「笑う能力」

 

茨木のり子の詩集「倚りかからず」に「笑う能力」という詩が収められています。

これが小噺集のような詩で、ついにんまりしてしまいます。

 

「笑う能力」は大事にしたいです。確かに笑うのは能力がいります。

どんな時でも、笑う能力だけは残しておきたいと切に思います。

 

 

笑う能力

                    茨城のり子

 

「先生 お元気ですか

我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」

他家の姉が色づいたとて知ったことか

手紙を受けとった教授は

柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか

 

「次の会にはぜひお越し下さい

枯木も山の賑わいですから」

おっとっと それは老人の謙遜語で

若者が年上のひとを誘う言葉ではない

 

着飾った夫人たちの集うレストランの一角

ウエーターがうやうやしくデザートの説明

「洋梨のパパロワでございます」

「なに 洋梨のパパア?」

 

若い娘がだるそうに喋っていた

あたしねぇ ポエムをひとつ作って

彼に贈ったの 虫っていう題

「あたし 蚤かダニになりたいの

そうすれば二十四時間あなたにくっついていられる」

はちゃめちゃな幅の広さよ ポエムとは

 

言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま

いとをかしくて

深夜 ひとり声たてて笑えば

われながら鬼気迫るものあり

ひやりともするのだが そんな時

もう一人の私が耳もとで囁く

「よろしい

お前にはまだ笑う能力が残っている

乏しい能力のひとつとして

いまわのきわまで保つように」

はィ 出来ますれば

 

山笑う

という日本語もいい

春の微笑を通りすぎ

山よ 新緑どよもして

大いに笑え!

 

気がつけば いつのまにか

我が膝までが笑うようになっていた