「ジョハリの窓」というのは、自分が人とかかわる時にどのような傾向や特徴があるかを理解するために考案されました。
つまり、コミュニケーションの傾向ということですね。
自分のことについて「わたし」から見た窓と、「他人」から見た窓では違っているものです。
自分のことをすべてオープンにしている人はいないでしょうし、
自己評価が厳しい人は、自分を正当に評価しきれていないということはよくあることでしょう。
自己理解と他者理解のギャップがあるのは当然なのですが、それを「不自由な関係」として捉えています。
確かに、このギャップを埋めることは、人間関係を円滑にするだけでなく、うわべでない深い関わりを求めることのような気がします。
ギャップを埋める方法は、Ⅰ「開放」の領域をできるだけ広げること。自分も他人も知っている自己を増やすことです。
つまり、Ⅲの「秘密」の領域を減らすために「自分をオープンにすること」
そして、Ⅱ「盲点」を少なくするために、他人の意見を素直に聞いて、「フィードバックを受け入れること」
ただし、どれも難しいですよね。
自己開示もフィードバックも、そのグループが安全であることが大前提です。
誰からも責められることのないことが必要ですし
オープンにすることは、自己嫌悪感や自己拒否感の感情と触れ合うことになることかも知れません。
つまり、そこに深く広い愛情があふれていなければならないと思うのです。
誰も知らない未知の自己の発見は、おそらくより成長した自分との邂逅となる期待があります。
個人的には、自分にとって何が大切なのかを知る手がかりがそこにあるような気がします。