私たちの五感は、単なる情報の受信機ではありません。
それぞれの感覚が単独で働くことは稀で、むしろ連携プレイをしています。
例えば、美味しい料理の匂いが食欲をそそるだけでなく、その色や形も食事の楽しみを高めます。
ここで興味深いのは、このような「多感覚知覚」が我々の現実認識に与える影響です。
一体、どういったメカニズムが働いているのでしょうか。
実は、この多感覚知覚には「Crossmodal Correspondences」と呼ばれる現象が密接に関連しています。
「Crossmodal Correspondences」という用語は、日本語では一般的に「クロスモーダル現象」と訳されます。
具体的には、ある感覚(例:視覚、聴覚、嗅覚など)における刺激が、別の感覚に影響を与えるという現象です。
例えば、ある音楽が特定の色に連想されたり、ある形が特定の肌感覚と関連付けられるようなケースがこれに該当します。
それぞれの感覚が独立しているのではなく、相互に影響を与え合っていることを理解する上で、非常に重要な概念となります。
ただの思い込みでないことが、科学的な実験で明らかにされています。
元論文はこちら→
Ward, Ryan & Ashraf, Maliha & Wuerger, Sophie & Marshall, A.. (2023). Odors modulate color appearance. Frontiers in Psychology. 14. 10.3389/fpsyg.2023.1175703.
具体的な実験を一つ見てみましょう。
研究者たちは、人々が特定の匂いを嗅いだとき、色の知覚がどう変わるかを調査しました。
この実験は「ニュートラルグレー調整タスク」と呼ばれるものです。
被験者には色のパッチを見せ、それが「色相を持たない」、すなわちグレーに見えるように調整してもらいました。
「ニュートラルグレー」とは、彩度,色相がなく明度のみとなっている灰色のことをいいます。
その人が最もグレーと思うものを選ぶわけです。
結果は、匂いのエッセンスが加わると、この調整が微妙に変わるのでした。
たとえば「チェリーの香り」が漂う環境では、被験者は赤褐色をニュートラルグレーとして認識する傾向があることがわかりました。
普段なら単なる「グレー」であるはずの色が、匂いの影響で「暖かみ」を帯びるわけです。
結果として、我々の色知覚は、匂いという別の感覚に影響を受けることが明らかになりました。
この研究は医療現場でも応用が考えられます。
特定の匂いが色知覚に与える影響を理解すれば、例えば認知症患者の感覚認識を補助する環境設計が可能になるかもしれません。
要するに、匂いと色の相互作用は、我々が思っている以上に日常生活や専門的な分野に影響を与えているのです。