私のような凡人が、「フロー状態」のことをなんとなくわかったような気になっているのは、例えば、アニメ映画「スラムダンク」のクライマックスシーンでイメージしたり、トップアスリートのインタビューなどで、ある程度言語化が試みられているからです。
「その瞬間」は、まるで時間が止まり、周囲の世界がぼんやりと背景に溶け込んでいくかのような感じでしょうか。
高校時代に徹夜して油絵の課題に取り組んでいた時に、なんだか似たような経験をした記憶もあるのですが、オイルのせいだったのか睡眠不足のせいだったのかは定かではありません。
フロー状態になると、集中力が高まり、手がけている作業に完全に没頭し、心地よい充実感に包まれます。
この心理状態を、科学的に解明しようとした研究があります。
しかも、着眼点が面白いのです。
ジャズミュージシャンのアドリブ(即興演奏)を通じて、フロー状態にいたった時の脳内で、何が起きているのかを探求したのです。
研究者たちは、ミュージシャンのあの表情はきっとフロー状態に違いないと勘づいてしまったのでしょうね。
この研究では、32人のジャズギタリストが参加し、彼らの脳活動が高密度脳波計(EEG)で記録されました。
参加者は、様々な経験レベルにわたり、即興演奏のタスクに挑戦し、その間のフロー体験の程度を報告しました。
このアプローチは、科学的探求と音楽の即興という、一見異なる二つの世界を巧みに融合させたものです。
研究の核心は、「フローを達成するには、豊富な経験と、意識的なコントロールを手放す能力が必要である」という発見でした。
経験が深まることで、脳は専門化されたネットワークをより効率的に活用し、創造的なプロセスを直感的に導くことができるようになります。
一方で、「手放す」とは、余計な意識的な介入を減らし、タスクに対するより自然で流動的なアプローチを可能にすることを意味します。
興味深いのは、フロー状態にあるときの脳は、特定の領域で活動が増加する一方で、意識的なコントロールに関わる前頭皮質の活動が一時的に低下したことでした。
これは「一時的な前頭葉機能低下」と呼ばれ、創造的なタスク実行をより流動的で直感的にするメカニズムとされています。
つまり、フロー状態は、高度な集中とリラックスのバランスから生まれるのです。
まさしく「達人の境地」と言えるでしょう。
この研究はまた、経験の深さがフロー体験の質に大きな影響を与えることも示しました。
経験豊富なミュージシャンは、より頻繁に、そしてより深いフロー体験を報告しました。
ジャズ界の大御所、チャーリー・パーカーがかつて語った言葉が印象的です。
「楽器を学び、練習し続けなさい。そして、ステージに立ったら、それらすべてを忘れて、ただ吹きまくれ。」
この言葉は、まさにフロー状態にいたる本質を言い当てていませんか?
つまり、専門性を高め、そしてその専門性がある程度に達したら、意識的なコントロールを手放し、直感に身を任せるのです。
このバランスが、創造性を最大限に引き出す鍵となるわけです。
元論文:
Rosen D, Oh Y, Chesebrough C, Zhang FZ, Kounios J. Creative flow as optimized processing: Evidence from brain oscillations during jazz improvisations by expert and non-expert musicians. Neuropsychologia. Published online February 21, 2024. doi:10.1016/j.neuropsychologia.2024.108824