音楽は、ただ耳を楽しませるだけではありません。
私たちの心と脳に深い影響を及ぼしています。
特に、人生の後半期において、音楽に関わることが認知能力、特に記憶力や問題解決能力といった実行機能の向上につながる可能性があることが、最近の研究で明らかになりました。
この研究は、英国における大規模な長期追跡調査であるPROTECT-UKコホートの一部として実施されました。
その目的は、年齢を重ねた人々の中で、音楽に関わる活動がどのように認知機能に影響を与えるかを探ることにありました。
認知能力は、私たちが生まれた瞬間から老年期に至るまで、常に変化し続けます。
幼少期には急速に発展し、若年期にはピークに達しますが、中年を過ぎると少しずつ衰えていくことが一般的です。
しかし、この衰え方には個人差があり、一部の高齢者は驚くほど鋭い認知能力を保っています。
では、この差はどこから来るのでしょうか?
研究者たちは、その答えの一つとして「音楽」に着目しました。
なぜなら、以前から音楽が認知機能に良い影響を与える可能性が示唆されていたからです。
そして今回、PROTECT-UKコホートにおける「音楽経験と健康な老化」に関する調査から、そのデータが得られたのでした。
調査に参加した40歳以上の1,107人のデータを分析した結果、音楽演奏経験者はそうでない人たちに比べて作業記憶と実行機能が顕著に優れていることが示されました。
特にキーボードや木管楽器を演奏する人々でこの傾向が強かったのです。
また、楽器を現在も演奏している人は、過去に演奏していた人よりも作業記憶の能力が高いことも分かりました。
ここで重要なのは、「認知予備能力」という概念です。
これは年齢による変化やダメージに対して脳が適応し、補償する能力のことを指します。
教育や職業、社会参加、そして人生を通じての知的活動など、さまざまな要因からこの能力は養われます。
研究チームは、音楽演奏がこの認知予備能力の発達に寄与すると考えました。
確かに、この研究から得られた知見は興味深いものですが、音楽演奏が認知機能に良い影響を与えるのか、それとも認知機能が優れている人が楽器を演奏しやすいのか、という因果関係については、まだはっきりとは言えません。
そこが知りたいところなのですが、音楽と認知能力の関係をさらに探るためには、より多くの研究が必要です。
もしも音楽が認知予備能力を高め、老年期の認知障害のリスクを減少させる手段となるならば、音楽への関わりを深めることは、ただの趣味を超えた価値を持つことになります。
人生のどの段階においても、音楽との関わりは私たちの心と脳に良い影響を与える可能性がある。
ポール・マッカートニーやローリングストーンズの最近のライブ動画などを見ると、音楽の可能性を信じたくなります。
元論文:
Vetere G, Williams G, Ballard C, et al. The relationship between playing musical instruments and cognitive trajectories: Analysis from a UK ageing cohort. Int J Geriatr Psychiatry. 2024;39(2):e6061. doi:10.1002/gps.6061