薬の飲み合わせで迷ったとき、以前は薬局に電話をかけていました。
診療の途中でクリニックを離れられないので、受話器を取り、忙しい時間帯かもしれない相手の手を止めてもらいます。
いまは手元の画面に打ち込めば、数秒で候補が並びます。
かける手間も、すみませんという一言もいりません。
ただ、日を置いてから薬剤師さんのほうから「あれ、うちでも調べ直しました」と言われたことが、何度かあります。
イェール大学で物理学科長を務めるサラ・デマースさんも、人に尋ねることで生まれるやり取りを気にかけています。
科学誌『Quanta Magazine』のインタビューで、AIが物理学にもたらす変化を語りました。
アメリカ物理学会でAIについての方針声明をまとめる作業にも加わっています。
公表は2027年春の予定です。
研究グループでは実験の調整にAIを使う資金を得ていますが、個人ではClaudeにもChatGPTにも、一度も文字を打ち込んだことがないそうです。
扱いにくい形式のデータを整えることも、データを読み出すコードの最初の版を書いてもらうことも、彼女は歓迎しています。
なかでも期待を寄せるのは、昔の実験のデータに、新しく質問することです。
かつては、使われなくなった計算機やコードを動かし直す必要があり、容易には手を出せませんでした。
いまは、残された図や整理済みのデータも手がかりにできます。
その目的に使えるデータかを慎重に確かめながら、以前は難しかった問いに答えられるといいます。
物理学者に必要な技能も、AIとともに変わっていくと彼女は考えています。
かつて米国の一部の物理学の博士課程では、重要な論文を読むためにドイツ語の読解力が求められたそうです。
その例を挙げながら、これからも欠かせない技能は何かを、見極めようとしています。
彼女が大学院にいたころ、分からないことは何度も人に尋ねたそうです。
そのたびに恥ずかしい思いをしたといいます。
それでも、分からないと認めたあとの安堵は、はっきり覚えているそうです。
そこから会話が始まり、実際に何かを学べた。
人とのつながりだけでなく、自分の中でも理解がつながる時間だったと振り返ります。
彼女は、元バレエダンサーの同僚と、『Physics and Dance』という本を書いています。
跳んだり回ったりする体の動きや、そこに働く力を、物理学とダンスの両方から考える本です。
その分野の疑問を生成AIに尋ねれば、自分たちの考えを使った答えが返ってくるかもしれません。
それで疑問が解ければ、著者にメールを送って話してみる機会はなくなるのではないか。
考えの出所が見えにくくなることに加え、読者との会話が失われることを、彼女は心配しています。
その会話では、自分も学べるからです。
病院に勤めていたころ、若いスタッフから透析の設定について聞かれたことがありました。
答えたその日の夜、自分のほうが教科書を開いて、同じところを読み直していました。
聞かれなければ、開かなかったページです。
参考文献・元記事:
Quanta Magazine: In an Age of AI, a Physicist Seeks What Endures(Rebecca Boyle 記者によるイェール大学物理学科長サラ・デマーズ教授へのインタビュー、2026年9月3日公開)

紹介した論文とブログの内容を、ポッドキャストやYouTube動画にしてみました。あわせてお楽しみください。
