけるある心理学者の体験」です。

 

フランクルの言葉は、悩み苦しみの果てに疲れきった人々に向けられています。

 

「あなたがどれほど人生に絶望しても、人生の方があなたに絶望することはない」

 

「精神性の高い、感受性の豊かな人が体の頑丈な人よりも生き抜いた」

 

私が大切にしている言葉もあります。

 

「人間は常に人生から問いかけられている」

 

「人生からの呼びかけに応えていく」生き方への促しというのは、とても尊いものだと思います。

「この出来事は何の呼びかけだろうか」という問いかけは、「すべての物事には意味がある」と同様、絶望から希望を見つける一つの鍵であると思います。

 

石橋先生は、その視点を医療に持ち込み成果をあげています。

私が言うのもなんですが、これから先のご活躍も本当に楽しみな先生で、志が本当にさわやかなのです。

 

写真は2011年8月に行われた「TRCミーティング in Okinawa」のものです。前列向かって右から2人目、佐久田の隣りが石橋先生です。

 Exif_JPEG_PICTURE