映画「JOKER」

 

映画「JOKER」を観てきました。

アメコミヒーローのバットマンに登場する敵役「JOKER」が、いかにして悪のカリスマとして誕生したのか。

ホアキン・フェニックスが、孤独で切なく、悲劇とも喜劇ともいえるジョーカーの半生を演じ切っていました。

ロバート・デニーロが彼の運命を大きく左右する役を演じています。

恐らく少し前だったら決して作られなかったような映画だったと思います。

不安、人々の無理解と孤独、真正直に生きようとしても迫害され、およそ親切とは無縁の毎日。

けれども、アーサー(ジョーカーを名乗る前の彼の本名)は社会や世間に対して不満を持っていたわけではありません。

ちょっとした愛情とハグが欲しかったと言っています。

偶発的に起きてしまった事件で、彼の狂気が芽生え始めます。

そして、さらに運命の歯車が狂い始め、狂気が増長し、ついに爆発します。

人はもしかしたら誰でもジョーカーになりうる。

アーサーは自分の思いをテレビで叫んだだけでした。それは決して許されない悪意であり犯罪行為でしたが、大衆を暴徒化させるほどの深い闇を内包していました。

人々が内包する共通の闇です。

立場と環境が同じならば、人は同じ道を歩むかも知れない。

ジョーカーに共感はできませんが、私たちはその可能性を突きつけられたのだと思いました。

コミック畑の映画だと思って観ると、痛い目に合います。(実際、一緒に観に行った妻は「観終わってモヤモヤする!」と嘆いていました)

人間の闇を描いた「JOKER」。映画賞を受賞するのも当然だと思いました。

 

 

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