本日からオーバーナイト透析を開始します

 

10月2日

いよいよ本日からオーバーナイト透析を開始します。

 

実は本当のところ、今はオーバーナイト透析よりも

週末にかけて沖縄を直撃しそうな台風23号(フィートウ)の進路が気になっているところです。

土曜日の透析ができるのかどうか、進路予想図の推移を見守りながら祈るような気持ちです。

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昨年も開業前に大きな台風が沖縄を襲いました。

ありがたくない話ですが、新しいことを始めようとすると台風がくるというのがジンクスになってきそうです。

 

そんな中で(!?) オーバーナイト透析が今日からスタートです。

どうにか、やっと第一歩を踏み出すことができます。

 

けれども、当初から、「開始すること」が目標にはしていませんでした。

オーバーナイト透析を舞台に、透析者の方々にそれぞれの物語を紡ぎだしてもらうこと。

その物語が、大きなうねりになって同じ境遇の方々を励まし奮い立たせていくこと。

沖縄の青海のようなたくましい潮流となっていくこと。

やっとその前提に立つことができます。

目指すものはまだまだ先にあります。

 

今日は、足元を見つめて、安心、安全の透析をひたすらつとめていきたいと思います。

 

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写真は「(株)旅行透析」からいただいたお祝いのお花です。

サプライズの贈り物で皆喜んでいました。

10月になりました

 

10月になりました。

早々と下半期になりましたね。

 

これからいよいよ始まることもあり、また、核となることを守るために

捨てていかなければならないこともあります。

 

個人と同様、「このクリニックの存在が誰のため、何のために必要か」という問いに

回答を用意しておかなければなりません。

 

以前に紹介したインドの詩人、タゴールの詩です。

 

 私は眠り夢見る。

 生きることがよろこびだったらと。

 私は目覚め気づく、

 生きることは義務だと。

 私は働く ― すると、ごらん、

 義務はよろこびだった。

 

少しでも「問われている存在」を自覚して、前進していきたいと思います。

 

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小学校の運動会

 

日曜日は子どもの運動会に参加してきました。

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幸いに、時々にわか雨が降ったものの、天気にも恵まれてさわやかな運動会でした。

子ども達も、楽しそうに競技や演舞にはりきっていました。

 

PTCAのコーナーでは、バットのぐるぐると縄跳びをかけあわせた競走に参加させてもらいました。

びっくりしたのは私ごときがアンカーをおおせつかったこと。

きっと私の子どもが6年生ということでのご指名だったのでしょう。

 

ご一緒した父兄の皆さんも、練習したこともないぶっつけ本番の競技に緊張しながら待機。

怪我もなく終えたことが何よりでした(笑)

でも、こういう時って実はお父さんよりもお母さんの方が速かったり上手だったりするんですよね。

 

写真は、6年生の親子ダンス。

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腎臓内科医 仲間との会食

 

那覇市&浦添市内の腎臓内科医(透析医)の仲間が

佐久田を励ましてやろうと会食を設けてくれました。

 

気心の知れた仲間たちです。

支えられ、助けられているといつも感謝しています。

 

会が進むにつれて、いつの間にか若い医師たちにどうやって腎臓内科の魅力を伝えていくか。

どうやったら多くの若手医師たちに腎臓内科医を目指してもらえるのか。

そういう熱いお話になっていました。

 

こうやって集まると「次の世代」という言葉を意識した話題になります。

先輩たちから受け継いだものを「次の世代」に。

その底上げをどうやっていこうかということが課題です。

 

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敷居が高い?

 

前々回に慣用表現の誤用についてお話しましたが、話のついでに。

 

良く使う言葉で「それって間違いらしいよ。」という指摘を受けたことがありました。

「敷居が高い」という言葉です。

たとえば、こんな場面で使いますね。

 

友人たちと外食をしようという話になって。

那覇の町を歩きながら、どの店がいいかなと探し歩いている時。

玄関が立派で、見るからに高級そうなお店の前にたどり着きました。

「うわあ。立派な外観だなあ。このお店は敷居が高くて入りにくいね。」

 

この使い方は誤りらしいです。

敷居が高いとは、正しくは

「相手に不義理などをしてしまい、負い目を感じて行きにくい」

という意味なんですね。

本来の使い方から理由の部分が飛んでしまい、「行きにくい」という結果だけが一人歩きしたのだといいます。

ちなみに高級なお店に入りにくいというのは「ハードルが高い」と言うべきらしいです。

 

文化庁のサイトに年代別の使い方の違いについての結果が報告されていました。

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地域医療の連携

 

那覇市立病院の「平成25年度 登録医総会・地域医療連携交流会」に参加してきました。

今回、済生会熊本病院副院長の西 徹先生の特別講演がありました。

「地域連携 ―2025年に地域医療を崩壊させないためのKey word」

熊本での実例を交え、また人口ピラミッドやブランディングのお話など、大変学ぶことが多かったです。

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那覇市立病院では、循環器の「心臓カテーテル治療地域連携パス」など

最近ではクリティカルパスを使用した連携も濃密になっています。

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病診連携が目指すものは、「地域医療への貢献」ということに尽きるでしょう。

地域の方々の健康状態の向上と回復のための対策や活動を、協力し合って貢献すること。

 

チームを組んで、以下のことを医療の現場で達成しようとするものです。

1)より安全で信頼性を高めること

2)より人々に役立てるものであること

3)より患者や家族の感性(好み)にあうこと

 

今は各総合病院には「地域連携室」という部署があります。

患者の気持ちになり、患者の立場、目の高さを理解してくれる部署です。

そこで働くワーカーさんたちは「連携のために何をなすべきか」を共有し、行動を起こしてくれます。

 

安全、安心の医療への貢献に、今後も連携行動をともにしていきたいと思っています。

 

慣用表現の誤用

 

24日に文化庁が公表した国語に関する世論調査。

この話題はテレビのニュースにも取り上げられていましたし、国語関連の話題は興味深いものですね。

 

慣用表現の使われ方で誤用が多いものについて

以下の4つの慣用句で、誤った使い方の方が本来の意味を示した(正しいとされる)使い方の回答を上回ったそうです。

 

慣用句

この中の「役不足」は、私も誤って使ってきたかも知れません…。

でも、噴飯ものって使ったことないなあ。

「それって噴飯ものだね。あはは」

そんなふうに日常の場面で使っても、私の周囲には意味が通じないどころか白い目でみられそうな気がします…。

 

文化庁のコメントを紹介しておきます。

「言葉は時代により変化するため、間違いとは言い切れない」

「認識のずれがコミュニケーションに支障をきたす恐れがあり注意が必要」

 

言葉は生き物と言われていますし、確かに間違いとは言い切れないのでしょうが

本来の意味と誤用の意味が正反対のものがありますから

考えたら怖いですね。

できるだけ本来の意味を身に着けたいと思いました。

 

 

鶴の恩返しの心理効果

 

「これはやっちゃダメだ」とか、「見ちゃいけない」と言われるとヒトは見たくなるものですよね。

理性のブレーキがはずれてしまうと見てしまう。

それをやってしまった一番有名な日本人はきっと「鶴の恩返し」のおじいさんとおばあさん。

 

また、「これをやりなさい」とか「こうあるべきなんだ」とか言われると

「今、やろうと思ってたのに言うんだものなあ、もう」とか言いながらふてくされる。

あるいは、「レールに乗った人生なんて…」とか逆らいたくなる。

そんな大げさじゃなくても「勉強しなさい」と言われて素直に勉強する子どもの方が少ないんじゃないかと思います。

 

やるな、見るなと言われると、やりたくなるし、見たくなる。

やれ、そうあれと言われると、やる気が失せる。

 

ヒトであれば誰もが「あるある」と納得するこの心理効果には名前があるそうなんです。

「カリギュラ効果」

 

「え?」と思った方は、普通の感覚の持ち主だと思います。

そう、あの映画「カリギュラ」が語源です。

 

Wikipediaの説明にこうあります。

ローマ帝国の皇帝カリグラをモデルにしたアメリカ映画『カリギュラ』が語源で、過激な内容のため、ボストンなどの一部地域で公開禁止になったことで、かえって世間の話題を惹いたことにちなむ。

 

それを逆手に取る宣伝の仕方もありますから、ヒトの心理ってやはり面白いですね。

 

「誰にも言わないでね。」と言うと、必ずみんなが知っているし。

 

そうそう。

これだけはくれぐれもカリギュラ効果で行動しないでください。

台風の日の外出。

 

 

ホロスコープと健診

 

ある方に面白い話をしてもらいました。

私たち医者が健診の結果を読み解くときって、

ホロスコープの占いを聞いているような感覚なのだというのです。

 

その方の感覚が新鮮で「面白い!」と思いました。

確かに健診の結果というのは、ただの数字の羅列ではありません。

今ある「現状」を示していて、このままいけばどうなるかの「未来」も暗示しています。

そこから講じられる「対策」も見えてきます。

ホロスコープも健診も、どちらもデータを前にして

「過去」「現状」「未来」「対策」

を論じるあたり、そっくりなのかも知れません。

 

実は、占いについては中学~高校時代に思い出があります。

その頃の友人たちには甚だ迷惑だったと思うのですが

中高校生の頃の私は占いに凝りに凝りまくっていました。

並みの凝り方ではなかったのです。

 

占星術など成書を読み漁り、どうしても正確なホロスコープを作りたくて

天文歴や室項表を手に入れようと思いました。

今ではインターネットやコンピューターソフトなどがあるので、比較的簡単に手に入れることができると思います。

 

惑星の位置を知るのに必要なのが天文歴。

アセンダントや天頂、各室の位置を知るのに必要なのが室項表です。

 

昔、那覇の又吉通り(崇元寺通り)にタトルブックストアという洋書専門の本屋さんがありました。

そこへ行って、天文歴の書籍

Raphael’s Astronomical Ephemeris of the Planets’ Places

室項表の書籍

Raphael’s Tables of Houses for Northern Latitudes

を注文して、やっと手に入れたものです。

 

天文歴は毎年秋ごろに出ていたのですが、私の生まれ年とその翌年の天文歴だけにしました。

交友関係が同級生だけでしたし、翌年を含めれば早生まれの友達もカバーできたからです。

1冊1000円ぐらい?だったかなあ。

子どもの私でも買える金額だったのが、ありがたかったのを覚えています。

 

冒頭の話題に戻りますね。

その方が言うには「占いに興味を持つ人は多いし、お金を出してでも出かける。」

人が占いに求めるのは、どう選択したら最善の道なのかを知りたいから。

健診も、実はそうなんですよね。

どう生活したら健康でいられるかの道しるべなのです。

 

健診の受診率が低いのは、実は占いよりも信じられていない(?)のかなあ。

医者の努力も必要ですね。

占い師に学ばなくてはならないかも。

 

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真っ正直な馬鹿をとことんやると笑顔と勇気をもらうこと

 

世界中のマジシャンが彼のようではありません。

けれども、私は久しぶりに大笑いしたのと勇気をもらいました。

そうだなあ。最近、なんだか縮こまっているし夢を語らなくなったし、ワクワクもしてないなあ。

そんな時に、TEDのビデオでこんなマジシャンに出会いました。

デイビッド・ブレイン。

20分間の動画で少し長いですが、私のように最近低調な方におすすめです。

「馬鹿だなあ」

「何もそんなことに一生懸命にならなくたっていいのに。」

そう思っているうちに、なんだか自分が悩んでいることさえも同じレベルの「馬鹿さかげん」に思えてきて

大笑いしてしまいました。

そして、いつの間にか応援していました。

最後に、彼が自嘲気味につぶやきます。

「これが私の人生です…」

このユーモアは突き抜けていますね。

 

プレゼンの冒頭の彼の導入部分の言葉です。

「マジシャンとして私が目指すのは

人を立ち止まらせ考えさせることです。」

 

そして最後の閉めの言葉。

「マジシャンとして私は

不可能だと思われることを見せようと試みています。

 

マジックは息を止めることにしたって

カードを操ることにしたって

きわめて簡単なことだと思います。

 

マジックは練習でありトレーニングであって

自分のベストまで痛みを耐え抜きながらする

練習であり トレーニングであり 試みであるのです。

それが私にとってのマジックです。」

 

時間のある時に是非ご覧ください。