長い文章を何度も書き写せば、どこかに誤字が入ります。
けれど、意味を左右する語まで、ほかの箇所と同じように変わっていくとは限りません。
生物のゲノムにも、世代を重ねる間に変化が残りやすい場所と、残りにくい場所があります。
ゾウやクジラのように体が大きく長寿の動物は、細胞の数が多く、長い生涯のあいだに細胞分裂も重なります。
それなら、がんも増えそうです。
ところが、哺乳類の種をまたいで比べると、がんの発生は体格や寿命に単純には比例しません。
これは「ペトーのパラドックス」と呼ばれています。研究チームは、長寿動物では、がんに関係するゲノム上の場所が進化のなかで守られてきたのかを調べました。
対象は58種の哺乳類です。
このうち9種は最大寿命の記録がなく、系統関係と生活史データから推定した値を使いました。
最大寿命26年を基準に、23種を長寿群、35種を短命群に分けます。
ヒトの腫瘍で報告された約315万か所を、ほかの動物のゲノム上の対応位置へ置き直しました。
さらに、同じ遺伝子内で、がん関連部位から50塩基以内にあり、がんとの関係が記録されていない場所を対照に選びました。
がん関連部位そのものを長寿群と短命群で直接比べると、二つの測定法のどちらでも差は確認されませんでした。
系統樹の枝の総量をそろえて20種ずつに絞っても、結果は変わりません。
この比較からは、長寿群の方が変わりにくいという方向を絞れませんでした。
別の比較では、長寿群のがん関連部位を、すぐ近くの対照部位と比べました。
進化速度の中央値は0.503対0.513で、差は0.010です。
数値が低いほど変化が少ないため、がん関連部位の方がわずかに変わりにくい結果でした。
別の測り方でも同じ方向となり、著者らは統計上の差があると判定しました。
短命群でも中央値は0.408対0.425で、がん関連部位の方が低く、数値上の差は長寿群より大きく見えました。
ところが、こちらは統計上の差と判定されませんでした。
長寿群で差が出て短命群で出なかったというだけでは、近傍との差が両群で異なる証拠にはなりません。
その判断には、二つの差を直接比べる必要があります。
分類法を変え、特徴的な長寿動物を解析から除いても、主要結果は変わらなかったと研究者らは報告しています。
このブログで取り上げたのは、原著のうち進化的な保存度を調べた部分です。
ヒトでがんに関係した位置を他の哺乳類へ対応させた解析であり、各種でも同じ働きをするか、実際のがん発生率がどう違うかは測っていません。
また、数百万の位置は同じ遺伝子の中に集まり、同じ58種の系統関係を共有しているため、独立した観察の数は見かけの部位数より少なくなります。
長寿群のゲノムで読めたのは、がんに関わる語が隣の語よりほんのわずかに書き換わりにくかった、という一行です。
けれど、その一行だけでは、長寿動物にしかない書き癖とまでは言えません。
参考文献:
Zhang, X., Li, M., Tong, X. et al. Longer-lived mammals exhibit greater evolutionary conservatism and epigenetic modification at cancer-associated loci. Nat Commun (2026). https://doi.org/10.1038/s41467-026-76479-3

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
