でんでんむしのかなしみ

第26回IBBY(国際児童図書評議会)ニューデリー大会での美智子皇后陛下の基調講演の中で新実南吉の童話「デンデンムシノカナシミ」が触れられています。(全文は宮内庁のサイトで読むことができます。)

第26回IBBYニューデリー大会(1998年)基調講演
子供の本を通しての平和--子供時代の読書の思い出--美智子

 

新実南吉の原作はカタカナだけの童話です。

青空文庫で読むことができますし、短いのでここに載せますね。

 

 イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。

 アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。

「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」

 コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。

 デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。

「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」

ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシタ。

「ナンデスカ」

ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。

「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルノデス」

ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。

 スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシタ。

「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」

 ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。

 スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。

「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」

 ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。

 カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。

 トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。

「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」

 ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。

 

生きていくことは決して楽なことではない。人はそれぞれにいっぱいのカナシミを持ち、それでも生きていく―。

新実南吉は童話の中に、世界は悲しみ苦しみに満ちているけれど、それでも懸命に生きている人間の愛おしい姿を表現したのだと思います。

 

私は仏教の経典の中にあるキサー・ゴータミーの物語を思い出してしまいました。

これも引用して紹介しますね。

 

キサー・ゴータミーという若い母親がいた。

その小さな赤ん坊が死んで、彼女は悲しみのあまり、半狂乱のていであった。なんとか赤ん坊を生き返らせて欲しいといって、会う人ごとに訴えた。

人々は彼女に同情し、近ごろ評判の高いゴータマ・ブッダと言う人がいるから、そこへ行って相談するがよい、とすすめる。なんとか赤ん坊を生き返らせるような魔力を、その人は持っているかもしれない…。

キサー・ゴータミーは希望に燃え、死んだ赤ん坊を抱いて、仏陀が滞在していた郊外の森へと急いだ。

そして同じように訴えた。ところで仏陀の答えは意外であった。

「それはいかにもお気の毒だから、わたくしが赤ん坊を生き返らせてあげよう。…村へ帰って、芥子のみを二、三粒もらってきなさい。」

芥子の実はインドの農家ならどこにでもある。その実を使い、何かの魔術によって死者が生き返るのであろう。

そう思って、キサー・ゴータミーが走り去ろうとするとき、その背後から仏陀が声をかけた。

「ただし、その芥子粒は、いままで死者を出したことのない家からもらってこなければならない。」

半狂乱のキサー・ゴータミーには、まだ仏陀の言葉の意味が分からなかった。

こおどりして喜んで、村にとって返した彼女に、村人は喜んで芥子粒を提供しようとする。しかし、第二の条件に対しては、「とんでもない。うちでは父や母の葬式もしたし、子供の葬式も出した」というような返事しか聞かれなかった。

家から家へかけめぐるうちに、キサー・ゴータミーにも少しずつわかってきた。ほとんど村中をまわって、仏陀のいるもとの森に帰ってくるころには、彼女は狂乱も消え去り、すがすがしい気持ちになっていた。

赤ん坊はついに生き返りはしなかったのだが。

(長尾雅人、中央公論社「仏教の思想と歴史」『大乗仏典』)

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA