「夕焼け」

吉野宏さんの詩は教科書にも載っていましたし、よく知っているはずなのですが、改めて読んでみるとはっとさせられます。

そこには、生活者として、また詩人としての優しい視点があります。

 

クローズアップ現代でも今年の1月に取り上げられていたようで、番組のホームページをみると吉野さんの優しさが伝わってくるようでした。

番組で紹介されている、吉野さんが21歳の時に書いた詩の一部を紹介しますね。

 

人間は、その不完全を許容しつつ愛し合うことです。

不完全であるがゆえに斥け(しりぞけ)合うのではなく、

人間同士が助け合うのです。

他人の行為を軽々しく批判せぬことです。

自分の好悪の感情で人を批判せぬことです。

善悪のいずれか一方に

その人を押しこめないことです。

 

記憶違いかも知れませんが、吉野博さんの詩で私が最初に読んだのが「夕焼け」でした。

ある人には気にも留まらないような、生活の中のほんの一場面かも知れないことが、「感受性」を持つ人には大きな圧力をもって迫ってきます。

人間の弱さや悩み、葛藤が描かれたこの詩は、当時の私を共感以上に励ましてくれた思い出があります。

 

 

夕焼け

 

  
いつものことだが

電車は満員だった。

そして

いつものことだが

若者と娘が腰をおろし

としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って

としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりが坐った。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

娘は坐った。

別のとしよりが娘の前に

横あいから押されてきた。

娘はうつむいた。

しかし

又立って

席を

そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。

娘は坐った。

二度あることは と言う通り

別のとしよりが娘の前に

押し出された。

可哀想に。

娘はうつむいて

そして今度は席を立たなかった。

次の駅も

次の駅も

下唇をギュッと噛んで

身体をこわばらせて---。

僕は電車を降りた。

固くなってうつむいて

娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持主は

いつでもどこでも

われにもあらず受難者となる。

何故って

やさしい心の持主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇を噛んで

つらい気持ちで

美しい夕焼けも見ないで。

 

 
Yuuyake

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