逆境がもたらす脳の変化

 

今日紹介する論文は、「逆境の経験が脳にどのような影響を与えるか」を、メタアナリシスという手法を用いて調査したものです。

メタアナリシスとは、あるテーマを調べるときに、同じテーマについて調べた、他の複数のグループの研究を集めて、一緒に分析してみることです。

この方法によって、多くの研究データが一元化され、より確かな結論が導かれる可能性があります。

 

元論文はこちら→

Antoniou G, Lambourg E, Steele JD, Colvin LA. The effect of adverse childhood experiences on chronic pain and major depression in adulthood: a systematic review and meta-analysis. Br J Anaesth. 2023;130(6):729-746. doi:10.1016/j.bja.2023.03.008

 

研究で使用されたデータベースからは、2016件の論文がヒットしましたが、その中から336件が詳細なレビューの対象とされ、さらにデータが抽出されて、結局、83の研究がメタアナリシスに採用されました。

これらの研究には合計で5242人の参加者がいて、801の座標データが分析されました。

このメタアナリシス研究では、逆境にさらされたグループと比較グループとの間で、扁桃体(特に右側)の反応が大きかったことが明らかになりました。

具体的には、右扁桃体での血中酸素レベル依存(BOLD)反応が、逆境にさらされたグループで大きかったのです(FWER補正によりP ≤ .001; x軸 = 22, y軸 = -4, z軸 = -17)。

扁桃体は、感情、特に恐怖や不安を制御する脳の部分です。

この結果から、逆境が特に感情処理に影響を与える可能性が高いと考えられています。

さらには、扁桃体だけでなく前頭前野(superior frontal gyrus)での活動も高まっていたのがわかりました(FWER補正によりP < .05)。

前頭前野は、判断や意志決定、自己制御などの高度な認知機能を担っています。

この部分の活動が高まっているということは、逆境が複雑な思考プロセスにも影響を与えている可能性を示しています。

つまり、逆境が感情処理から高度な認知機能に至るまで、脳のさまざまな領域に影響を与えることが、このメタアナリシスから明らかになったのでした。

このような洞察は、逆境やストレスといった生活の困難が、私たちの脳や心にどのように作用するのかを理解する手がかりとなります。

 

さて、ここで「逆境が扁桃体と前頭前野の活動を高める」という現象について考えてみたいと思います。

これは、ヒトがストレスや逆境に対抗するための適応と考えるべきものでしょうか?

それとも、この脳の変容は悪い結果としてとらえるべきものでしょうか?

実際にはどちらの解釈も可能ですね。

これには個々の状況や逆境の性質、さらにはその人の全体的な健康状態など、多くの要因が影響しています。

一方で、これは適応の一環として解釈することができます。

逆境に直面した際に、脳はよりアラートな状態になり、感情を処理しやすくなることで、状況に対応しやすくなるかもしれません。

また、前頭前野の活動が高まることで、より良い判断や意志決定を行う助けとなるかもしれません。

これは、逆境に対抗するための脳の「戦闘態勢」の一部と考えることができるでしょう。

しかし一方で、これらの変化が慢性的になり過ぎると、それはストレスの症状や精神的な疾患につながる可能性があります。

特に扁桃体の活動が過度に高まると、不安や恐怖反応が強化され、精神的な健康に悪影響を及ぼすことが知られています。

つまり、逆境に対する脳の反応は、適応的であると同時に、バランスが崩れると悪影響を及ぼす可能性があるという、二面性を持っています。

重要なのは、適応と回復のための適切なサポートとケアが提供されることです。

それによって、逆境による脳の変化を健康的な方向に導くことができるでしょう。