健診の結果をお渡しするとき、患者さんの目はたいてい一つの数字の上で止まります。
血圧が140を超えているかどうか、HbA1cが6.5%に届いているかどうか。
線を越えたか越えていないか、そこで話が決まるように見えます。
私も長いあいだ、その一点を指して説明してきました。
同じ紙には年齢も印刷されているのですが、そちらが話題になることはまずありません。
血圧の薬を続けている方から、これはいつまで飲むのかと聞かれます。
ずっとです、とお答えすると、たいていは苦笑いで済みます。
ただ、気にしておられるのは薬の年数ではなくて、そのころ自分がどうしているかのほうです。
何年という長さと、どういう自分でいられるかは、同じ人の中で別々に置かれています。
中年期の高血圧や糖尿病や喫煙が後年の認知症とつながるという報告は今までにもいくつも積み重なってきました。
同じ研究者たちは以前、80歳までに起きる認知症の22%から44%は、中年期と後年の血管の危険因子と関係づけられると見積もっています。
ただ、そういう割合をいくら並べても、その人が何歳までをどんな状態で過ごすのかは見えてきません。
米国の4地域に住む12,409人が、1990年から1992年の測定を出発点に追跡されています。
糖尿病、高血圧、喫煙の3つを、軽重をつけずにあるかないかだけで数え、0から3の4つの群に分けます。
55歳を起点にして、認知症になることと、認知症にならないまま亡くなることを、互いに相手の機会を奪い合う出来事として同時に数えました。
血管の状態を測ったのはこの1回だけなので、その後の良し悪しは入っていません。
55歳の誕生日から数えはじめて、認知症を持たないまま生きた時間は、3つとも当てはまらない群で平均30.1年、3つそろった群で17.5年でした。
前者は85歳を過ぎます。
後者は70代の前半で尽きます。
差の12.6年は、生まれた孫が中学に上がるまでとほぼ同じ長さです。
1,000人年あたりの認知症の発生は、危険因子のない群の8.8から、3つそろった群では12.5へ増えていました。
同じ並びで、認知症にならないままの死亡は10.5から42.3へ増えています。
3つそろった群は176人と少なく、17.5年という値も16年から19年ほどの幅を持ちます。
85歳の時点で認知症を持たずにいたのは、3つそろった群では176人のうち13人です。
危険因子のない群では3人に1人以上が残っていました。
それなのに、95歳までに認知症と診断された割合は、危険因子のない群のほうが高く出ます。
42%と23%です。
診断がつくには、その年齢まで生きて、診てもらう場に居合わせなければなりません。
認知症と診断されてから亡くなるまでの年数は、どの群でも3年から4年ほどで、大きくは変わりませんでした。
残された時間そのものが短い群では、その3年から4年が占める比重が大きくなります。
この研究は来院しての検査だけでなく、電話での聞き取りや診療記録からも診断を拾っています。
体調がすぐれず来院できなかった人ほど、後のふたつだけで追われることになります。
診断の届き方に差があったために、危険因子の多い群の発症割合が低めに出た可能性は、この作りでは消し切れません。
55歳の時点の3つの数字から言えるのは、その後の40年をどう過ごしたかではなく、同じ数字を持つ人たちが平均してどこまで進んだか、その距離までです。
健診の結果票には、血圧やHbA1cの値のすぐ隣に、年齢が並んで印刷されています。
40代の方にお渡しする紙も、80代の方にお渡しする紙も、様式は同じです。
線を越えたか越えていないかという一点と、そこから先へ伸びていく目盛り。
同じ紙の上に、2つあります。
参考文献:
Hu J, Coresh J, Smith JR, et al. Midlife vascular risk burden and dementia-free survival years: the Atherosclerosis Risk in Communities Neurocognitive Study. Neurol Open Access. 2026;2(3):e000152. doi:10.1212/WN9.0000000000000152.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
