子どものころ、親に言いつけられて庭の草刈りや年末の大掃除をやらされました。
半日つぶれてこづかいはたいして出ず、兄弟で文句を言い合いました。
親戚のおばさんに頼まれた用事は別でした。
似たような手伝いなのに、帰りに握らされた額が多く、その日はほくほくして帰った覚えがあります。
同じ手間でも、もらった額が大きい仕事ほど、あとあとまで良く言っていたものです。
そこを実際に確かめた人たちがいます。
1959年に実験をした、フェスティンガーとカールスミスの二人です。
当時も、自分の考えと違うことを人前で言わせるなら、謝礼が多いほど本人の意見も動くはずだ、と思われていました。
ところが、それまでの研究の中には、謝礼が少ないほうがかえって意見が変わった、というものもありました。
ただ、その研究では引き受けた人と断った人の割合が条件ごとにばらばらで、結局どういう人の意見を測ったのかがはっきりしません。
二人も、そこが決め手に欠けるところだと見ていました。
そこで、全員に同じことを言わせて、渡す金額だけを変えてみることにします。
集まったのは、心理学の入門講義をとる男子学生です。
はじめの30分は、糸巻き12個を盆に並べては空けます。
次の30分は、板に刺さった48本の角材を4分の1ずつ回していきます。
終わったところで、次の参加者として待っている学生に、面白かったと伝えてくれ、と頼まれます。
謝礼は1ドルか20ドルで、対照群はこの役を頼まれません。
作業の前に気持ちを聞いてはいないので、点がつくのはあとの面接の一度きりです。
面接をする人には、その学生がどの条件だったかを伝えていません。
71名のうち11名は集計から外れています。
仕掛けを見抜いた人、退屈だったと正直に言ってしまった人、金を受け取らなかった人などで、1ドル群から7名、20ドル群から4名、対照群からは1名も出ていません。
残ったのは各群20名です。
作業がどれだけ楽しかったかをマイナス5からプラス5でつけてもらうと、対照群の平均はマイナス0.45でした。
20ドルを受け取った群はマイナス0.05で、対照群よりわずかに高いものの、はっきりした差は出ていません。
1ドルの群だけがプラス1.35で、対照群との差は0.02水準(t=2.48)、20ドル群との差は0.03水準(t=2.22)でした。検定はどれも両側で行っています。
どれも1群20名、一つの大学の男子学生から出た数字です。
金額が上がるほど評点も上がる、とはなりませんでした。
動いたのは、割に合わない額しか受け取らなかった側です。
二人はこの違いを、言葉の預け先があるかどうかで説明します。
20ドルを受け取った人には、それを口にした理由が手元にあります。
1ドルの人には、その預け先がありません。
もう一度参加したいかという評点も、対照群マイナス0.62、1ドル群プラス1.20、20ドル群マイナス0.25で、向きは同じでした。
ただし有意水準には届いていません。
この実験に科学的な値打ちがあると思うか、という評点は5.60、6.45、5.18で、1ドル群がやや高い程度にとどまり、これも有意水準には届きません。
一方、どれだけ学べたかの評点は3.08、2.80、3.15で、群ごとの差ははっきりしません。
差がついたのは、自分の口から出したことに近い評点のほうです。
1ドル群のほうが熱心に話して、その場で言葉を練ったからではないか、とも考えられます。
二人は待合室での会話を録音しておき、話の中身や説得力など5つの点を、条件を知らない2名に採点させています。
2人の採点はよく揃っていて、一致の程度は0.61から0.88、平均0.71でした。
結果は5つとも20ドル群のほうがわずかに高く、いちばん開いた話題に使った時間でも6.74対8.19、t=1.80で有意水準に届きません。
1ドル群のほうが熱心に話していた跡は出てきません。
出てこなかった、というところまでで、この見方が消えたわけではありません。
1959年の実験で言えるのはここまでで、同じ型の手続きを組み直した検証は今も続いています。
引き受けた仕事を人に話すとき、手元に十分な理由があるかどうかで、言葉の残り方が変わります。
たっぷり払ってもらった仕事の感想なら、財布のほうに預けておけます。
ほとんど何ももらわずに良く言った言葉は、預ける先のないまま自分の側に残ります。
参考文献:
FESTINGER L, CARLSMITH JM. Cognitive consequences of forced compliance. J Abnorm Psychol. 1959;58(2):203-210. doi:10.1037/h0041593

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
