「丸い水」

 

落語や江戸小噺は、大好きです。

 

ユーモアを学ぶには、やはり落語は最適でしょう。

 

 

誰一人として立派な人は出ないけれど

このどうしようもない人間世界を、愛すべき対象として笑い飛ばしてしまいます。

 

今回は、「水お望み次第」として知られている小噺の紹介。

 

 

江戸で、ある人が「水、お望み次第」という看板を見つけました。

 

店へはいると、甘い水、辛い水、どんな水でもお望み次第の水を出してくれるといいます。

「それなら、丸い水が欲しい」

そんな水があるわけがなかろうと、意地悪く注文しました。

 

すると主人はきれいな茶碗に水を持ってきました。

 

「これが丸い水か?」

「はい」

「これがどうして丸い水なんだ。」

「はい、スミ切ってございます。」

 

 

 

蛇足ながら、説明しますと (本当はこういうのがいけないんでしょうね。)

「澄み切る」と「角 切る」≒「丸い」をかけたお話でした。

 

 

 

第1回オーバーナイト&在宅透析勉強会&意見交換会のご報告

 

6月13日は、さくだ内科クリニックで

「第1回 オーバーナイト&在宅透析勉強会&意見交換会」を開催しました。

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第1回ということで、「蓋を開けてみないとわからない」という気持ちで臨みましたが

本当にいろいろな方々が来ていただいて、良かったと思います。

 

 

オーバーナイトや在宅血液透析は

長時間透析や頻回透析などの良い透析をするための手段であること。

長時間透析を普及させるために、改めて微力でもお役に立ちたいと思いました。

 

 

そして、やはり一番の収穫は

透析をしている方々の生の声が聞けたということが、本当に良かったと思います。

私達にとって貴重な時間でした。

 

第2回も是非予定したいと思いますので

その時はまたよろしくお願いします。

 

ありがとうございました。

 

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「Powers of Ten」

 

 

最初、1968年に作られたということが信じられなかったのを覚えています。

チャールズ・イームズさんが作成した教育映画

「Powers of Ten」

IBMが資金協力したというのも印象に残った映画でした。

「Powers of Ten」というのは「10のべき乗」という意味らしいです。

 

 

10のべき乗で正方形に区切られた枠を、カメラがどんどん上空へあがっていく映像です。

出発地点は、公園に寝そべっているある男性から。

どんどん、上空にあがっていき、やがて宇宙の果てまで広がっていきます。

その後、逆戻りしてミクロの世界に近づいていきます。

男性の細胞の中に入り込んでいって

最終的には陽子や中性子の姿を見せてくれます。

 

 

そのマクロからミクロへの広大な旅とともに、宇宙の壮大なイメージに想いが広がって

この世界の成り立ちの素晴らしさを実感できる映像です。

 

 

今もあるのでしょうか。

前に行った時には沖縄こどもの国のミュージアムにも常設展示されていました。

 

 

私はいつも観ていたいとDVDを購入しましたが

今はYou Tubeの時代ですね。

 

 

タゴールの「祈り」

 

 

E.キューブラー.ロスの「死ぬ瞬間 死とその過程について」という書物は

人が「悪いこと」を受容するまでの過程を示してくれます。

つまり「もっとも悪いこと」である「死」を受容するまでの過程です。

 

 

今日はそのお話ではなく、その本の各章の冒頭の扉に

インドのノーベル文学賞作家タゴールの詩があるのを紹介したいと思いました。

タゴールの詩は、昔から好きで、特に次の詩は人としてどうありたいかを切実に示してくれています。

 

 

危険から守られることを祈るのではなく、

恐れることなく危険に立ち向かうような人間になれますように。

 

痛みが鎮まることを祈るのではなく、

痛みに打ち勝つ心を乞うような人間になれますように。

 

人生と言う戦場における盟友を求めるのではなく、

ひたすら自分の力を求めるような人間になれますように。

 

恐怖におののきながら救われることばかりを渇望するのではなく、

ただ自由を勝ち取るための忍耐を望むような人間になれますように。

 

成功のなかにのみ、あなたの慈愛を感じるような卑怯者ではなく、

自分が失敗したときに、あなたの手に握られていることを感じるような、

そんな人間になれますように。

 

ルビンドラナート・タゴール

『果実採り』より

 

お知らせ(第3報)いよいよ明後日です。勉強会&意見交換会

 

おはようございます。

いよいよ今週木曜日、6月13日に

「第1回 オーバーナイト&在宅血液透析勉強会&意見交換会」を予定しています。

( 詳細はこちら→お知らせ(第2報) )

 

 

今、そのもととなるプレゼンを準備しているところですが

第1回である今回は、いきなり各論に持っていくよりも

「なぜオーバーナイト透析なのか」

「なぜ在宅血液透析なのか」

という本質的なところで、意見が交わせたらいいなと思っています。

 

 

問題の本質が共有できれば、方法などは自由な発想で後づけすることもできるでしょう。

目的がしっかりしていれば、オーバーナイト透析や在宅血液透析は

手段に過ぎないことも明らかになってくるのではないかと思っています。

 

 

第1回の意見交換会が活発な場になることを

心の底から望んでいます。

 

 

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子どもの たぬき寝入り

 

 

ラジオを聴いていたら、ほろっとくる放送がありました。

少し長めのお話だったので、番組の一部だったかキャンペーンCMだったのかは、最後までわかりませんでしたが。

 

 

幼い頃の回想です。

働いている母親が仕事から帰ってくると、毎晩、自分の寝室をのぞいてくれるのだそうです。

そして、掛け布団をかけ直してくれることが嬉しくて

寒い思いをしてでも、わざと掛け布団をずらして準備をしておくのだというお話でした。

 

 

ずっと後になって、母親とその話をしたときに

「どんなに疲れて帰ってきても、あなたの寝顔を見たら疲れがなくなったものよ。」

たぬき寝入りをしていたことも、承知していたというお話です。

 

 

こういう経験って、自分だけじゃなかったんだと、ふっと笑みがこぼれました。

 

 

たぬき寝入りというのは、もちろんウソ寝のことです。

なんとなくずるそうなイメージもありますが

子どもは親の愛情を受けたくて、寝たふりをするものですね。

 

 

私も幼稚園に入る前の頃、遠出した後に、自宅に戻るバスの中で

家が近くなったなと思ったら、眠くもないのに寝たふりをした覚えがあります。

 

バス停から、父におんぶしてもらうことが楽しみなのでした。

父は、私の下手なたぬき寝入りを見破っていたと思うのですが

背中の私に、語りかけながら、おんぶしてくれていました。

 

 

自分の子どもが、たぬき寝入りする時期はもう過ぎてしまいましたが

その気持ちがわかるだけに、幸せな気持ちになるのですよね。

 

子ども達のたぬき寝入りって、

どうしてこうもう親心をくすぐるのでしょう。

 

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かりゆしウエア

 

ついに、私もかりゆしウエアのデビューを果たしました。

 

今までポロシャツを愛用していたのですが

さすがにそれでは失礼になるような人物、場、機会に出会うことが多くなってきたため

沖縄県の正装中の正装。

沖縄県知事も愛用のかりゆしウエアです。

 

 

変化球が好きな人間ですので、開襟でなくスタンドカラーのタイプにいたしました

色は青空をイメージするブルーです。

 

あまり外見にこだわらないタイプだったのですが

少しは周りに迷惑をかけないように、見苦しくないように気をつけないと…。

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「ショーシャンクスの空に」

 

 

この映画は、DVDを観て好きになりました。

この作品自体、映画収支は赤字だったというお話が伝わってきますから

映画館で観ることもなかったのでしょう。

 

 

けれども、大好きな映画のうちのひとつになりました。

「ショーシャンクスの空に」は原作がスティーヴン・キングの中編小説「刑務所のリタ・ヘイワース」です。

 

観た直後に誰かが「実話だよ」と言ったら、そのまま信じたかも知れません。

それほど、この主人公に強い憧れがあります。

 

というのは、あれほどの過酷な状況にありながら

決して希望を失わず、あることを備えていた。

 

彼の気持ちに想いを馳せるとき、人間のもつ素晴らしさに感動するのです。

 

 

本音でぶつかるということ

 

「人の和」というものは信頼関係がベースなのだと思います。

信頼関係があれば、本音でぶつかることができます。

問題点や間違いに気づいたら、相手との信頼関係が構築されていれば

どんどん指摘しあうことができるでしょう。

 

けれども、信頼関係がなければ

嫌われたくないという理由で、意見を言わずに済ませてしまうでしょう。

 

本音でぶつからないチームワークは、うわべだけをとりつくろう気味の悪さが漂います。

薄ら笑いの仮面がならぶ無機質を強調したメッセージ・アートのようです。

本音とは本心・誠意をこめること。

相手に対しての誠実な想い。

 

 

曖昧にすることは、相手を信頼せず「どうでもいい」と突き放していることです。

「愛情」の反対語の「無関心」を態度で示しているものです。

 

嫌われることを半ば承知で (でも本当は嫌われたくないですよね)

問題点を指摘する人間は素晴らしいと思います。

相手に対しても、何より自分に対しても誠実な人なのだと思います。

 

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サッカー日本代表のメンタリティ

 

日本サッカー代表がやってくれました。

ワールドカップアジア最終予選。

 

昨日のスポーツ新聞は、これ一色でしたね。

 

それにしても!

本田選手のメンタリティには敬服します。

 

本田選手といえば、2011年のアジアカップ カタール大会の日韓戦で

PK失敗のこぼれ球を細貝選手に押し込んでもらったという記憶もあります。

私などは、そういう負のイメージをひきずるものですから、見ていて生きた心地がしませんでした。

 

しかし、あの場面で、前を向く強い気持ちは本当にすごいと思いました。

 

理屈ではないですね。

強くあること。

あきらめないこと。

 

見習いたいものです。

 

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写真は本文と関係のない猫の写真