「痛みとイデオロギー」

 

「イデオロギー」という言葉は、オジサンになった今でも日常的に使わない言葉ですし、正直に言うと私にはあまり馴染みがありません。

その「イデオロギー」と「痛みの感受性」を結びつけた最近の心理学研究を目にしました。

 

元論文はこちら→

Pain sensitivity predicts support for moral and political views across the aisle

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37616082/

 

この論文の「痛みの感受性」とは、物理的な痛みに対する個人の感受性の度合いを指します。

研究者は、この感受性が、個人の道徳的、政治的見解にどのように影響を与えるかを調査しました。

どうしてそんなことを考えたのか、その発想というか着眼点が私には理解不能なのですが、簡単に言えば「痛がりは、政治的にどんな態度をとりやすいか?」ということなんでしょうか。

研究は、Spike W. S. Lee博士(トロント大学の准教授でMind and Body Labのディレクター)によって主導されたものです。

研究は、Moral Foundation Theory(道徳的基盤理論)を基に行われました。

道徳的基盤理論とは、人々の道徳的判断と行動を形成する5つの主要な道徳的次元、つまり「基盤」を提唱しているものです。

 

ちなみに、これらの「基盤」とは、以下の通りです。

・「ケア/害」:他者の福祉を保護し、共感を促進する

・「公正/不正」:正義と平等を強調する

・「忠誠/裏切り」:グループアイデンティティと協力に関連する

・「権威/破壊」:権威と社会秩序への尊敬に焦点を当てる

・「聖性/堕落」:純粋さと神聖さの概念に関連する

 

研究者は、7,360人のアメリカ人参加者を対象に、道徳的基盤、政治的態度、投票の傾向、政治的人物への支持、および議論の多い政治的問題に対する態度などを調査しました。

参加者はまた、物理的な痛みの刺激に対する感受性を測定するPain Sensitivity Questionnaire(PSQ)も実施しました。

その結果がこうです。

「痛みの感受性が強い人は、自分の信念と対立する者を支持する傾向にあった」のだそうです。

つまり、リベラル派の中で、痛みの感受性が強いほど、保守的な道徳的基盤、例えば、忠誠/裏切り、権威/破壊、聖性/堕落のようなものを強く支持する傾向がありました。

一方、保守派の中で、痛みの感受性が強いほど、リベラル派の道徳的基盤、例えば、ケア/害と公平/不正のようなものを強く支持する傾向がありました。

言い換えると、「痛みの感受性が強い」+「リベラル派」では、トランプのような共和党の候補者に投票する可能性が高く、逆に、「痛みの感受性が強い」+「保守派」では、バイデンのような民主党の候補者に投票する可能性が高かったのだそうです。

つまり、痛みの感受性が強い人は、普段支持していない政治的な見解や道徳的な価値観を支持する傾向があるというのです。

 

意味がわかりません。痛みと関係あるのがそもそも驚きです。

いったい「痛みの感受性の強い人」とは、どんな人たちなんでしょう?

考えるならば、彼らは、異なる視点や価値観に開かれた心を持っていて、一方的な見解や価値観に囚われることなく、多面的な視野を持つことができる…のかも知れません。

「他人の気持ちがわかりすぎるほどわかってしまう」のでしょうか?

 

しかし、この研究にはもちろん限界があります。

自己報告に基づく調査なので、社会的望ましさやバイアスの影響を受ける可能性があります。

また、研究はアメリカの参加者を中心に行われたため、他の国や文化の人々にも同じ結果が当てはまるかは不明です。