2023年11月、私は「勝手にマジシャン・シリーズ」でホアン・タマリッツを紹介しました。
選んだ映像は「タマリッツ・シルク」。
観客が持つ白いシルクに、別の観客が選んだカードが現れる演目です。
当時の私は、彼のにぎやかな姿の奥には緻密な計算があり、「熟練の手品師でさえ騙される」と書きました。
2026年8月18日、タマリッツはマドリードで亡くなりました。
83歳でした。
カードマジックが好きで、彼を敬愛してきた私には、一人の有名人の訃報では済みません。
あのシルクハット姿も、見えないバイオリンを弾く姿も、もう新しい舞台では見られません。
その事実が胸に重く残りました。
タマリッツは1942年、マドリード生まれ。
4歳頃にマジックに魅せられ、物理学と映画を学んだのち、マジックの道へ進みました。
1971年には仲間たちとマドリード魔法学校の宣言に加わり、手順をなぞるだけではなく、観客の心理や感情まで考えるマジックを掲げました。
1973年、マジックの世界大会であるFISMパリ大会のカードマジック部門で世界第1位になりました。
テレビでは何世代もの家庭に親しまれ、専門家の間では、その理論書が読み継がれました。
しかし、世界第1位は彼の仕事のすべてではありません。
『The Magic Way』では、観客が思いつく「こうやったのではないか」という説明を演技の中で一つずつ退ける方法を考え、『Five Points in Magic』では視線、声、手、足、身体の使い方を掘り下げました。
『Mnemonica』では、52枚の並びを記憶して使う方法を体系化しました。
彼は秘密を抱え込まず、本や講義で世界のマジシャンに伝えました。
1997年にはマジックランドでレクチャーを行い、2014年には大阪で5時間のワークショップを開きました。
2024年のインタビューで、彼は「トリック」という言葉を好まないと話しています。
欺きや罠を連想させるからです。
代わりに選んだのは「ゲーム」でした。
私は2023年の記事で「騙される」と書きました。
その表現は技術の凄みを捉えていました。
しかしタマリッツは、マジシャンが勝ち、観客が負けるような勝負をしていたのではありません。
2016年、彼は自分はユーモアを演じているのではなく、楽しい気持ちでマジックをし、それが観客に伝わることを願っていると語りました。
目標は、公演が終わったとき、観客が入ってきたときより楽しい気持ちになっていることでした。
大きな声も、子どものような笑顔も、空中で弾くバイオリンも、精密な技法を隠すためだけのものではありません。
不可能が起きた瞬間を、観客と同じ側で喜ぶためのものでした。
8月19日、マドリードの斎場では、会葬者がトランプのカードに追悼の言葉を書き残しました。
彼が生涯、観客と向き合うたびに手にしたカードに、今度は見送る人々が言葉を託したのです。
2023年の記事に載せた動画では、今も白いシルクに1枚のカードが現れます。
映像は何も変わっていません。
ただ、訃報のあとに見返すと、そこに残っているのは見破れない仕掛けだけではありません。
タマリッツと観客が、あり得ない出来事を一緒に楽しんだ時間です。

