親しい人と話したあと、気持ちが軽くなることがあります。
会話に救われたのか、もともと心に余裕があったから楽しく話せたのか。
その一度の出来事だけでは、どちらが先だったのか分かりません。
心の健康という言葉を扱う専門家たちも、同じ区別のつきにくさを手元に抱えています。
心の健康は、単に心の病気がないことだけを指すわけではありません。
心が健やかな状態まで含めようとすると、何をそこに含めるかは簡単に決まりません。
幸福感、人生満足度、意味と目的、人とのつながり。
重視するものは分野によって違っていました。
そこで研究チームは、心理学、医学、公衆衛生、哲学、経済学など11分野から専門家を集め、意見を何度か集めて合意を探るデルファイ調査を3回行いました。
最初の調査に答えた122人は26か国に住んでいますが、米国、英国、オーストラリアだけで約6割を占め、一般の人や患者は加わっていません。
調査は英語で行われ、招待した研究者のうち回答したのは約1割でした。
専門家はまず、26の候補それぞれについて、心の健康そのものの一部として含めるかを4段階で評価します。
「分からない」を除いた回答のうち、「重要」または「不可欠」が75%以上なら採用としました。
自由記述で提案されたものから4項目を加え、結論の出なかった項目は前回の集計を示して尋ね直しています。
第3回では、参加した89人に、それぞれの項目が心の健康を支えるものか、心の健康から生まれるものかを、0から100の目盛りで答えてもらいました。
0が主に支えるもの、50が両方、100が主に生まれるものです。
原因と結果を調べた実験ではなく、今後の整理のために試験的に置かれた設問です。
最終的に19項目が基準に達しました。
そのうち、意味と目的、人生満足度、自己受容、親しい人とのつながり、自律性、幸福感の6項目では、90%を超える専門家が「含める」と答えています。
これは効果が90%あったという意味でも、重要度の順位でもありません。
その項目を心の健康に含めると判断した専門家の割合です。
目盛りの中央値は、幸福感が90、人生満足度が85で、生まれる側に寄りました。
自律性は17、安全感は23で、支える側に寄っています。
ところが、19項目のうち14項目は、中央値が47から52の間に収まりました。
同じ項目についても、専門家の答えはかなりばらついています。
含める項目は決まっても、その向きは決まらないままでした。
中央値が50付近だからといって、多くの人が「両方」と答えたとは限りません。
支える側と結果側に答えが分かれても、中央値は50付近になり得ます。
公表された集計だけでは、どちらだったのかまでは分かりません。
自由記述にも、原因、そのものの一部、結果を分けるのは難しいという指摘がありました。
研究チームは、同じ項目でも状況によって支える側にも生まれる側にもなると考えています。
この調査は人々の日々の暮らしを追っていません。
19項目は、自分の心の健康を採点するために並べられたものではなく、分野を越えて話し合うための最初の整理案です。
親しい人との会話に救われる日があります。
反対に、少し心が軽くなったから、誰かと話したくなる日もあります。
どちらの日も、話し終えたあとの軽さは同じ形をしています。
参考:専門家が「含める」とした19項目
| 項目 | 「含める」と答えた割合 | 0=支える側、100=結果側(中央値) |
| 意味と目的(Meaning and purpose) | 95.9% | 52 |
| 人生満足度(Life satisfaction) | 94.3% | 85 |
| 自己受容(Self-acceptance) | 94.2% | 51 |
| 親しい人とのつながり(Connection) | 93.4% | 50 |
| 自律性(Autonomy) | 90.9% | 17 |
| 幸福感(Happiness) | 90.1% | 90 |
| 所属感(Belonging) | 87.2% | 48 |
| 受容(Acceptance) | 84.3% | 49 |
| 有能感(Competence) | 84.2% | 48 |
| 没頭・関与(Engagement) | 82.4% | 50 |
| 達成(Achievement) | 81.7% | 50 |
| 成長(Development) | 81.1% | 50 |
| 楽観性(Optimism) | 81.0% | 50 |
| 自己一致(Self-congruence) | 80.2% | 47 |
| 楽しさ(Fun) | 78.3% | 52 |
| 穏やかさ(Calmness) | 75.5% | 74 |
| 安全感(Sense of safety) | 75.5% | 23 |
| 活力(Vitality) | 75.0% | 52 |
| 活動と生活機能(Activities and functioning) | 75.0% | 51 |
「含める」と答えた割合は、「重要」または「不可欠」と評価した人の割合です。
「分からない」は分母に含めていません。
項目によって採用が決まった回が異なるため、回答者数もそろっていません。
この割合は、効果の大きさや重要度の順位を示すものではありません。
右端の数値は、0に近いほど心の健康を支えるもの、100に近いほど心の健康から生まれるものと専門家が判断したことを表します。
50は「両方」です。
これは第3回に参加した89人へ試験的に尋ねた結果で、実際の原因と結果を示す数字ではありません。
参考文献:
Iasiello, M., van Agteren, J., Ali, K. et al. A Delphi consensus study on the dimensions of positive mental health. Nat. Mental Health 4, 746–753 (2026). https://doi.org/10.1038/s44220-026-00617-5

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
