コミュニティーFMラジオ放送

 

3月17日は「第31回 沖縄県人工透析研究会」(大会長:上江洲良尚先生)に参加してきました。

活発な演題発表が興味深かったです。

 

透析クリニックとして、他院の取り組みは参考になることもあり、勉強になりました。

次回は、さくだ内科クリニックからも発信できるようにしたいと思います。

20130317

 

さて、少し恥ずかしいのですが、宣伝です。

 

浦添市前田に コミュニティーFMラジオ放送局があります。

FM21」というラジオ局です。

 

 

今年の2月には10周年を迎えたそうですから、歴史があるラジオ局です。

地域に根づいていた活動をされているのでしょうね。

 

 

その「FM21」に

3月18日(月)の午後8時からの「ゆんたく健康トーク」(提供 浦添市医師会)という番組に出演します。

 

 

地域圏外の方でも、サイマルラジオで聴取できますので、もし良ければお聴きください。

パソコンからなら以下のリンクから。

サイマルラジオ

放送を聴く

 

スマホやiPhoneの聞き方を紹介したサイトはたくさんありますが、以下のサイトを紹介しておきます。

Android

サイマルラジオ for Android : スマホを使って日本全国津々浦々の情報をAir Check!無料Androidアプリ 

iPhone

iPhoneで録音機能もあるインターネットラジオ「FStream …

 

 

 

 

 

 

「アスクレピオスの杖」

ギリシア神話は、知れば知るほどに魅力があります。

 

ギリシア神話と医療についても、深い結びつきがあります。

象徴的なのが、アスクレピオスの杖ですね。

OCHmark

蛇が巻き付いている杖がアスクレピオスの杖です。

 

アスクレピオスはアポロンの息子です。

アポロンは幼いアスクレピオスの養育をケンタウロスの賢人ケイロンに託しました。

 

 

そして、アスクレピオスはケイロンを師として医術を学ぶようになります。

彼の医術の才能は早くから開花し、ケイロンを凌ぐほどに名医ぶりを発揮します。

最終的には、アテナから授かったメドゥーサの血によって死者を蘇生させるまでになりました。

 

 

冥界から死者を取り戻されてしまい、冥界の神であるハデスは激怒します。

ゼウスに「世界の秩序を乱すもの」として強く抗議し、ゼウスはこれを聞き入れました。

雷電をもってアスクレピオスを撃ち殺したのです。

 

 

アスクレピオスは死後、天に昇りへびつかい座になります。

古くから蛇は、脱皮を繰り返すものとして不死のシンボルとして崇められていたようです。

 

 

また、こういうお話もあります。

古代ギリシアには、アスクレピオスを祭る神殿が多く建てられていたようです。

一種の病院としての機能をもつ神殿でした。

 

 

病人は神殿にこもり、夢の神託を授かるのです。

その夢に治癒力が宿り、奇跡が起こったといいます。

 

 

もしかしたら、フロイトの夢療法のはるか先駆けなのかも知れませんね。

 

 

 

「座っている時間の長さ」と健康  文献から

 

運動が健康に良いことは誰でも知っています。

 

けれども、忙しくて運動ができない人は、たくさんいます。

 

そういう方たちも健康のために、実は最低限、出来ることはありそうだというお話かも知れません

 

それは「座っている時間」を減らすこと!

 

「座ってないで立っていること!」

(できたら体を動かすこと。)

 

その根拠となる、「座っている時間の長さ」と慢性疾患についての調査報告を紹介します。

 

Chronic disease and sitting time in middle-aged Australian males:findings from the 45 and Up Study
International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity
2013, 10:20 doi:10.1186/1479-5868-10-20

 

この調査の概要が以下の通りです。

 
このところ「座っている時間の長さ」が慢性疾患と関連する危険因子として注目されてきています。

 

ここでは、中年のオーストラリア人男性を被験者として、それが真実であるかどうかを調べています。

 

方法

オーストラリアで最も人口の多い州であるニューサウスウェールズ州が舞台です。

ウエルエイジングについての研究に参加している26万7千153人の母集団の中から

調査の条件に見合う45歳から64歳の6万3048人の男性を対象にデータを検討しました。

 

慢性疾患に関するデータ(心臓病、がん、糖尿病、高血圧、これら慢性疾患の組み合わせ)、座っている時間の長さ、身体活動などを調査しました。

table_t2
結果
1日に4時間未満「座っている時間」に費やしている集団のリスクの度合いを「1.0」として、何倍リスクが高くなっているかを比較しています。

 

4時間から6時間     1.06

6時間から8時間     1.10

8時間以上         1.09

 

また、座っている時間が6時間以上の集団では

4時間未満の集団よりも明らかに糖尿病である割合が高いという結果でした。

 

 

別の視点で似たような調査報告をしているものもあります。

 

Sedentary behaviour and life expectancy in the USA: a cause-deleted life table analysis

BMJ Open2012;2:e000828 doi:10.1136/bmjopen-2012-000828

 

この研究の舞台はアメリカです。

 

寿命と「座っている時間の長さ」との関連を人口動態調査によって明らかにしようとしたものです。

この調査はかなり直接的に「テレビを見る」=「座っている時間」と結びつけています。

 

 

結果は、毎日座ってテレビを見ている時間が3時間未満であると

寿命が2年延びるという結果になりました。

また、1日にテレビを見て座っている時間が2時間未満であると

寿命を1.4年延ばすことができるという結果が得られたのです。

 

 sitting time

 

 

1日の長さは決まっていますから

「座っている時間が長い」=「運動する時間が短い」というのは当然ですね。

 

けれども、これらの調査では、もしかしたら長時間座ったままでいること自体が良くないかもと教えてくれています。

 

運動できない人にとっても「できるだけ座らないように生活する。」というのは

良い視点なのかも知れませんね。

 

特に座って仕事をされている方、工夫して座らないように心がけたいですね!

 

(私もそうです。)

 

 

「リルケ」の思い出

 

高校時代に読んだリルケのいくつかを、ふと読み返してみたくなることがあります。

 

孤独に浸りたいとき?

 

詩人リルケは、どうも私の思春期の深い影のようなものの象徴です。

 

良きにつけ悪しきにつけ、人生はあらゆるところで苦悩に満ちたものであるということを教えてくれました。

 

少し古い日本語訳のせいか、そうでなくても深く格式のある表現のせいで

 

噛み砕くように読まなければ、ほとんど表面の上っ面をなぞるようになってしまう文章です。

 

でも、リルケの詩や文章に触れていると

 

なぜか懐かしく落ち着く感じになります。

 

 

 

リルケにまつわることで

 

思い出されるのは、大学受験の面接のとき

 

教官から「読書が趣味だということだが、好きな作者は誰だ?」と問われました。

 

私は面接用の“模範解答”を準備していたのにも関わらず

 

舞い上がっていたのか、口に出た言葉が

 

「宮沢賢治です。それと、リルケが大好きです。」

 

「ほう。リルケ…。」

 

「はい。マルテの手記などは何回も繰り返し読んでいます。」

 

「どんなところが良いのか?」

 

「 … 全部です。」

 

おそらく、その時の面接の点数は最低点だったと思います。

 

「その世界で孤独で、不安と不可解な苦悩に満ち溢れていて

 

自虐的に自分の内面をえぐり続けているところです!」

 

なんてこと、面接の時に吐露する告白ではないですよね?

 

何かのカウンセリングの時にとっておくべきだと瞬間的に判断してしまいました。

 

 

 

青空文庫でリルケの「老人」という短編が読めます。

 

3人の老人たちの描写が素晴らしい作品です。

 

 

 

 

「医師の信仰」

 

ウイリアム・オスラー博士の著書「平静の心」(日野原重明・仁木久恵訳)の中に

「医師と看護婦」という章があります。

 

 

その章の裏扉にトマス・ブラウン卿の文があり、その名前の注釈にこうあります。

「トマス・ブラウン(1605-1682):オスラーはブラウンを崇拝し、その著書『医師の信仰』を医学生の必読書としている。」

 

これを見てしまった私は、ぜひとも『医師の信仰』を読まなければならないと思いました。

 

ネットの古本屋を探し、何とか手にして読んでみました。

後で気づいたのですが、実は金沢大学の学術情報のサイトにpdf化された『医師の信仰』がアップされていて

読めるようになっているのですね。

 

金沢大学学術情報リポジトリ

 

いやあ、すごい世の中になったものです。

 

オスラー卿が崇拝したという偉大さの半分も理解できていないのかも知れませんが

当時28歳から30歳の頃、彼が研修医時代に執筆したものだということを考えてもすごい洞察力だと思いました。

 

例えば、この文。

 

 

人との接しかたについて言えば、私は太陽のごとく分け隔てせず、善人にも悪人にも親しみを込めて顔を向けている。

私が思うに、悪人など存在せず、極悪人も最良の人なのではないか。

悪人といえども、善き性質を保持し、その圏内にとどまっている限りは善人なのである。

(中略)

堕落し悪にまみれた性質の人々にもいまだ損なわれていない部分が残されており

これは周囲に反発することでこの上なく優れた点となりうる。

即ち、著しい反感を示すならば、その部分は悪徳という敵に汚染されずに済み、さらには、

広くはびこる堕落をも免れて全き状態を保ちうるのである。

最も優れた膏薬は、極めて腐食性の強い物質の中に包み込まれている。

さらに私の経験に基いて言えば、毒は自らの内部にその解毒剤を含んでおり

これによって自らを自らの毒から守っている。

これがなければ、毒物の危害は他に及ぶばかりか、自らにも損害をもたらすであろう。

 

 

ウイリアム・オスラー卿は

「寝る前の30分を読書に ― ベッドサイド・ライブラリー」の項で

 

教養を十分身につけるためには、各人が自らを磨かねばならない。

直ちにベッドサイドに蔵書を置き、寝る前の30分を聖者と呼ばれる偉大な人物との心の交わりに費やしていただきたい。

 

と述べています。

 

 

読書は人生を助けますし、落ち込んだ自分を拾い上げてくれます。

ん~。

久しぶりに図書館に行きたくなりました。

 

卵を立てる

 

真実のオリジナリティよりも、有名である方が、世間には認知されるのだという教訓になるかも知れませんね。

私はつい最近知ったお話ですが、巷ではよく知られているお話なのでしょうか。

 

1-koosh

 

「人がやった後では何でも簡単。」

そのことを言い表して「コロンブスの卵」と言いますね。

 

 

「コロンブスの卵」にまつわるお話です。

 

 

おさらいしますと、コロンブスの偉業を祝う宴でのお話。

 

やはり、彼を妬む者もいます。

「ただ西へ向かって進めばよいのだから、コロンブスのしたことは誰でも出来ることじゃないか。」

大したことないと言われました。

コロンブスはそれに応えました。

「ここにある卵を、このテーブルの上に立ててみなさい。」

それを聞いた人々は、いろいろと試みましたが、誰も出来ません。

コロンブスは、おもむろに卵の端をテーブルにぶつけて、立ててみせました。

当然、人々は「それはインチキだ。そんなやり方だったら誰でもできる」と非難します。

「その通りです。誰かがやるのを見た後なら誰でもできます。

しかし、あなた方は誰一人としてそれを思いつかなかったでしょう。

私より先に、西へ向かう事を思いついた人がこの中にいるのですか。」

 

このお話は、イタリアのベンゾーニという伝記作家が創作したものだといいます。

オチといい、いかにも日本人が好みそうなお話ですね。

ちなみに、このお話の認知度も日本と外国とでは温度差があるそうです。

 

 

実は、このお話の元になるようなお話がイタリアにあります。

 

建築家フィリッポ・ブルネレスキのお話です。

 

 

16世紀に、ドーム寺院を建築するという計画がありました。

誰に建築させるかという会合の時に、ブルネレスキは自分の図面も模型も見せずに

「私に建築させてください」と提案しました。

完成の青写真を確かめることもできませんから、他の建築家たちが反対するのも無理はありません。

そこで彼は「大理石の上に卵を立てることができた人に任せてはどうか」と提案しました。

全員挑戦しましたが、立てることができた者はいませんでした。

ブルネレスキは卵の底を潰して立てました。

そして、「最初にやるのが難しいのです。もし図面を見せたらあなた達は真似をするでしょう。」と言い放ちました。

 

 

正確さにこだわるのなら「コロンブスの卵」と言われているのは

きっと「ブルネレスキの卵」と言うべきなんでしょうね。

 

 

実は、このお話も作り話だということですから

「最初に始める者の発想のあり方」

について強調したい人々の支持を得たお話から派生したものなのでしょう。

 

 

ここから先は、半ば強引に自分の田んぼに水を引いてきます。

マジシャンという人種は、こういうお話があると宿題が見つかってワクワクします。

 

 

「現象」は提示されたのですから

それを解決する方法についてアイデアをめぐらせるのです。

 

ただし、大抵の人は「インチキしてもなあ。」と思いますよね。

「文句をつけられるようじゃ、達成したことにはならないだろ。」

「正々堂々としなければ、自慢なんかできない。」

 

実は、底が丸い卵は立たないという固定観念を、私たちが持っていることも問題なのです。

卵は丸い → 丸いのは転がる → 立つわけがないという前提です。

冗談ではなく、集中力と根気があれば卵は立ちます。

 

 

マジックとは違いますが、面白いブログを見つけました。

私が言わんとしていることを証明してくれています。

 

石丸謙二郎オフィシャルブログ「卵を立ててみなさい

 

 

通知表の中の自分

 

中学1年生の時の通知表をコピーして、今でも

いつでも目にすることができるようにしています。

 

tuuchihyou

 

当時の担任の先生の私に対する批評が

この歳になってもまだ的を得ていて

私を奮い立たせてくれるからです。

 

 

ということは、当時から全然成長していないということの証明になってしまうのですが。

 

 

担任の先生は女性で、数学の先生でした。

非常にさっぱりとした性格の方で、尊敬していました。

 

当時、私の「行動力」の不足を、もどかしいお気持ちで見守っていてくれていたのだと思います。

 

通知表にはこう書いてあります。

 

 

一学期

 

一学期の委員長として、いわれたことは、まじめにやるが

自分で考えて行動するということには、何をためらっているのか遠慮がち。

頭脳明晰にして行動力ありといわれるようになってほしい。

 

 

二学期

 

二学期は学校生徒会執行委員に立候補し、当選しました。

その調子すべてに自分の力を発揮し挑戦してほしい。

朝功君の無限の力を期待しています。

 

 

学年末

 

進級おめでとう

行動力が出て来て頼もしいと思っています。

今後も期待しています。

 

 

悲しいことに本当に何も成長してないなあ。

先生に怒られないように

しっかりしないと。

つくづくそう思います。

 

先生の文字を見ると、身が引き締まる思いがします。

 

 

卒業式

 

3月10日は、中学3年生の息子の卒業式でした。

 

 

卒業生一人ひとりがかけがえなく輝いていた日でした。

彼らの「明るさ」は、私たち大人にとって希望ですし

本当に眩しく映ります。

 

graduation

 

これから、どんな人生を送っていくのか

不安と期待が入り混じって

今までのことも思い出されて

親として、やはり複雑な感情が胸にこみ上げてきます。

 

 

慣れ親しんだ学校からの卒業は、やはり寂しいものです。

けれども、卒業生達は「とにかく前に進んでいこう」という気概に満ちあふれた表情をしていました。

 

「希望を持て」

「元気を出していこう」

「さあ行け、頑張れ!」

 

 

ここまで励まし支えていただいた学校の先生方、地域の方々に

本当に感謝しています。

tsubomi

 

ありがとうございました。

 

 

そして今日3月11日。

 

心静かに追悼いたします。

 

 

透析室にアニマル・セラピー

 

実は私のささやかな夢に「animal-assisted therapy」の導入というものがあります。

 

日本語で四角四面に訳すと「動物介在療法」なんですが

「アニマル・セラピー」という方が知られていると思いますし

「療法」というよりも「セラピー」の方が、親近感が湧くイメージがありますね。

 

きっと失笑されるのを承知で、書いてみます。

 

ネットで検索しても見つけることはできませんでした。 既存の施設で、されているところはあるのでしょうか。

 

実は血液透析室という場所で、ペット達に活躍してもらいたいという企みを持っているのです。

 

透析関連ではありませんが、こういう文献があります。

 

The healing power of the human-animal connection.

American journal of critical care : an official publication, American Association of Critical-Care Nurses. 2008 Jul;17(4);373-6.

 

 

 

日本語では「人と動物の絆による癒しの力」というタイトルになるのでしょうか。

 

この中に、アニマル・セラピーの利点をまとめた表があります。

 

pet therapyの表

 

これらの研究の方法は、さまざまです。

 

・10分から20分間、ペットと接触して、その効果をみたもの

・ペットを実際に飼ってもらうこと (もちろん自宅で、でしょうね。)

・魚が泳いでいるのをただ眺めること

・ペットとボランティア(もちろん人間)が、それぞれ12分間訪問した効果を比較したもの

 

つまり、決まった方法などなく、ペットと人とのつながりを促す方法なら何でも良いという感じです。

 

結果として

 

・幸福感の増大

・身体的苦痛の軽減

・精神的苦痛の緩和

・リラックスし、落ち着くこと

・心肺機能の改善

・体温、呼吸数、血圧などの身体的な安定化

 

 

つまりは、その人を元気づけ、くつろがせ

自尊心などのポジティブな感情を呼び起こし

感情豊かに、他の人との関わりをも良好にしていく。

 

何となく予想されることですし

検査データでは表せない変化が期待できるということですね。

 

 

その一方で、やはり生き物である以上リスクがつきまといます。

・アレルギーの問題

・人畜共通感染症の問題

・ペット自体がストレスを抱え込んで人に危害を与えないのか。

 

 

アメリカのメイヨークリニックには、ペット面会プログラムというものがあって

実際にペットとの面会を許可しているそうです。

当然ですが、その最低限のルールというのがあります。

 

・ペットが健康で、もちろん寄生虫などに感染していないこと。

 

・最近の狂犬病予防接種の証明書があること。

 

・面会前の24時間以内にちゃんとお風呂に入れていて、グルーミングされていること。

 

・面会は2時間以内にとどめること。

 

・ずっとリースをつないで、誰かが必ず持っていること。

 

・他の患者と接触しないこと。

 

病院によっては、追加の要件があるようです。

 

例えば、メリーランド大学医療センターは

ペットの毛やフケが落ちないように、ペット用のコートやTシャツの着用を義務づけているそうです。

 

 

「透析室にアニマル・セラピー」

荒唐無稽のお話でしょうか。

 
実は、佐久田がそう言い出すのも、ひとりの友人の影響を大きく受けているからです。

日本介助犬協会 事務局長の高柳友子さん。

彼女は沖縄県立中部病院の研修医時代をともに過ごした同期の仲間なのです。

sinsia

施設を見学させてもらって、素直に思ったことは

介助犬は確かにその人を介助するという役割を持っていますが

実は一番の役割は、使用者が世話をする生き物として、責任を負ってもらうということでした。

 

人が生きがいを持つということは、与えられるだけでなく

与える立場を思い出させてくれることが必要なんですね。

誰かの役に立っているのだということ。

誰かとともに生きているのだという実感。

 

高柳先生、違っていたらごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

ステップ運動

「最近、天気が悪かったのでウォーキングができなかったぁ。先生。」

「そうかあ。だから体重も増えたんだねえ。」

多くの方が家の用事や天気に、自分の予定をかき乱されてしまいます。

 

おすすめしたい運動が「ステップ台」を使った「スローステップ」です。

カタカナでいうと新しい感じですが

古くから親しまれているはずです。

つまりは「踏み台昇降」運動です。

 

NHK 「ためしてガッテン」で紹介されたこともあったので

ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 

 

 

 

基本的に家の中でできますし

思い立ったら、すぐに出来ます。

 

 

日が暮れた夜間なども、自動車の心配をしなくてすみます。

 

音楽を流しながらとか、テレビを見ながらでもできる運動です。

 

 

ステップ台の高さは20センチが基本とされています。

 

通常の階段の段差が20センチといわれていますから、日常の動作を反復することになります。

つまり足腰の筋肉のトレーニングですので、転倒予防に効果があるとされています。

 

 

良いと思うものは何でもやってみましょう。

 

 

これさえやっていれば良いというのは、実際のところはないと思います。

 

人間って、とても飽きやすい動物ですし。

 

 

いろいろな方法をためしてみて、自分に合わないと思ったら別の方法を探してみる。

 

世の中にはたくさんの「おすすめ」がありますから。