宮澤賢治 「永訣の朝」

 

自己犠牲という言葉が偽善でなく、他者への奉仕という純粋な動機に基づくものであること。

苦悩しながら、それを願い実践し足あとを残してきた詩人が宮澤賢治なのだと思います。

 

最愛の妹トシを亡くした賢治は、全ての人間に最愛の者への愛情と同等の愛情を抱くことで執着を離れ信仰を深めていきました。

代表作である「永訣の朝」は、宮澤賢治のトシへの愛情があふれ出ていて胸がつまります。

 

詩の中のトシの言葉

「うまれでくるたて

 こんどはこたにわりやのことばかりで

 くるしまなあよにうまれてくる」

今度生まれてくるときには、自分のことばかりでなく他の人への奉仕をするために生まれてくる。

享年24歳。

この言葉が宮澤賢治のその後の生き方を導いていくのでしょう。

 

 

 

 

    永訣の朝

けふのうちに

とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ

みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

(あめゆじゆとてちてけんじや)

うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から

みぞれはびちよびちよふつてくる

(あめゆじゆとてちてけんじや)

青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた

これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に

おまへがたべるあめゆきをとらうとして

わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに

このくらいみぞれのなかに飛びだした

(あめゆじゆとてちてけんじや)

蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から

みぞれはびちよびちよ沈んでくる

ああとし子

死ぬといふいまごろになつて

わたくしをいつしやうあかるくするために

こんなさつぱりした雪のひとわんを

おまへはわたくしにたのんだのだ

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまつすぐにすすんでいくから

(あめゆじゆとてちてけんじや)

はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから

おまへはわたくしにたのんだのだ

銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの

そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

…ふたきれのみかげせきざいに

みぞれはさびしくたまつてゐる

わたくしはそのうへにあぶなくたち

雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち

すきとほるつめたい雫にみちた

このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの

さいごのたべものをもらつていかう

わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ

みなれたちやわんのこの藍のもやうにも

もうけふおまへはわかれてしまふ

(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

あぁあのとざされた病室の

くらいびやうぶやかやのなかに

やさしくあをじろく燃えてゐる

わたくしのけなげないもうとよ

この雪はどこをえらばうにも

あんまりどこもまつしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから

このうつくしい雪がきたのだ

(うまれでくるたて

こんどはこたにわりやのごとばかりで

くるしまなあよにうまれてくる)

おまへがたべるこのふたわんのゆきに

わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが天上のアイスクリームになつて

おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

     わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

 

 

 

岩手県出身の長岡輝子さんやYoutubeで拝聴できる わがりえさんの朗読も心にひびきますが

生前の宮澤賢治の数少ない理解者だった草野心平さんの朗読を紹介します。

宮澤賢治の死後、遺稿が消失してしまうことを恐れた草野心平さんがすぐに花巻に向かったのは有名なお話です。

日本人の大恩人と言えます。

 

[youtube]http://youtu.be/JPF95YKig3A[/youtube]

 

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