今もあるのでしょうか。
私たちが小学生の頃には、校外に出て遠足気分で絵を描く課外授業がありました。
「校内写生大会」と言っていましたが、「校内」にこだわっていなかった気がします。
ただし、私が通った浦添小学校は古い立派な校舎や木々があり、「校内」だとしても題材としては豊富でした。
何年生の頃かは忘れてしまいましたが、校外の写生大会の時は学年みんなで学校近くの浦添城跡に行ったことがあります。
浦添城跡が正式名称なのでしょうが、私たちは「浦添城址」(うらそえじょうし)という呼び方に慣れ親しんでいました。
当時、浦添城址は小学校のオリエンテーションの場として、近場なのでよく利用したものでした。
展望台から北の風景には牧港の沖縄電力の赤白の大きな煙突が見えますし
東の方には前田の集落が見えます。
展望台の方から尾根づたいに東の方へ歩くと、ちょっと離れて大きな岩があります。
浦添城址の南側の森の中の小道を通っていくと、岩の下につながっています。
東の端の大きな岩には、実はちゃんとした名前があるのですよ。
「為朝岩」
そう、あの源為朝伝説がここにも生きています。
そのお話はまた別の機会に。
実家に用があって、浦添城址の方を見上げたら為朝岩が見えました。
補修工事(?)でもしてるのかな。
遠くからでも、やぐらのようなものが骨組みされていたのが見えました。
ちなみに浦添市で一番高い地点が為朝岩の頂上らしいです。