著者のフェルディナント・フォン・シーラッハは、ドイツの小説家ですが、実際に刑事事件弁護士でもあるそうです。
現実の事件に材を得て、2009年にこの「犯罪」を刊行したのだそうです。
弁護士としての守秘義務もありますから、事件そのままを語るわけでなく、当然創作の域を脱しないのでしょうが、淡々とした事務的な語り口が実際の報告書を読んでいるような錯覚を起こします。
カテゴリーとしては犯罪小説ですが、推理小説やミステリーの類ではありません。犯人当てもないですし、もちろんどんでん返しもありません。
加害者や被害者とその周囲の人々、事件に影響を与えた社会情勢、そして事件そのものの叙述が淡々となされていきます。弁護士である「私」が裁判でどう関わったのかも語られていきます。
11件の刑事事件を扱った判例集とでも呼びたくなるような短編集なのですが、悲惨さよりも人の数奇な運命を感じずにはいられません。
そして、あっという間に転落してしまう人の心の弱さや無情な世界のありようについても考えさせられます。
一方で、ある事件ではどんなに虐げられた状況でも跳ねのける人の強さについて、感動します。
切り口は「犯罪」ですが、あくまでも作者が描こうとしているのは人間の真実の姿なのでしょう。
2012年本屋大賞の翻訳小説部門、第1位であるのも納得します。