飽き性とは

 

私は「飽き性」な人間です。(周囲の人間には分かりきったことですが…)

割といろんなことに興味を示して、ある程度まではやってみますが、やがて「飽きた」と感じる瞬間が訪れて、途端に興味が薄くなるのです。

ところが、変なところでやたらと続いていることなどもあって、誤解されている部分があります。ひとつのことを長く続けられる粘り強い性質だと勘違いされたりしていて、言われているこちらが恥ずかしくなります。

占い本でよく目にする「熱しやすく冷めやすい」というやつですね。

ニーチェは「飽きること」に対して、こんなことを言っています。

「手に入れたものに慣れてしまったから飽きるのだ。 けれどもそれは、本当は自分自身に飽きているということだ。 手に入れたものが自分の中で変化しないから飽きるのだ。 つまり、自分自身が成長し続けない人ほど飽きやすいことになる。 人間として成長を続けている人は、自分が常に変わるのだから、 同じものを持ち続けても少しも飽きない。」

つまり、「飽きるのは自分の成長が止まっている」からなのだそうです。

今までの「飽きたこと」を振り返ってみると、なるほどそうかも知れません。

逆に続いていることを考えてみると、確かにそうです。確実に自分の中の変化が見えたものは続いています。

「継続」という言葉は「以前から行われていた事が引き続いて行われること」という意味ですが、決して同じ状態を保ち続けることではないのですね。

続けることの秘訣は、変化し続けることなのだと改めて思いました。

飽き性の私が、変なところで続いているものがあるというのも、それを踏まえればわかったような気がします。

当たり前ですが、何ごとも成長が大事だということですね。