前田知洋さんやふじいあきらさんが演じる「アンビシャスカード」という手順があります。
観客が選んだ1枚が、束の中ほどに差し込まれたはずなのに、また一番上に戻ってくる。
私も即興で演じることがあります。
演者が動かしているのは、あくまで札の並びです。
観客が持っている「これを選んだ」という感覚の方には手が届かない。
長いあいだ、私はそう思っていました。
意図と結果を照らし合わせ、ずれていれば直す。判断についての理論は、長くこの往復を前提にしてきました。
ただ、それを調べる実験では、何を意図するかが課題の側であらかじめ決められていることが多いのです。
日常の側も寛容で、瓶ビールに手を伸ばして牛乳のグラスを握らされることは、まず起こりません。
食い違いを作る側に人が回ったとき何が起きるかは、調べられていませんでした。
手品で観客の選択に触る方法は2通りあります。
選ぶ前に働いて選択そのものを決める手と、選んだ後に働いて結果だけを替える手です。
ルンド大学の実験が持ち込んだのは後者でした。
120人、うち女性70人に、女性の顔写真を2枚ずつ見せ、魅力的だと思う方を指さしてもらう。
選択の側は自由なままです。
参加者から見えない側に、選ばれなかった方の顔の写真がもう1枚重ねてあります。
実験者は2枚を伏せ、動く腕の袖で、いま見せていた方の写真を覆いながら、隠してあった方を参加者の手元へ滑らせます。
参加者はそれを拾い上げ、その場でなぜ選んだのかを話します。
論文の謝辞には、カードマジックの技法について助言を受けたことが記されています。
1人が見る15組のうち3組が入れ替えの対象で、考える時間は2秒、5秒、制限なしの3条件でした。
入れ替えた354試行のうち、その場で気づかれたのは46試行、13%です。
実験後の面接まで合わせても、気づかれた試行は全体の26%を超えていません。
手品をやる人間として引っかかるのは次の点です。
1から10の尺度で平均5.7の似ている顔の組と、平均3.4の似ていない顔の組のあいだに、検出率の差は検出できていません。
似た絵柄で通したわけではない。
判断の材料は女性の顔の魅力という一種類で、参加者も120人という限られた条件ですが、少なくともこの範囲では、成功は見分けのつきにくさに支えられていません。
気づかないまま、参加者は手元の顔について理由を話します。
確信の強さは3.3、細かさは3.1と、入れ替えた回とそうでない回のあいだに差は検出できませんでした。
理由の13.3%は、手元にある顔にしかない特徴を挙げています。
髪の色でも、耳飾りでも、自分が指さしていない方の顔にしかないものを、選んだ根拠として語る。
これは、語られた理由が選択の瞬間の記録ではないことを示す一手です。
理由は、手元に来たものを見てから組み立てられている。
演者が入れ替えたのは1枚の紙で、入れ替わったのは、その紙についての説明の方です。
これらは試行や報告を単位とした割合で、ある人が3組とも取り違えた頻度ではありません。
気づいたうえで黙っていた人もいたかもしれません。
手品の観客にも、見破ったことを最後まで言わない人はいます。
この説明は残ったままです。
もう一つ、理由の11.2%は、手元の顔と食い違う特徴、つまり伏せられた側の顔にあった特徴を挙げていました。
選ぶ前に持っていたものが、そのまま口に出た場合もあるわけです。
好みなど初めからない、という話にはなりません。
この実験から言えるのは、指さした先と手の中のものが当人の中でいつも照合されるとは限らず、照合されないとき、理由の方が手元に合わせて出てくることがある、という範囲までです。
何がそれを起こすのかは、この実験の外にあります。
次にアンビシャスカードを演じるとき、私が見ることになるのは、たぶん札の並びではありません。
観客が「これだと思ったんだけどな」と話し始めるあの数秒を、これまで演技の後始末として聞き流していました。
あそこで何が起きているのかを、私はまだ知りません。
参考文献:
Johansson P, Hall L, Sikström S, Olsson A. Failure to detect mismatches between intention and outcome in a simple decision task. Science. 2005;310(5745):116-119. doi:10.1126/science.1111709

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
