サンゴの枝のあいだ ― 魚が払う家賃

サンゴの枝のあいだ ― 魚が払う家賃

 

子どものころ、慶良間諸島でグラスボートに乗った記憶が、今も残っています。

船底のガラス越しに見えた海底は、青緑色の光に沈んでいました。

枝分かれしたサンゴの隙間を、小さな魚の群れが出たり入ったりしていました。

魚がサンゴに守られている。子どもの目には、そう見えました。

 

その枝の間では、魚からサンゴへ渡るものもあります。

サンゴは動物ですが、体内に光合成をする小さな藻類を住まわせ、藻類がつくった栄養を受け取っています。

そこへ加わるのが、サンゴにすむスズメダイの仲間が排泄する、アンモニウムという窒素を含む物質です。

魚にとっては体の外へ出すものが、藻類には成長に必要な栄養になります。

魚の食事が、排泄を通して、サンゴの体内にいる藻類の栄養にもつながります。

 

モーレア島の先行研究では、魚が住むサンゴの枝の周囲で、アンモニウムの濃度が高くなっていました。

とくに魚が盛んに餌を食べたあとに高くなります。

海中で魚の有無を変えて比べた約1か月の実験でも、魚がいるサンゴのほうがよく成長しました。

枝の間に暮らす魚は、住まいのそばに栄養を届けていたのです。

 

夜には、別の働きが見えてきます。

藻類の光合成が止まり、サンゴなどの呼吸で酸素が使われると、水の通りにくい枝の奥では酸素が乏しくなることがあります。

先行研究の赤外線映像には、枝の間で夜を過ごすスズメダイの仲間が、休息中もひれを盛んに動かす姿が映っていました。

水槽で酸素を測ると、魚がいる場合にはサンゴの表面近くの酸素が高く保たれました。

住まいに肥料を届け、ひれで換気もする。

家賃の現物払いと呼びたくなります。

 

こうした栄養や酸素の供給が、傷ついたサンゴの修復も支えるのではないか。

今回の研究者たちが実験へ進んだのは、そのためです。

サンゴは嵐や捕食などで傷つき、新しい組織をつくって傷を塞ぐにはエネルギーが要ります。

モーレア島で枝状サンゴ72片を、魚あり・魚なし各3槽に分け、それぞれに傷なし、小さな傷、大きな傷の条件を設けました。

魚ありの水槽にはスズメダイを6匹ずつ入れました。

どの水槽にも同じ量の餌を与え、21日後の傷を比べました。

 

魚のいる水槽では、傷が完全に閉じたサンゴが多く見られました。

公開データのうち、傷をつけた全48片で数えると、魚あり24片中16片、魚なし24片中9片でした。

魚が傷の修復を支えている可能性をうかがわせる結果です。

論文の「治癒速度」は、塞がった面積を21日で割った値で、開始時の傷の大きさも影響します。

本稿でその広さを統計上そろえると、速度の差は大幅に縮みました。

比較は各3水槽と小規模ですが、先行研究で知られていた栄養や酸素の供給が、傷の修復にもつながるのではないかという問いに、手がかりが加わりました。

 

先行研究が捉えた夜の映像には、枝の間に身を寄せながら、ひれを動かす魚がいました。

魚にとっては、身を隠して過ごす一晩です。

その小さな動きのすぐそばで、サンゴも呼吸を続けています。

 

参考文献:

Hayden Vega, Craig W. Osenberg, Ashley W. Seifert, Ninah Munk, Adrian C. Stier; Coral-associated fishes accelerate coral wound healing and photosynthetic recovery. Biol. Lett. 1 July 2026; 22 (7): 20260177. https://doi.org/10.1098/rsbl.2026.0177

 

 

紹介した論文とブログの内容を、ポッドキャストやYouTube動画にしてみました。あわせてお楽しみください。