映画「素晴らしき日曜日」

 

最近また「まどさん」(阪田寛夫著)を読んでいます。

私にとって「詩人 まど・みちおさん」は、定期的に還る場所です。

「まどさん愛」に満ちた阪田寛夫さんが、大いにまどさんについて語る本なのですが、単なるファン本としてではない奥深さがあります。

まどさんと同じく詩人であり児童文学家でもある阪田寛夫さんは、「サッちゃん」の作詞家としても有名ですね。

何しろ「この詩をどういうつもりで書いたのか」という単刀直入の質問を、口が重いまどさんに直接にぶつけたりしていますから、とにかく興味深いのです。

「ぞうさん」についての考察で、阪田寛夫さんは勝手にある映画を思い出して、それをまどさんの心境に重ね合わせます。

あとでまどさんにただすと、全否定されてしまってせっかくの考察も台無しになったのですが、本人はあながち間違ってはいないんじゃないかと食い下がる一幕もあったようで、とにかくかなり思い入れがあったようです。

その映画とは、黒澤明監督の「素晴らしき日曜日」(1947年公開)

終戦わずか2年後に公開の映画で、戦争の傷痕が残る東京を舞台にしています。

阪田寛夫さんは、この映画と「ぞうさん」を、相通じた傑作だと断言しています。

その縁がなければ観ることもなかったと思うのですが、私も「素晴らしき日曜日」を観てみました。

黒澤明監督の映画らしく、そういう前振りに踊らされてなくても、名作でした。

あらすじは、こうです。

 

お金のない、平凡な会社員の青年が、平凡な女の子と日曜にデート(映画ではランデブーと言っています)をする。二人合わせて三十五円のお金しかない。なるべくお金のかからないように気をつけて、工夫して二人で時間を使ってゆく。

一日を過ごすうちに、悲観的な青年は常にうつむきかげんで、全てを楽観的に乗り越えようとする彼女もまた色々な出来事で打ちのめされてみじめになってくる。雨にも降られて濡れネズミのようになった恋人達が、音楽会のポスターを見る。ちょうど残りのお金でそれを聴きに行けることがわかる。二人は急いで演奏会に駆けつけて切符を求めるが、ダフ屋が買い占めたために切符が買えずにケンカとなり酷い目にあう。

とにかくお金がないばかりに、二人はひどく傷つき、悲しみをひきずっていく。

いつの間にか雨は止み、夜になって二人は夜の野外音楽堂に向かった。青年は立ち上がって、無人のステージに登った。指揮者の格好で手を振り上げるが、音楽が鳴るはずがない。

がっかりする青年に代わって、彼女が客席に向かって叫ぶ。(実際はスクリーンの中からわたしたち観客に向かって呼びかけている)

「みなさん、お願いです。どうか拍手をしてあげてください。皆さんの温かい心で、どうか励ましてあげてください。お願いです。世の中には私たちみたいに貧乏な恋人がたくさんいます。その人たちのために、どうか皆さんで拍手を送ってください。世の中の冷たい風に、いつも凍えていなければならない、貧しい恋人達のために、どうか皆さんの温かい心で、声援を送ってください。私達に美しい夢が描けるようにしてください。どうか拍手を送ってください。お願いします。お願いします。どうか拍手を送ってください。お願いします。お願いします。皆さん、お願いします。」

その後、無人のステージにオーケストラの音が力強く響き始める。

 

最後の彼女の観客への呼びかけは、前代未聞の名シーンですね。いわゆる「第四の壁」を破るというものです。

当時の日本人がスクリーンに向かって拍手をしたとは考えにくいですが、パリで公開された時には、映画館が熱狂的な拍手につつまれたのだそうです。

そうそう。この映画の話をしたのも、まどさんの「ぞうさん」の話からでした。

私の感想としては、まどさんが全否定するのもわかる気がしました。阪田寛夫さんには悪いのですが(笑)。