専門家たちの意見が食い違うというのは、よく経験しますね。
しかも、彼らは同じ証拠を見ていたとしても、異なる解釈をすることがあります。
これは医学の分野だけでなく、私たちの日常生活にも当てはまる話ではないでしょうか。
例えば、ある風景写真を見て、ある人は山がきれいだと言い、ある人はそこに行ったことがあると言う。
まるでかみ合っていないのですが、けれども出発点は一枚の風景写真ということに違いはありません。
これが、証拠に基づく意思決定の微妙な面です。
特に、新型コロナウイルスのように情報が日々更新される状況では、ガイドラインも頻繁に変わりました。
ここでの主観性は、まるで迷宮の中を進むように、一筋縄ではいきません。
医学的証拠の集積が数十年に及ぶ一般的な疾患においてさえ、意見の相違は存在します。
たとえば、大腸がんスクリーニングの開始時期や方法について、異なる団体が異なる推奨を出しています。
目的地は同じでも、選ぶルートは人それぞれなのです。
新しい証拠が出てくると、ガイドラインは進化します。
しかし、どの証拠を取り入れるか、その価値をどう評価するかについても、専門家たちは意見が分かれるのです。
さらに、ガイドラインを作成する方法にも違いがあります。
一部は文書化されたアプローチを取り、別の部分ではGRADEアプローチなどを用いることで、結論に至るまでのプロセスにバラつきが生じます。
専門家たちは、同じ証拠から異なる質問を導き出し、異なるデータを選び、証拠を異なる視点で評価します。
こうした医学的証拠の主観的解釈は、複雑で解決が難しい問題ですが、この課題に取り組むことで、より良い医療の提供につながります。
研究者は研究の主要な目的や発見に忠実であるべきですし、報道する人々も、不確実性やそのニュアンスを明確に表現する必要があります。
元論文:
Bauchner H, Ioannidis JPA. The Subjective Interpretation of the Medical Evidence. JAMA Health Forum. 2024;5(3):e240213. Published 2024 Mar 1. doi:10.1001/jamahealthforum.2024.0213