眉村卓と言えば、私たち世代にとってはNHK「少年ドラマシリーズ」でドラマ化された「ねらわれた学園」「なぞの転校生」などのヤングアダルト小説を筆頭に、日本SF界の第一世代の大御所の先生という印象です。
2019年に85歳で逝去されるまで、病床においても書き綴っていたというのですから、この方も創作に対する情熱は枯れることがなかった方なのですね。(実際、2020年10月に「その果てを知らず」のタイトルで遺作として発刊されています)
今回の「僕と妻の1778話」は2010年の発刊です。
本の扉にはこんな紹介が載っています。
妻が、悪性腫瘍のために余命一年と告げられた。作家の夫は、妻に余計な心配をかけないようにする以外、出来ることはない。せめて、毎日気持ちの明るくなるような話を書いて、読んでもらおうと考えた —。第一回『詰碁』から一日一話を妻に捧げ、『最終回』まで、全1778話になった。
「はじめに — 一応の事情説明」から補足すると、一日一話には制約を設けていたそうです。
- 短い話となれば簡単な手抜きも可能だが、そんなことはしたくないので、一編は四百字詰め原稿用紙で三枚以上とすること
- エッセイにしない。お話でなければならない。
- 病人の神経を逆なでするような、病気や人の死、深刻な問題、上から目線のお説教、知識のひけらかし、効果を狙うあまりの後味の悪い話、は書かない。
この本には、妻へ贈った1778話のなかから52編がおさめられています。
数字が大きくなって1778話に近くなってくると、奥さんの病状がうかがい知れるほど文面が沈んでいきます。エッセイにしないという制約も難しくなり、最終的には自分の投影を描くしかなくなってくるのです。
娘である村上知子さんの解説の最後の数行がこの本の全てを語っていると思いました。
「書くことを、やめはしないぞ」
(中略)自分が病気の妻にしてやれることは畢竟これしかないのだと、父は不器用に、「書く人」であり続けた。母は、「たったひとりの読書」としてではなく、その作品が外に出て行く手助けをする「一番目の読者」として最期まで居続けようとした。
私は知りませんでしたが、この本を原作として映画化もされたそうですね。
眉村卓さんは、今も天国で書き続けているのでしょう。もちろん奥さんを一番目の読者として。