本当に鼻をほじると認知症のリスクが高まるのか?

 

まずは発端となった論文の内容を説明します。

元論文:

Chacko A, Delbaz A, Walkden H, Basu S, Armitage CW, Eindorf T, Trim LK, Miller E, West NP, St John JA, Beagley KW, Ekberg JAK. Chlamydia pneumoniae can infect the central nervous system via the olfactory and trigeminal nerves and contributes to Alzheimer’s disease risk. Sci Rep. 2022 Feb 17;12(1):2759. doi: 10.1038/s41598-022-06749-9. PMID: 35177758; PMCID: PMC8854390.

日本語に訳すると「クラミジア・ニューモニエ菌が嗅覚神経と三叉神経を介して中枢神経系に感染し、アルツハイマー病のリスクとなり得る」というタイトルになります。

クラミジア・ニューモニエ菌は、多くの場合呼吸器感染症の起因菌となります。

しかし、この細菌が中枢神経系、つまり脳に影響を及ぼす可能性があるというものでした。

研究では、マウスを使った実験で、クラミジア・ニューモニエ菌が鼻から脳へと迅速に移動する様子が観察されました。

わずか72時間で、この微生物は嗅覚球や脳に到達し、アルツハイマー病に関連する重要な経路の乱れを引き起こすことが分かったのです。

特に注目すべきは、嗅覚系におけるアミロイドβの蓄積が、クラミジア・ニューモニエ菌の侵入箇所の近くで観察されたことでした。

さて、ここからが本日の本題です。

この後に複数のメディアリリースによって、なぜか「鼻をほじることが認知症のリスクを高める」という論調にすり替わってしまいました。

前述の通り、実際の論文では、鼻をほじることと認知症リスクの関連は一言も触れてもいません。

マウスの鼻にクラミジア・ニューモニエ菌を注入し、その後の脳内の変化を観察しただけです。

この論文を伝えたある記事で、(この論文とは無関係の)ある研究者が言った「鼻の内壁に損傷を与えると、脳に侵入する細菌の数が増加する可能性があります。ですから、鼻をほじるのはやめた方がいいですね。」という言葉が完全に一人歩きしたものでした。

そのあとに、こんな具合の見出しが並びました。

「鼻をほじったり、鼻毛を抜くことでアルツハイマー病のリスクが高まる、と研究が警告」

「鼻をほじると認知症になる可能性はある?オーストラリアの研究より」

この記事は、科学的な研究がメディアでどのように解釈され、報道されるかを示す典型的な例となりました。

研究結果を正確に理解し、その意味を正しく伝えることの重要性が示されています。

マウスでの研究結果が人間にそのまま適用できるとは限らないことも、科学的な慎重さを教えてくれます。

それから、これが一番大切なこと。

メディアでの科学報道の解釈に関して、批判的な視点を持つことの重要性も教えてくれます。