ちょっと落ち込んでいる時、山之口貘さんの詩を読むと、思いがけない励ましの言葉に出会ったような、ちょっとした元気づけをもらいます。
詩人の言葉は、怖いぐらいに人の心に影響力があります。
「誰だって、みんな、深い傷を背負って、そ知らぬふりして生きているのだ。」と言ったのは太宰治でした。
獏さんは優しすぎて、そ知らぬふりをするほどには強くないのですね。
肉親への愛情があふれすぎて、その弱さが獏さんらしいと思ってしまいます。
妹へ送る手紙
なんという妹なんだろう
――兄さんはきっと成功なさると信じています。とか
――兄さんはいま東京のどこにいるのでしょう。とか
ひとづてによこしたその音信のなかに
妹の眼をかんじながら
僕もまた、六、七年振りに手紙を書こうとはするのです
この兄さんは
成功しようかどうしようか結婚でもしたいと思うのです
そんなことは書けないのです
東京にいて兄さんは犬のようにものほしげな顔をしています
そんなことも書かないのです
兄さんは、住所不定なのです
とはますます書けないのです
如実的な一切を書けなくなって
といつめられているかのように身動きも出来なくなってしまい
満身の力をこめてやっとのおもいで書いたのです
ミンナゲンキカ
と、書いたのです。