「老化」は細胞同士の対話で決まる?

 

ヒトの身体は、一見すると個々の部品が独立して機能しているように見えますが、実際はそれぞれが密接に連携し、情報を共有しながら働いています。

臓器について言えば、脳と腸、心臓と腎臓などの間で互いに作用を及ぼしあいながら病態を形成しています。

「脳腸相関」や「心腎連関」などが代表的ですね。

それが、細胞レベルでも行われています。

特に興味深いのは、体内の細胞どうしが「老化」について相談しあっているということです。

最近の研究で、この内部コミュニケーションの重要な役割を果たしているのが、ミトコンドリアであることが明らかになりました。

ミトコンドリアは、私たちの細胞のエネルギーを生産する工場のようなものです。

しかし、その役割は単にエネルギーを生産することにとどまりません。

最近の研究では、ミトコンドリアが異なる組織間で「会話」を交わし、細胞が受けた損傷を修復するために協力していることが示されています。

この発見は、私たちの体がどのようにして老化プロセスを管理しているかについての理解を深めるものです。

研究者たちは、特に脳内のミトコンドリアが体全体の細胞とどのようにコミュニケーションを取っているかに焦点を当てました。

彼らは、線虫(C.elegans)を使用して研究を行いました。

そして、脳のミトコンドリアが損傷を受けた際に、その修復を助けるために特定のストレス応答を活性化することを発見しました。

この応答は、正常な機能を回復させるために必要な修復酵素を提供します。

このプロセスは脳内だけでなく、線虫の体の他の部位の細胞にも影響を及ぼし、それらの細胞もまた修復応答を活性化させることが観察されました。

この「会話」のメカニズムを解明するために、研究チームはさらに調査を進め、ストレスを受けたミトコンドリアが、Wntと呼ばれるシグナルを使って神経細胞から体の他の細胞へと情報を送っていることを発見しました。

Wntシグナルは、発生初期に体のパターンを設定する際に重要な役割を果たすことが既に知られていましたが、成体でこのシグナルが活性化された場合、どのようにして発生プログラムを回避するのかは謎でした。

この謎を解く鍵は、ミトコンドリアの遺伝子にありました。

研究チームは、生殖細胞のミトコンドリアにのみ発現する特定の遺伝子がWntの発生プロセスを中断することを発見しました。

これは、生殖細胞が神経系と体の他の組織間でWntシグナルを中継する重要な役割を果たしていることを示しています。

この発見は、老化プロセスにおける生殖細胞の役割に新たな光を当てるものです。

生殖細胞が健康である限り、生存に有利なシグナルを送り、宿主生物が繁殖できるようにします。

しかし、生殖細胞の質が低下すると、さらに寿命を延ばす理由はなくなります。

つまり、生命は自己を再生するために存在するという進化の視点から見ると、このプロセスは非常に意味があります。

この研究は、ミトコンドリアがかつて自由生活していた細菌であり、現代の複雑な細胞を形成するために他の原始細胞と力を合わせたことを思い出させます。

そのため、ミトコンドリアがコミュニケーション能力を持っているのは、その自由生活していた細菌の祖先からの遺産かもしれません。

この研究が人間を含むより複雑な生物にも当てはまるかどうかはまだ分かりませんが、私たちの体内で細胞がどのように「会話」して老化を管理しているかを理解することは、将来の健康管理や疾患治療に革命をもたらす可能性があります。

私たちの体内で進行中のこの微細な会話が、いつかはより長く、より健康に生きるための鍵となるかもしれません。

 

元論文:

Shen K, Durieux J, Mena CG, et al. The germline coordinates mitokine signaling. Preprint. bioRxiv. 2023;2023.08.21.554217. Published 2023 Oct 4. doi:10.1101/2023.08.21.554217