「お腹いっぱいにならない腹八分目がちょうど良い」
「腹八分」というのは食べることだけの専売特許じゃないのですね。
最近気づいたのが、ランニングもそうだということです。
以前の私は、何なら毎回タイムトライアルの意気込みで10Kmをぜえぜえしながら走るのが常でした。
それは出場する大会があったからです。
長距離走の良いところは、練習を真面目に積めば、年齢に関わらず自己記録を更新することができるところだと思います。
「ライバルは昨日の自分!」なんてことを五十台のオジサンが真面目な顔して取り組んでしまうのが長距離走。
ところが、コロナ禍の世の中になって大会という大会が総崩れになってしまいました。
大会を目標に掲げながら練習に励んでいた人間にとっては、さすがにモチベーションの維持に苦労しました。
「今日どうしようか」と思った瞬間に「今日はいいや」と自答してしまうのは、「なぜ走るのか」の自問にちゃんと答えていないからです。
私なりの答えが次の二つです。
- ランニングしていると、今ここにいる自分と向き合うことができるから。
- 体を動かすことは、やっぱり気持ちがいいから。
そう気づくと「腹八分」のランニングが、毎日の習慣として続けるのにちょうど良いのでした。
スロージョグで「ちょっと物足りない」ぐらいで終えると、毎日続けることが苦になりません。
追い込んでいないので、「明日もこんなツラい思いをするのか」というネガティブな気持ちで終えることがありません。
そのうえ、毎日の違いにワクワクするのです。朝咲いたばかりの草花や鳥の鳴き声、日の出の光、季節の変化、そして自分のリズムや感覚。
「腹八分で走る。」
最近、これに気づいたので、ますますランニングが好きになりました。