パスカルの有名な言葉があります。
絵画とは、なんと空しいものだろう。原物には感心しないのに、それに似ているといって感心されるとは。 (『パンセ』)
「似ているといって感心する」というのはなるほどと思いますが、前半の「絵画とは空しいもの」という文句に私の頭に「はてなマーク」がつきました。
「絵画が空しい」ということが理解できないのです。美しい絵画を見ると、心が揺さぶられるものです。興奮します。感動するものです。
パンセは絵画をおそらく現実のコピーとしてとらえ、オリジナリティや創造性を認めなかったのかも知れません。
画家の側に立つというよりも、絵画を評価する批評家の視線のような気がします。
「評価する」という視点は、解釈し意味を与える行為です。
感動が何に起因しているのか分析しようとすることです。感情や気持ちを理屈や数値、データで表記変換するようなものです。
確かに、そういう行為は「空しい」かも知れません。
私は現物を超えた絵画は存在すると思います。
肖像画は、不在と現存とを、喜びと不満とをもたらす。実物は、不在と不満とを取り去る。 (『パンセ』)
沖展は今度の日曜日までですね。