寝ようとして明かりを消したあと、明日の予定が頭に浮かびます。
考えないでおこうと決め、いったん頭の隅へ押しやります。
数分して、また戻ってきます。
考えたくないことは、押しのければ視界の外に置ける。
押しのける動作そのものは、そのつどうまくいっているように見えます。
けれど、その場ではうまく押しのけても、あとになってまた頭に浮かぶことがあります。
それまでの研究が主に見ていたのは、考えを押しのけた「あと」でした。
たとえば、あることを忘れるよう指示し、しばらくしてどれだけ思い出せるかを調べます。
けれど、考えまいとしている数分間に、その考えが何度戻ってくるのかは、ほとんど記録されていませんでした。
1987年、心理学者のダニエル・ウェグナーたちは、その見えにくい時間を記録しようとしました。
論文の冒頭には、若いドストエフスキーが兄弟に「白熊を考えないように」と挑み、相手が長いあいだ困り果てたと伝えられる逸話があります。
研究チームが調べたかったのは白熊そのものではなく、一つの考えを意識から追い出そうとする最中と、その直後に何が起こるかでした。
この課題に、大学生34人が参加しました。
参加者は1人で部屋に入り、頭に浮かぶことを声に出し続けました。
17人にはまず5分間、白熊を考えないよう求め、次の5分間は考えるよう指示しました。
残る17人には、同じ2つの課題を逆の順序で行ってもらいました。
白熊を口にしたときだけでなく、頭に浮かんだときにも机のベルを鳴らします。
研究チームが数えたのは思考そのものではなく、発話とベルに表れた報告です。
考えないように言われた5分間でも、白熊の報告は両群平均6.78回ありました。
1分に1回を超えています。
ただし、考えるよう指示された時間の平均19.22回より少なく、抑制している最中から白熊が増えたわけではありません。
差が現れたのは次の5分です。
先に白熊を禁じられ、その後に考えるよう言われた群では、報告が平均22.06回でした。
最初から考えるよう言われた群は16.38回です。
禁止を経験した群で約6回多くなりました。
考えないようにしたあと、かえって報告が増えたのです。
研究者たちは、この抑制後の増加を「リバウンド効果」と呼びました。
論文の題名に掲げられた「思考抑制のパラドックス」は、この逆説を指しています。
これは群の平均で、一人ひとりが同じように増えたという意味ではありません。
続く実験には54人が参加し、録音できた49人を3群で解析しました。
同じ2条件の32人では、表出期の報告が約34回対約15回と同じ方向でした。
ただし、各群のばらつきがそろわず、最初の実験と同じ形で2つの5分間をまとめて比べる解析はできませんでした。
この実験では抑制期から群差もありました。
どちらの実験も、抑制後の表出は後半、最初からの表出は前半です。
抑制の履歴だけを、課題順序や時間の経過から完全に切り離すことはできません。
研究者たちは、「考えない対象」だけを指定され、代わりの行き先を与えられないと、別の話題を探す途中で白熊が何度も参照されるのではないかと考えました。
けれど、これは結果を説明する仮説です。
実験が直接測ったのは、話題どうしの結びつきではなく、発話とベルの回数でした。
さらに、リバウンド効果を測った5分間は、禁止後に自由に過ごした時間ではありません。
「今度は白熊を考えてください」と明示された時間です。
対象も少人数の大学生で、差の幅を示す信頼区間は報告されていません。
題材は感情的な脅威のない白熊でした。
日常の心配事や病的な侵入思考が、同じように自然に戻るとまでは言えません。
夕方、診察室の電気を消すとき、今日はもう考えないでおこうと決めた一件が浮かびます。
手を伸ばしてスイッチを切り、別のことへ意識を移します。
押しのける手は、その直前、考えないはずの一件にいちど触れています。
参考文献:
Wegner DM, Schneider DJ, Carter SR 3rd, White TL. Paradoxical effects of thought suppression. J Pers Soc Psychol. 1987;53(1):5-13. doi:10.1037//0022-3514.53.1.5

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
