走りの平熱計 ― 徹夜の跡は「いつもの自分」との差に現れた

走りの平熱計 ― 徹夜の跡は「いつもの自分」との差に現れた

 

マラソン大会の前夜は、なかなか寝つけないものです。

とくに前泊したときは、枕が合わなかったり、翌日のレースが気になったりして、時計を見るたびに焦り、ますます眠れなくなります。

寝不足の朝は、思い通りには走れないだろうと、半ばあきらめてスタートラインに立ちます。

走り終えてスポーツウォッチの記録を見ても、その朝の走りがいつもとどう違ったのかまでは、数字だけでは分かりません。

 

走りの研究が主に扱ってきたのは、長時間の運動によって起こる筋肉の疲労でした。

一方、睡眠不足による疲労は、動作を組み立てたり、次の動きを先回りして調整したりする神経の働きに影響すると考えられています。

これまで研究者は、その変化を大がかりな実験装置で測っていました。

 

ベルギーの研究チームは18~35歳のランナー21人に、通常睡眠後と徹夜後に走ってもらいました。

どちらを先にするかは無作為に決め、2回の実験は1週間あけました。

通常睡眠の回は研究室で23時から7時まで眠り、徹夜の回はスタッフが見守るなか朝まで起きていました。

翌朝、各人に合わせた4段階の強度でトレッドミルを走りました。

開始は通常睡眠後が7時30分、徹夜後が6時30分でした。

13台の赤外線カメラで83項目、腰のセンサーで36項目を同時に記録しました。

 

データの見せ方は2通りです。

1つは、同じ人が同じ速さで走った2回の記録を引き算し、通常睡眠から徹夜への差か、その逆かを当てさせる方法です。

もう1つは、1回分の記録だけで通常睡眠後か徹夜後かを当てさせる方法です。

前者の最高正答率は腰のセンサーで85.4%、実験室の装置で82.7%、後者は65.4%と62.9%で、多くのモデルは50%前後でした。

複数人のデータでモデルを学習させ、学習に含めなかった人で確かめました。

ただし、誰を判定するかで成績は大きく揺れ、標準偏差は19~23ポイントでした。

つまり85.4%は、腰のセンサー1回分で寝不足を見抜く精度ではありません。

 

平均値がほとんど変わらない項目もありました。

接地時間は233.19ミリ秒から236.75ミリ秒へ1.5%長くなり、1分間の歩数は169.01歩から167.46歩へ0.9%減っただけです。

人どうしの違いの方が大きいため、同じ人の記録を比べると、徹夜による小さな変化が見えやすくなります。

著者は、日頃からウェアラブル機器で走りを記録し、いつもの自分から外れたときに気づく使い方を考えています。

一度きりの健康診断ではなく、本人専用の「走りの平熱計」です。

 

13台のカメラの方が腰のセンサー1個より正確だという予想は外れました。

ただし、装置や判定方法の成績は統計的に直接比べていません。

装置ごとに相性のよい手法が違った理由として、項目数や重なりが考えられますが、まだ仮説です。

この論文は査読前です。

著者の1人はセンサー会社の共同創業者で株主です。

別の1人は、解析終了後に同社へ就職しています。

調べたのは、若いランナーが研究室で徹夜してトレッドミルを走る場合だけです。

別の集団ではまだ確かめられていません。

 

前夜のホテルで時刻を確かめた時計は、翌朝には接地時間や歩数を記録しています。

その数字を他人の平均と並べるだけでは、その朝が寝不足だったかどうかを確実には見分けられません。

寝不足かどうかを最もよく見分けられたのは、よく眠れた日の自分の走りと比べたときでした。

 

参考文献:

Seynaeve M, Hendrickx K, Vanwanseele B, de Beukelaar T. Detecting sleep deprivation from running biomechanics using machine learning classification: a comparison between wearable and laboratory motion capture. bioRxiv. Preprint posted online July 15, 2026. doi:10.64898/2026.07.14.738397

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。