答えのない問い

 

「存在の謎」について、遠く古の時代から人々はその答えを追い求めてきました。

いわゆる「存在論」のことで、「人はなぜ存在するのか」というものです。

名だたる哲学者だけでなく、文学者、詩人、シンガーソングライターやラッパー、そして(私のような?)ずっと厨二病のオジサンにいたるまで、「人間が存在する理由」の問いについて、堂々巡りで考え続けてきました。

何かが存在するには、必ず理由があるはずだ。けれども、その理由はなぜ存在するのか?

理由がなければ、目的もないことになる。

やがて考えていくのが難儀になるような謎のかたまりです。

私はウィトゲンシュタインの答えが好きです。(正解だとは思っていません。好き嫌いで言っています。)

「この問いは問いとして成り立たない。つまりそれは「問い」ではなく「神秘」である。」

なるほど、そうきたか~!

けれども、哲学者の口から「神秘」と出るから良くて、普通の人が言ったら何の重みもありませんね。

彼が言う「神秘」という言葉には、畏敬の念を感じます。

ヒトが動物としてではなく人間として生き始めようとした時から、「存在論」はあえて謎のまま人生に用意されてきた問いなのかも知れません。

 

 

 

 

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